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国葬反対世論を逆転できず 期待はずれに終わった岸田総理の国会説明 どこが問題?

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

 9月8日、岸田総理は安倍元総理国葬について国会で説明しました。危機はチャンスでもあります。国葬反対世論を逆転させるためにスピーチライターを総動員して内容を練り、トレーニングを重ねて伝わる方法を工夫し、万全の準備をした上で語るのではないかと予想していました。結果は残念ながら期待を大幅に下回る内容でした。質疑応答もかみ合わないまま。NHKの9月13日発表の世論調査結果では、評価する32%、評価しない57%、不十分だとする人は72%。二分する世論を逆転させることはできず、かえって悪化。ダメージを最小限にするクライシスコミュニケーションとしては失敗でした。一体何が足りなかったのでしょうか。

 冒頭岸田総理からの説明は次の通り。

8年8カ月総理大臣を務め憲政史上最長だったこと、東日本大震災からの復興や日本経済の再生、日米関係を基軸とした戦略的外交を主導し平和秩序に貢献するなど大きな実績をさまざまな分野で残したこと、諸外国における議会の追悼決議や服喪の実施、公共施設のライトアップといった国全体を巻き込んだ敬意と弔意が表明されていること、民主主義の根幹たる選挙運動中の非業の死であることをふまえ、安倍元総理の国葬儀を行うことが適切であると判断した

 特別な思いを込めることもなく、淡々と読み上げてたったの2分で終わってしまいました。世論が二分してしまっているのですから、そこに危機感をもって臨む必要がありました。国民から賛意を得られるよう、安倍氏の実績を具体的にもっと多く述べて称える、そして非業の死についても哀しみと怒りの感情を込め、どのような理由であっても暴力は許されない、だからこそ国葬なのだ、と力強くメッセージを投げる、多少理屈が通らなくても意気込みだけでも見せる、そんなスピーチを期待していたため、がっくりとしました。

 では、質疑応答の中ではどうだったのでしょうか。立憲民主党の泉健太衆議院議員の質問は、法的根拠を軸として展開。

法的根拠がない。選考基準はあるのか。戦後唯一の吉田茂元総理の国葬も批判された、当時最長政権だったノーベル平和賞受賞者の佐藤栄作元総理でさえ、吉田国葬の批判から国葬にならなかった。

 これらの質問に対して岸田総理は

行政権の範囲内で内閣として閣議決定した。内閣府設置法第4条第3項。選考基準はないが、その時々の国内外の情勢に基づいて政府が判断すべきこと。それがあるべき姿だ

と回答。

 法的根拠についてはさまざまな解釈が報道されていますが、危機管理の観点から解説すると国民の命が危険にさらされている緊急時には法的根拠がなくてもリーダーが決断しなければならないシーンはあるといえます。例えば、福島原発事故の時には、法的根拠はなかったものの東電に政府の統合対策本部が設置されました。国家的危機においてはこういった判断はあり得ます。しかしながら今回の国葬判断は国民の生命と財産が危機に晒されている状況があるとは言えません。したがって法制局との間でどのようなやりとりがあったのか、議論の内容についてプロセスを明らかにさせる質問と答弁こそが説明責任を果たすことにつながったのではないでしょうか。ところが、泉議員は旧統一教会との関係に質問を多く割いていましたので判断に至った経緯がよくわからず、質問そのものがややずれてしまったように感じます。

 国葬に賛成している日本維新の会、遠藤敬衆議院議員がした「国葬も予算も理解できるが説明が遅い」には、岸田総理は「批判は受け止める。説明責任を果たしていく」と型どおりの回答。「思いをもっと語る必要がある」「テロとの闘いに屈しない覚悟があるとメッセージを出す機会でもある」と助け船を出しても、下を向いて「安倍元総理を追悼しつつ、暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜く、といったメッセージを出す」と読むだけで思いがこもらない、加速しない。「せっかくの国葬に国民の半分が反対しているのは悲惨なことだ。二度とこのようなことが起こらないよう今後は国葬についてのルール作り、基準を設けるべきではないか」に対しては、「同じことをやっても評価は変わる。これまでもその時々に応じて判断してきた。検証の結果を役立てる必要はある」と、なぜか基準作りには後ろ向き。全て受け身で今後のための前向きな姿勢も見られない。

 こうなると、もはややる気のなさを感じずにはいられません。法的根拠が薄くてもせめて力強いメッセージを投げかけて突き進む覚悟を見せれば、総理がそこまで言うならとついてくる国民もいたはず。力強さが苦手なら、鬼塚奈良県警本部長のように哀しみで押しつぶされそうな沈痛な気持ちを表現する選択もありました。どのような感情でもいいので何かしらの思いがあれば、これほど反対意見が増えることはなかったのではないでしょうか。その意味で危機感のなさ、感情のなさがダメージを深めてしまったといえます。

 とはいえ、世論は移ろいやすいのも事実。昨年の東京オリパラがそうであったようにやったらやったでよかったという結果もゼロではありません。弔問外交の成果や来賓団による経済効果で逆転する可能性もあります。諦めずに国民に伝わる表現を身につけて説明する努力は続けていただきたい。

<動画解説はこちら>

メディアトレーニング座談会(石川慶子MTチャンネル)

<参考サイト>

THE PAGE 衆院議運委 岸田首相が国葬について説明(2022年9月8日)

https://www.youtube.com/watch?v=vq9XsOmV5Gc

NHK世論調査 9月13日発表

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/89020.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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