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卓球 伊藤美誠と張本智和「500日の密着ドキュメンタリー」に見たアスリートの孤独

伊藤条太卓球コラムニスト
張本智和(木下グループ)(写真:田村翔/アフロスポーツ)

8月3日深夜にNHK総合で放送されたスポーツドキュメンタリー「スポーツ×ヒューマン/The Road 2020夏 そして 卓球 伊藤美誠 張本智和」を見た(NHK-BS1では7月27日に放送)。

番組のウェブサイトではこう説明されている。

「卓球の伊藤美誠と張本智和。東京五輪が延期となった今、どんな気持ちでいるのか。かつてない逆境でも明るさを失わない伊藤のメンタルの秘密と、張本の知られざる苦悩とは。密着1年。彼らを間近で見続けてきた両親やコーチの証言や、ライバル中国の強豪・馬龍や丁寧の独占取材で立体的に描き出す。」

番組は、この説明文と同様に淡々と進む。しばらく見ていると、ナレーションがまったくないことに気づく。音声はすべて選手やコーチ、中国のライバルたちが語る言葉だけだ。画面に出る文字も、最低限の状況説明とコメントの字幕を小さく出すだけで、選手の心境を代弁したりドラマチックに表現したりはしない。要所のBGMだけが唯一の演出らしい演出だ。

番組共通なのか今回特有なのかはわからないが、すべてを映像自身に語らせるというこの寡黙な演出スタイルによって、アスリートたちの実像がリアルに伝わってくる。

試合中に次々と繰り出される伊藤の変幻自在の打法に驚愕する実況アナウンス、それを支える奔放な練習風景。CMの撮影中、やったことのないトレーニングをリクエストされて拒否する伊藤の物怖じしない姿勢。「私は自分の道を歩きたい」という伊藤の姿がまさに立体的に描かれる。

一方の張本は、満足する成績を出せず苦しむ。囲みインタビューの場面ではカメラはあえて張本の背後に回り込み、メダルを期待される側の視点が描かれる。幼い頃の写真を見ながら「昔みたいに何もわからず単純な自分に戻りたい」とつぶやく16歳の張本。しかし日本代表の重責を担う今、それは許されない。

こうした伊藤と張本の映像に、中国のレジェンドたちの神々しいまでのインタビューが挿入される。

「卓球は私のすべて」

「負けて落ち込んだ時 選択肢は2つしかない 困難と向き合うか引退するか」

「転んでは立ち上がる 張本よ ひたすらそれを繰り返せ」

世界選手権で3度、6年間にわたって準決勝で敗れた後、リオ五輪で金メダルを獲り、世界選手権で3連覇した馬龍(マロン)の言葉は、あまりにも重い。

作品全体から伝わって来たのは、アスリートの孤独だ。苦悩する張本はもちろんだが、明るく笑いながら練習に励む伊藤の姿にさえ、感じたのは孤独だった。世界の頂に臨むアスリートの孤独だった。眩しいほどのスポットライトに照らされた色鮮やかなコートと、その周りを取り囲む暗闇は、そのままアスリートたちの栄光と挫折を表しているようでさえある。

本来なら今ごろは東京五輪の狂騒の真っ最中だったはずだ。それも良いが、じっくりとこういう作品を味わうのも得難い幸せである。膨大な取材があってこそ可能な珠玉の50分間だった。

<追記>

上の記事を書いた後、制作をされたディレクターさんからメールをいただいた。

この番組では通常はナレーションをつけているが、今回は映像の力(伊藤と張本が発するメッセージ)が強烈だったため、そのまま伝えることに挑戦したこと、東京五輪がなくなったからこそ作ることができた冷静な視点の作品になったことを丁寧にご説明いただいた。

コロナ禍がもたらした数少ない収穫の一つと言える。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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