Yahoo!ニュース

宝塚歌劇団の現役劇団員急死問題 第三者委員会設置は嘘だった

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影

昨年9月30日に急死した現役宝塚歌劇団員の遺族代理人である弁護士が2月27日に4回目の記者会見を行いました。この時筆者が最も驚いたのは「昨年報道されたような第三者委員会は設置されていないんですよ」と述べたことでした。宝塚歌劇団を傘下に持つ上場企業である阪急阪神ホールディングスがこの問題で第三者委員会を設置する報道がされていたのを筆者も認識していたからです。あの報道は誤報だったのか。それとも、阪急阪神ホールディングスの表面的なダメージコントロール策だったのか。遺族側の4回目の会見の内容を紐解きながら、危機時の報道対応のあるべき姿について考えます。

■動画解説 リスクマネジメントジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)

https://www.youtube.com/watch?v=Y_cGQpgaEy0&list=PLe0w6owyJTpHl1x0MphXTG8Jv9C_sYf9s

遺族側が4回目の記者会見を開いた理由

記者会見を開く時には必ず理由があります。遺族代理人弁護士は「宝塚歌劇団側の主張のみが報道されているし、内容もこちらの認識と異なる。2月中に合意と出ていたがそれはない。パワハラを一部認めたと報道されているが、15項目のうち半分認めているから多くを認めているという認識だ」と述べました。

特に遺族側が強い不信感をもった部分は「2月14日の代理人間交渉で驚いたのは合意書が締結された場合の公表の方法の問題だ。劇団側は合意した内容を公表せず、劇団・阪急側の独自の言いたいことを公表するという奇妙な考え方を提示した。劇団側としてどういう内容について謝罪したかを明らかにせず、他方で、一致していない事項については独自の見解を発表するという趣旨の発言をした」とのこと。

これを聞き、筆者は宝塚歌劇団・阪急側が自社に有利な世論形成をしようとしている、後述する第三者委員会設置をする気もないのに報道させた小手先の広報手法を取ろうとしていると感じました。

遺族側は「既に報道されている阪急阪神ホールディングスの角和夫会長が宝塚歌劇団と音楽学校の両理事を退任することは聞いていない」とも述べました。重要なことが遺族側に伝えられる前に報道されている状況がこれらの説明からわかります。危機管理広報においては、最重要ステークホルダーを認識して最優先で対応することによって信頼回復を図るのですが、この問題では遺族が最重要ステークホルダーとして位置づけられていないのでしょう。優先順位対応の間違いがここでも露呈しています。ご遺族の妹さんの下記訴えからも感じ取ることができます。

劇団は今に至ってもなお、パワハラを行った者の言い分のみを聞き、第三者の証言を無視しているのは納得がいきません。(中略:全文は後記)劇団は、生徒を守ることを大義名分のようにして、パワハラを行った者を擁護していますが、それならば、目撃したパワハラを証言してくれた方々も、姉も同じ生徒ではないのですか。劇団は、「誠意を持って」「真摯に」という言葉を繰り返して、世間にアピールしていますが、実際には、現在も遺族に誠意を持って対応しているとは思えません。
(2月27日の会見で公表された妹さんの訴えより)

これらの言葉から、4回目の会見を開かざるを得なくなった遺族側のいらだちと宝塚歌劇団、阪急阪神ホールディングスの対応がうまくいっていない様子が見て取れます。遺族側が記者会見を開くことそのものは珍しくはなくなってきましたが、この問題では、頻度の多さが目立ちます。会社側の対応が悪い(この場合優先順位の間違い)とこういった事態に陥ってしまいます。

宝塚歌劇団、阪急電鉄、阪急阪神ホールディングスは一体何を守ろうとしているのでしょうか。事実に謙虚に向き合うといった基本の姿勢が欠如しているから、守るべきものが何かもわからなくなっているように見えます。本来はここで第三者委員会が調査し、本質的原因と再発防止のための提言をすることによって信頼回復を図るべきなのです。

第三者委員会設置は嘘か日経新聞の誤報か

筆者が耳を疑うほど衝撃を受けたのは、質疑応答の中で「報道されているような第三者委員会は設置されていない」と弁護士が述べたことです。日経新聞は11月20日「宝塚歌劇団、第三者委員会設置へ 組織風土改革急ぐ」いったタイトルで報道していたにもかかわらずです。

日経新聞の報道を見てみましょう。

宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)の俳優の女性(25)が9月末に死亡した問題で、歌劇団側が年内にも第三者委員会を設置することが、20日分かった。過密な公演日程や過度な指導などの実態を調査し、組織風土の改善を急ぐ。
下部組織に当たる宝塚音楽学校の生徒から聞き取りを進めることも新たに判明。歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社、阪急阪神ホールディングス(HD)関係者が明らかにした。
歌劇団側は女性が所属していた宙組に加えて花、月、雪、星組と専科の全俳優約400人らへの聞き取りを進めている。さらに生徒約80人への調査を踏まえて改革案を作成し、第三者委が検討する。生徒への聞き取りは12月の開始を目指し、学校法人を管轄する兵庫県と調整を進める方針。
阪急阪神HDは抜本的な対策を講じるため、幅広く意見を聴取した上で、外部の有識者に分析してもらう必要があると判断した。第三者委は大学教授やハラスメントの専門家などで構成するという。

内容は具体的であり、かつ「阪急阪神ホールディングスの関係者が明らかにした」とありますから、語った人はよくわかりませんが「阪急阪神ホールディングス」からの情報提供であることは事実でしょう。おそらく阪急阪神ホールディングスの広報部が「関係者」と曖昧な表現にするように交渉したのでしょう。記者からすると公式発表の前に情報を提供してくれる人はネタ元でもあるため、情報提供と交換で相手の要望に応える必要があるからです。

結局これは、11月14日の調査報告書と記者会見が多くの批判を浴びたために日経新聞にリーク(個別の情報提供)したのではないかと推測できます。

しかも会社側が巧みなのは、公式発表をしていない点です。通常、第三者委員会設置といった重要事項は公式サイトに掲載します。公式サイトに掲載しなければ、「検討していただけで正式決定はしていなかった。日経新聞が前のめりで書いてしまっただけ」と一言で済んでしまうのです。しかし、遺族側には見透かされ、自分達が軽視されていると感じさせてしまいました。

妹さんは「スケジュール改革や、各種改善策に取り組んでいるような発表をしていますが、姉の死を軽視し、問題を曖昧化しているとしか思えません。」と切実に訴えています。

第三者委員会が設置されれば収束に向かうだろう、と期待していた筆者としては騙されたと感じました。激怒と言ってもいい。広報部がこのような小手先の批判回避策をすることへの憤りです。調査報告書だけでも傷口を広げてしまったのに、さらにダメージを深めたとしか言いようがありません。阪急阪神ホールディングスの広報部は一体何をしているんでしょうか。卑怯と言われ信頼をさらに失墜させてしまうリスクがあると予測できなかったのでしょうか。

危機発生時には、リークは避け公式発表によってダメージコントロールをするべきです。平時においては、リークによってさまざまな角度からバリエーション豊かに報道されることによって盛り上がり注目度が高まりますが、危機時にはばらつきを防ぐために均一な報道が出るようにしながら最小限にするのが危機管理広報の鉄則です。そもそも事実のリークならまだましですが、今回の11月20日に報道された第三者委員会設置方針は最初から設置する気のない世論対策の嘘だった可能性もあります。方針変更なのか、誤報なのか、不信感が募るばかりです。日経新聞はじめ全国紙の社会部記者はこの点を取材し、明らかにすべきです。

<補足情報>

遺族側が主張している15件のパワハラ行為は次の通り。

1)亡くなった劇団員が断ったにもかかわらず、上級生がヘアアイロンで髪を巻き、額にやけどを負わせた。

2)この上級生がやけどを負わせたにもかかわらず、真摯(しんし)な謝罪をしなかった。

3)上級生が髪飾りの作り直しなど、深夜に及ぶ労働を課した。

4)上級生が新人公演のダメ出しで人格否定のようなことばを浴びせた。

5)週刊誌の報道の後、上級生が亡くなった劇団員を呼び出して詰問し、過呼吸の状態に追い込んだ。

6)劇団幹部がヘアアイロンでやけどを負ったことについて「全くの事実無根」と発表した。

7)劇団幹部が睡眠時間が1日3時間程度しかとれないような極めて過酷な長時間労働を課し、過大な要求をした。

8)亡くなった劇団員が所属していた宙組の幹部が「振り写し」の復活により一層過大な要求をした。

9)宙組の幹部が「お声がけ」の復活により一層過大な要求をした。

10)演出家が怠慢や不備により、到底対応不可能な業務を課した。

11)宙組の幹部が配役表の事前開示に関し、2日連続で執ような叱責を行った。

12)宙組の幹部が「振り写し」に関し、大声で宙組の組員の前で叱責を行った。

13)宙組の幹部が「下級生の失敗はすべてあんたのせいや」などの叱責を繰り返した。

14)宙組の幹部が幹部部屋で大声で叫び、威圧的な言動を行った。

15)宙組の幹部が「お声がけ」に関し、詰問や叱責を続け、罵倒した。

<妹さんの訴え 全文>
私は遺族として、大切な姉のため、今、宝塚歌劇団に在団している者として思いを述べます。
いくら指導という言葉に置き換えようとしても、置き換えられない行為。
それがパワハラです。
劇団員は宝塚歌劇団が作成した【パワーハラスメントは一切行わない】という誓約書にサインしています。
それにもかかわらず、宝塚歌劇団は、日常的にパワハラをしている人が当たり前にいる世界です。
その世界に今まで在籍してきた私から見ても、姉が受けたパワハラの内容は、そんなレベルとは比べものにならない悪質で強烈に酷い行為です。
厚生労働省のパワハラの定義を見れば、姉が受けた行為は、パワハラ以外の何ものでもありません。
宝塚は治外法権の場所ではありません。
宝塚だから許されることなど一つもないのです。
劇団は今に至ってもなお、パワハラをおこなった者の言い分のみを聞き、第三者の証言を無視しているのは納得がいきません。
劇団は、生徒を守ることを大義名分のようにして、パワハラを行った者を擁護していますが、それならば、目撃したパワハラを証言してくれた方々も、姉も同じ生徒ではないのですか。
そもそも【生徒】という言葉で曖昧にしていますが、パワハラを行った者は、れっきとした社会人であり、宝塚歌劇団は一つの企業です。
企業として、公平な立場で事実に向き合うべきです。
スケジュール改革や、各種改善策に取り組んでいるような発表をしていますが、姉の死を軽視し、問題を曖昧化しているとしか思えません。
これ以上姉と私たち遺族を苦しめないでください。
姉は体調を崩している訳でも、入院している訳でもありません。
二度と帰ってきません。
姉の命の重さを何だと思っているのでしょうか。
劇団は、「誠意を持って」「真摯に」という言葉を繰り返して、世間にアピールしていますが、実際には、現在も遺族に誠意を持って対応しているとは思えません。
これ以上無駄に時間を引きのばさないでください。
大切な姉の命に向き合ってください。

■動画解説 リスクマネジメントジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)

https://www.youtube.com/watch?v=Y_cGQpgaEy0&list=PLe0w6owyJTpHl1x0MphXTG8Jv9C_sYf9s

<参考サイト>

・宝塚歌劇団、第三者委員会設置へ 組織風土改革急ぐ(日経新聞 2023年11月20日)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF2019J0Q3A121C2000000/

・内部告発が止まらない宝塚歌劇団 傷口を広げたのは血も涙もない冷淡で最悪な報告書と記者会見(石川慶子 2023年11月30日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f5a94038790b55507a33a9367575a125ee91c44f

・宝塚劇団員死亡問題で阪急HDが謝罪の意向 遺族側代理人が会見(THE PAGE 2024年2月27日)

https://www.youtube.com/watch?v=JPwOfLPi37w

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

石川慶子の最近の記事