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続く「CT見落とし」なぜ起きる? 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
CT検査、せっかくやっても見落とされるのでは意味がありません…(ペイレスイメージズ/アフロ)

千葉大病院、兵庫県立がんセンター、横浜市大病院が相次いで「CT検査のレポート見落とし」により患者さんが亡くなったと発表した。レポートとはなにか、そしてレポート見落としはなぜ起きるのか。防止策は何か。現役医師の視点からまとめた。なお、筆者は消化器(胃や腸)のがんを専門とする外科専門医である。

続いた謝罪会見

この事態は、今年6月8日、千葉大学医学部付属病院のこんな報道から始まった。

千葉大学医学部付属病院で、コンピューター断層撮影(CT)による画像診断で患者9人について見落としがあり、4人に影響があり、うち2人ががんの適切な治療が行われず死亡した疑いがあることが同病院への取材で判明した

出典:毎日新聞 2018年6月8日

これを皮切りに、兵庫県立がんセンターが6月22日に

「子宮頸がん手術を受けた40代女性患者のCTの画像診断で肺への転移を見落とし、今年4月まで3年間放置していた」

発表、そして6月25日には横浜市大が

「60代の男性患者が、CT検査で腎臓がんの可能性があると診断されながら、情報が共有されず、検査から5年半後に死亡した」

発表した。

なぜ、このような発表が相次いだのだろうか。

実は以前から続いている

今月になって突然3件も発表されたため、最近よく起きている案件かと思われるかもしれない。しかし、実は以前からこの問題は存在した。

2015年には、名古屋大学医学部付属病院が、腎がんで通院中の患者さんについて、4年前のCT画像にすでに写っていた肺がんの発見が遅れたと発表した。ただしこの件は、放射線科医というCTなどの画像を読む専門家も見逃していたという事例のため、今回の事例とはやや異なる。

少しわかりづらいのだが、今回の件は

「放射線科医はCTを見て"なにか異常所見がありますよ"と指摘したレポートを提出していたのに、そのレポートを主治医が見落としていた」

というものだ。

このような「レポートの確認不足」は、調べた限りで26件 (平成17年〜26年、医療事故情報収集等事業 第40回報告書より)にも上る。

したがって、同様の事例は以前からあるが、最近よく報道されるようになったというのが実際のところだろう。

CT検査を受けてから、レポートはどう作られる?

本件を理解するために、まず患者さんがCT検査を受けてから、どのような流れでレポートが主治医に渡されるのかを説明したい。

大まかな流れはこうだ。(ここでは電子カルテ使用の大病院を想定)

1, 患者さんがCT検査を受ける

 ↓

2, すぐに結果の画像が電子カルテにアップロードされ、病院スタッフが見ることが出来る状態になる

 ↓

3, その日じゅうに放射線科医が画像を見る (主治医はその日に見ることもあり、数日後に見ることもある)

 ↓

4, その日か翌日くらい (病院によっては数日後)に、放射線科医が作成した「読影レポート」が電子カルテ上にアップロードされる

主治医とは、例えば腎臓がんの患者さんであれば泌尿器科医、大腸がんであれば消化器外科医といった医師たちのことだ。そして「画像を読む」ことを専門とする放射線科医(「放射線診断医」とも呼ばれる)は、通常患者さんには会わない。画像を読み、結果をレポートに書いて主治医に渡す。

なぜレポートを見落とすのか?

そして、本件は「CTに予期せぬものが写っており、放射線科医はちゃんとレポートにその旨を書いたが、レポートを主治医が見落とし、CT画像でも見落とした」ことが問題なのだ。

予期せぬものとは、例えば、

大腸がんの患者さんですでに手術を行ってがんは取り切れているが、再発が出てこないかをチェックする半年毎のCT検査で、たまたま新しく肺がんができてしまっていた

のようなケースが考えられる。

では、なぜ主治医はレポートを見落とすのだろうか。考えられる理由はこれらだ。

1, 主治医の能力不足

2, コミュニケーション不足

3, システム上の問題

以下解説し、それぞれの解決策を提案する。

1, 主治医の能力不足

身もふたもないような気はするが、まずは「主治医の能力不足」があるだろう。単純な確認ミスや、レポートをちゃんと読んでいない可能性はある。そして医者によっては、「CTくらい、放射線科医のレポートに頼らずとも全て読めている」という臨床医のおごりが存在している可能性を私は指摘したい。私もそういう時期があった。確かに、私の専門領域である腹部であれば放射線科医よりも深く「読めている」かもしれない。しかし専門外の、例えば肺や骨、軟部などは放射線科医には絶対にかなわない。さらに、CTで写っている全身をくまなくチェックする能力(スクリーニング)も全くもってかなわない。

この解決策は、ただ「臨床医が注意し、よくチェックするように気をつける」ことに尽きる。再発を防ぐには、この徹底がまず大原則だ。

また、今回の事例はいずれも外来診療で起きている。外来診療では、医師は一人で検査結果を見、判断をして治療を進める。そこにダブルチェック機能がある場合はほとんどない。だから、外来診療はある程度スキルが求められる。大病院で若い医者がいきなり外来室に出ないのはそのためだ。

2, 放射線科医ー臨床医間のコミュニケーション不足

次には、コミュニケーション不足があげられる。私が以前勤めていた病院では、「予期せぬもの」が写った時は必ず直接電話をしてくれる放射線科医がたくさんいた。「ねえ、この患者さんこんなの写ってるけど、なんか変じゃない?」という電話でどれ程助かったかわからない。

周りの医師に聞くと、こういう病院は少数派だ。大学病院を含めて、計30病院の状況を聞いたが、電話をくれる放射線科医がいたのは、私の経験を含めて2病院だけだった。

もし放射線科医と臨床医の連携が密であったら、連絡を取り合って今回の事態は起きなかったかもしれない。臨床医としては「電話一本くらいしてよ」と思うし、放射線科医としては「多忙でそんな余裕はない。そして依頼した医師がどんな医師かもわからないのに、報告などできない」と思うかもしれない。

この解決策は、放射線科医ー臨床医間のコミュニケーションを増やすことだ。臨床医はCTオーダー用紙にきちんと検査目的を詳しく書き、そしてCT画像で不明な点があったらいちいち放射線科医のいる部屋へ行き議論する。アナログだが、相手の顔が見えると見えないでは連携の質が変わってくるだろう。

3, システム上の問題

最後に、システム上の問題がある。これには二点あり、一つは「CT検査施行からレポートまで時間がかかる点」と「電子カルテ上のチェックのない点」である。

「CT検査施行からレポートまで時間がかかる点」では、CT検査からなるべく早いタイミングでレポートが出ていれば、レポートのチェック忘れは防げたかもしれない。しかしこれは臨床医からの意見であり、放射線科医としては「業務量から言って当日中のレポートは不可能」という意見がある。

この解決策は、放射線科医のマンパワーを増やすこと、音声入力などでレポート作成の手間を減らすことだ。事実、千葉大学では再発予防策として、

画像診断センターを設置し、放射線診断専門医も増員(現状の常勤5人+非常勤5人体制を、常勤10人+非常勤5人体制とする)

出典:日経メディカル「続発する画像診断の確認漏れ 千葉大病院でもCT報告書の確認漏れ9例公表」2018/6/8 高志昌宏

こととしたそうだ。

次の「電子カルテ上のチェックのない点」について、これは電子カルテの種類によるが、私が過去使ったことがあるものは放射線科医によるCTレポートをチェックするシステムはなかった。

もし、臨床医に必ずレポートをチェックさせるような電子カルテ上の仕組みがあれば良いと考える。このシステムはそれほど難しいものではなく、すでに使われている。

例えば、電子カルテは個人情報を守るため、医師は数ヶ月に一回ログインパスワードを変更している。期日までにパスワードを変更しないと電子カルテにログインできず、業務がまったく行えなくなる。そのため、医師は必ず変更する。これは安全管理上、システムによって強制的にパスワードを変更させているのだ。

また、米国のある知人医師に聞くと、「私の病院では、そういった所見があれば必ず担当医(本人がつかまらなければナースなど)に連絡し、誰が誰に何日の何時何分に連絡したかまでレポートに記載しなければいけないルールになっています」だそうだ。これならチェック漏れは減るだろう。

なぜ色々な病院で起きるのか

これまで、本事例が起きる原因と、しうる対策を述べた。次に、レポート見落としが色々な病院で起き続けている理由を考えたい。

その理由の最たるものは、事故が起きても対策をするのは「病院単位」でしかなされないという点だ。もちろん重大な事故が起きると厚生労働省は各病院に「こういう医療事故がありました、気をつけましょう」というお知らせをする。本事例も、2012年に公益財団法人日本医療機能評価機構からこんな通知が出ていた。

このような紙が、病院で医師やスタッフに配られる(公益財団法人日本医療機能評価機構より)
このような紙が、病院で医師やスタッフに配られる(公益財団法人日本医療機能評価機構より)

医者の目には入るが、それを「自分ごと」として対策を打つことはそう多くないし、現実的ではない。

たとえば、平成11年に手術の患者取り違え事故を起こした横浜市大では、その後の対策の一つとして、名前を患者本人に言ってもらい、識別バンドで確認し、さらに看護師立ち会いのもと足の裏に名前を書き手術室入室時にその名前でも本人確認をしている。(横浜市立大学医学部附属病院の医療事故に関する中間とりまとめより)

この確認法は現在でも行われているそうだ。ここまで本人確認を徹底している病院はほとんどないだろう。私の勤めた、あるいは見聞きした20ほどの大病院でも、ここまでやっている所は聞いたことがない。

病院単位のガラパゴス化

我々医療業界は、もっと他の病院の事例に学ぶ必要がある。しかし実際は、独自のルールだらけなのが病院だ。その病院でのノウハウや教訓から発達した独自の文化は、まさに「病院単位のガラパゴス化」と言える。病院ごとに全く違うシステムなので、対策もまた病院によって大きく異なるだろう。

さらには、病院内でも病棟や科ごとの「マイナールール」がきわめて多数ある。研修医のころは、1・2ヶ月ごとに変わる所属のたびに「この科では検査はどうするんだっけ」「この病棟では点滴は何時からで、薬は何曜日に処方するんだっけ」などと混乱していた記憶がある。

これもまた、医療安全上のリスクだろう。

最後に

最後に私見だが、今回報道された一連の病院は、氷山の一角であるかもしれない。調査したわけではないが、おそらく同様のCTレポート見落とし事例があった病院は全国に多数あるだろう。そして、もしかしたら「うちはどうします?公表します?」と悩んでいる病院も少なくないかもしれない。

本記事に挙げた、公表した病院はむしろ透明性が高い点において評価できるだろう。

これ以上同じ事例が続かないことを祈り、また自身も十分に注意したい。

(謝辞)

米国の情報を教えて下さったUniversity of Washington Medical Centerの赤池源介先生に、感謝申し上げます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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