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【丹毒のリスクファクター】腸内細菌叢と皮膚の健康の関係を解明!最新のメンデル無作為化研究から

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

【丹毒と腸内細菌叢の関係】最新のメンデル無作為化研究が示唆する因果関係

丹毒は皮膚の浅い層に発生する細菌感染症で、リンパ管に沿って炎症が広がるのが特徴です。発症部位は下肢や顔面が多く、境界明瞭な発赤や腫脹を呈します。

従来、丹毒の主な原因菌はA群レンサ球菌とされてきましたが、近年、腸内細菌叢(腸内フローラ)との関連性が注目されています。腸内細菌叢は私たちの健康に大きな影響を与えており、免疫力の向上やインスリン分泌・抵抗性の調節など、様々な働きを担っています。そして最近の研究から、腸内細菌叢と皮膚の健康状態にも密接な関係があることが分かってきました。

今回、中国の研究チームがメンデル無作為化(Mendelian Randomization; MR)解析を用いて、腸内細菌叢と丹毒の因果関係を探る大規模な研究を行いました。MR解析とは、遺伝子多型を操作変数として環境要因と疾患の関連性を調べる手法で、ランダム化比較試験に匹敵するとされています。

研究チームは、ゲノムワイド関連研究(GWAS)の要約統計データを用いて、腸内細菌叢に関連する111個の一塩基多型(SNP)を特定しました。そしてこれらのSNPを操作変数としてMR解析を行った結果、いくつかの腸内細菌と丹毒リスクの間に有意な関連が見出されました。

【丹毒リスクを高める腸内細菌】Alcaligenaceae科、Odoribacter属、Actinobacteria門

解析の結果、Alcaligenaceae科、Odoribacter属、Actinobacteria門の腸内細菌が多いほど、丹毒のリスクが高まることが示唆されました。オッズ比はそれぞれ1.23倍、1.21倍、1.17倍でした。

Alcaligenaceae科にはAlcaligenes属、Pseudomonas属、Stenotrophomonas属などが含まれ、一部の菌種は皮膚・軟部組織感染症の原因となることが知られています。Odoribacter属とActinobacteria門については、丹毒との直接的な関連は今回初めて報告されました。

【丹毒リスクを下げる腸内細菌】Rikenellaceae科、Actinomyces属、Lachnospiraceae科など

一方、Rikenellaceae科、Actinomyces属、LachnospiraceaeNC2004group、Ruminiclostridium9属、RuminococcaceaeUCG014属などの腸内細菌は、丹毒に対して防御的に働く可能性が示唆されました。オッズ比は0.77倍~0.87倍でした。

Rikenellaceae科は腸の健康や炎症と関連があるとされ、最近の研究では乾癬性関節炎に対する防御因子としても報告されています。Lachnospiraceae科やRuminococcaceae科に属する菌群は、酪酸などの短鎖脂肪酸を産生することで腸管バリア機能の維持に寄与し、ひいては皮膚の炎症を抑える働きがあるのかもしれません。

【研究の意義と今後の展望】腸内フローラを介した新たな治療戦略の可能性

今回のメンデル無作為化研究から、腸内細菌叢の組成が丹毒発症リスクに影響を与える可能性が示唆されました。つまり、腸内フローラをコントロールすることで丹毒を予防したり、治療効果を高めたりできるかもしれません。

ただし、研究にはいくつか限界点もあります。まず、GWASデータの大部分がヨーロッパ系の集団から得られたもので、日本人を含むアジア人への一般化には注意が必要です。また、腸内細菌叢がどのような機序で丹毒発症に関与しているのか、詳細なメカニズムはまだ不明です。

とはいえ、この研究は腸内細菌叢と丹毒の関連性を示した画期的な成果であり、新たな予防・治療法の開発につながる可能性を秘めています。今後は人種差や腸内フローラの経時的変化なども考慮しつつ、さらなる検証を重ねていく必要があるでしょう。

【参考文献】

Bao L, Wang Z, Wu L, Luo Z, Wang Y. Gut microbiota's influence on erysipelas: evidence from a two-sample Mendelian randomization analysis. Front Cell Infect Microbiol. 2023 Apr 4;14:1371591. doi: 10.3389/fcimb.2023.1371591. PMID: 35433927; PMCID: PMC9009320.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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