13年若獅子賞コンビの「縁は異なもの」 2014ドラフト/エピソード4
萩野祐輔(東芝)と石川駿(JX-ENEOS)。どちらも社会人1年目の昨年、若獅子賞に輝いたドラフト候補だが、実は高校時代の08年、センバツで対戦した間柄だ。複数が若獅子賞を獲得するのはさほどめずらしくはないが、それが甲子園で対戦していたとなると、けっこう希有な例じゃないか。
萩野は、東北(宮城)のエース。石川は、北大津(滋賀)の四番だった。このときは、3対2で北大津が勝っている。ただ、6安打10三振に抑えた萩野の自責点は1で、石川は4打数1安打ながら2三振を喫していた。まあ、痛み分けか。
「そういえば、そんなこともありましたね」
と、萩野は懐かしがったものだ。昨年の都市対抗ではデビューから15回無失点を続け、勝負度胸満点と評価された左腕。だが一時は、「打者転向さえ考えたことがあるんです」というから、聞き捨てならない。高校時代は、最速143キロの剛腕だった。東北福祉大でも、1年春から勝ち星を記録。だが2年の春に左ヒジを痛めて手術し、1年を棒に振った。苦しいリハビリの時期には、あの東日本大震災もあり、
「風呂が壊れて、冷たいシャワーを浴びたりもしました」
打者転向がよぎったのは、この時期だったのだ。それでも、懸命のトレーニングで復帰すると、変化球を効果的に操る技巧派に変身。3年秋には5勝、防御率0.49でMVPも獲得している。萩野はいう。
「タマは手術前より遅くなりましたが、質がよくなりました。打者の手元で伸びる」
さらに、水準の高い社会人のリードにより、左打者にも大胆にチェンジアップを投げる投球術を覚えた。右打者には逃げていく軌道だが、左打者には甘くなると怖いボール。それができるのはもともと、コントロールに自信があるからだ。
超積極打法も、1年目は監督から大目玉
片や石川は高校時代2、3年とセンバツに出場。つごう4試合で打率.438、1ホーマーを記録しており、故障に悩まされた明治大でも、4年春からの出場ながら2ホーマーと、パンチ力を見せつけた。高校から大学では、レベル差に戸惑ったというより、
「北大津の宮崎(裕也)監督は、"試合が27球で終わってもいい"というくらい、バッティングに積極性を求める人。だから大学では、打席で"待つ"ことになかなか慣れなかった」
と笑わせる。それは、社会人でも同じ。昨年の都市対抗直前のオープン戦では、3ボールからの"待て"のサインを見落として凡打し、大久保秀昭監督からきついお灸をすえられていた。ただ、その積極性がモノをいうこともある。六番から一番に打順が上がった都市対抗準決勝。東芝の先発・川角謙から、初回の初球をものの見事にホームランしているのだ。
結局昨年の都市対抗では、15打数7安打、3ホーマーで8打点。今年の都市対抗は4試合で1安打と精彩を欠いたが、代表に選ばれた9月のアジア大会では打率.375で1ホーマー5打点と、勝負強さを見せている。
その石川、高校時代に甲子園で放った一発は、08年のセンバツ2回戦だった。北大津は優勝候補の横浜を倒す金星を挙げるのだが、その横浜のショートを守っていたのが倉本寿彦(日本新薬)だ。敗れはしたがこの試合、倉本は3安打を放っている。創価大に進むと1年時からリーグ戦に出場し、堅守と好打で3年秋、4年春とベストナインを獲得した。
昨年進んだ社会人では、萩野や石川ほどのハデな成績はないが、レギュラーに定着する。
「周りからはよく"守備がいい"といっていただいていましたが、都市対抗予選の新日鐵住金広畑戦で4打数4安打し、バッティングの感覚をつかめた気がします」
と、初年度から日本選手権8強に貢献。今年は都市対抗にも出場すると、日本代表としてアジア大会ではホームランを放つなど、打撃の成長もアピールした。ちなみに妹の美穂さんは、日本リーグ1部・日立のソフトボール部で、レギュラー獲得を目ざしているとか。
「大学では、小川(泰弘・現ヤクルト)が同期でした。刺激になりますね。ぜひ、プロの世界で対戦してみたい」
そして萩野と石川も、ふたたび対戦することになるのだろうか。ドラフトまで、1週間を切った。