巧妙化する密輸手口に対抗!150年以上、日本を守り続けた税関事業の歴史について紹介
指定された港や空港、国境などで徹底した荷物検査をして、危険物や違法な商品の密輸を取り締まっているのが税関事業です。
最近では、日本テレビ系列で放送中の「THE突破ファイル」で、税関業務の様子や苦労が再現ドラマ化されるなど注目されている職業でもあります。
今回は、昨年2022年11月28日に発足150周年を迎えた税関事業の長い歴史についてみていきましょう。
開国の影響と運上所。そして税関のはじまり
江戸時代前期~明治時代までの約200年弱もの期間、一部を除いた外国との交流・交易を絶っていた日本ですが、1854年に結ばれた日米和親条約を皮切りに開国を果たします。
新しい時代の幕開けに伴って、日本は貿易を再開するための港を開設。1859年には長崎や神奈川、函館の港に税関の前身である「運上所」を設置し、関税の徴収や違法貿易を取り締まりました。
その後、明治時代の経済成長に比例し貿易量が増加したことで、1872年には税関行政の機能強化が見直され、「税関」と改称されます。
そして、150年の長い歴史の幕開けとなりました。
密輸との激闘!大正時代の税関
大正時代後期になると、一時は戦争の影響によって閉鎖されていた貿易も終戦後に再開。
かつてない好景気を経験した日本でしたが、その背景では密貿易が横行することになります。
とくに多かったのが動物の剥製や麻薬の密輸です。なかでも巧妙だったのが麻薬の密輸で、コーヒー粉末に混ぜたものや手作りたばこの中に隠されたもの、細工された靴底に隠したケースなどもありました。
時代とともに変化する税関
写真はイメージです。経済成長や時代の変化にあわせて日々巧妙化する密輸手口の対策として、1981年に日本初の麻薬探知犬を導入。
1984年には貿易史上最大規模といわれる「301丁の拳銃」をコンテナ貨物から発見・押収することに成功しています。
また、巧妙化する密輸犯を取り締まるため1985年には固定式X線検査装置も導入するなど、税関も進化し続けてるのです。
そして、現代では世界最先端の税関を目指す「スマート税関構想2020」を発表。機械による検査自動化など税関手続きにかかる審査業務をAI(人工知能)化し、税関はさらに進化を続けているようです。