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イスラエル、欧州委員会らの協力で「ホロコースト以前のユダヤ人の生活」を没入型デジタル環境で再現へ

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

欧州委員会委員長「現在の欧州は過去のユダヤ人の文化、価値観、科学への貢献がないと成り立っていません」

ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が自身のSNSで動画とともに「私たちはホロコーストの恐怖を語り継いでいく必要があります。そして決して忘れてはいけません。現在の欧州は過去のユダヤ人の文化、価値観、科学への貢献がないと成り立っていません。我々欧州委員会は、イスラエルのヤド・バシェムとともに、ユダヤ人大虐殺(ショア)で破壊される前のユダヤ人の生活を蘇らせるための新たなプロジェクトに投資します」とコメントしていた。これに対してイスラエルの国立ホロコースト博物館のヤド・バシェムは「ユダヤ人の記憶の継承に対する支援とご協力、コミットしてくれることに感謝します」と謝意を伝えていた。

第二次世界大戦時にナチス・ドイツが支配下の地域でユダヤ人を差別、迫害して約600万人のユダヤ人、ロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。イスラエルにある国立ホロコースト博物館のヤド・バシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。第2次世界大戦が終結して約80年が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進んできた。生存者が心身ともに健康なうちにホロコースト時代の経験や記憶を証言として動画で録画してネットで世界中から視聴してもらう「記憶のデジタル化」が進められている。

そのヤド・バシェムでは欧州委員会や世界中の市民や団体からの協力で、ホロコースト以前の欧州でのユダヤ人の生活、文化を再現するための没入型デジタル環境を構築していく。没入型デジタル環境の中で、ホロコースト前のユダヤ人の生活や文化をバーチャルで体験できる。イメージ動画も製作している。

ナチス・ドイツは欧州からのユダヤ人の絶滅を政策として掲げていた。ユダヤ人を差別・迫害していく過程でユダヤ人が所有していた書籍を焼いたり、絵画を盗んだり、ユダヤ教の神殿(シナゴーグ)に放火したりして徹底的に破壊していた。ナチス・ドイツにとってはそのような文化を抹殺することによってユダヤ人を差別・迫害していき、最終的には「労働による絶滅」を試みていた。差別と迫害に直面したユダヤ人らも代々継承されてきた文化的な遺産よりも自分たちの生活と日々の食事のことだけで精一杯だったし、強制的にゲットーや強制収容所に収容されてしまった。特に東欧地域のユダヤ人のコミュニティはナチス・ドイツによって徹底的に破壊しつくされ、村や共同体(コミュニティ)ごと無くなってしまったところも多い。このようにホロコーストによって欧州では戦前までのユダヤ人の文化や歴史的な遺産はほとんどが壊滅してしまった。

ヤド・バシェムでは没入型デジタル環境という新たな環境の中で、ホロコースト前のユダヤ人の生活や文化を蘇らせて、バーチャルで体験をすることによって、欧州のホロコースト前のユダヤ人の生活や文化を後世に伝えていこうとしている。

ヤド・バシェム館長のダニ・ダイアン氏は「ホロコースト以前にも欧州には輝いたユダヤ人の生活と文化がありました。しかし悲劇的なホロコーストによって徹底的に破壊されてしまいました。世界中の皆様からの協力と支援によって、ホロコーストによって失われてしまった戦前のユダヤ人の生活と記憶、歴史を蘇らせることができます」とコメントしている。

▼ヤド・バシェムが構築しようとしているホロコースト前のユダヤ人の生活を蘇らせる没入型デジタル環境のイメージ動画

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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