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これからのキャリアを生き抜くには越境学習が必要だ~石山恒貴×倉重公太朗~第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:Yahoo!ニュース個人の、倉重公太朗の「労働法の正義を考えよう」の対談コーナー、今日は法政大学の石山教授に来ていただいています。宜しくお願い申し上げます。

石山:よろしくお願いします。

倉重:簡単に自己紹介と専門研究分野の話をしてもらってもいいでしょうか。

石山:私は今、法政の政策創造研究科にいます。普通は大学院というと、学部があって大学院があるということが普通ですが、われわれのところは珍しくて学部がありません。どういうことかというと、独立大学院ということで、いらっしゃっている方が、社会人の方が多いのです。しかも、年齢層が幅広くて、20代から70代の方もいらっしゃいます。

倉重:70代の方もいるのですか。

石山:70代の人もいます。私は54歳ですが、言ってみれば私が真ん中ぐらいで、50代、60代の人もたくさん勉強に来ています。しかも、皆さん企業派遣という人はおらず、基本的には全部自らお金を払って来ています。生涯学習というかリカレント教育というか、本当にそうことをやっているところで教員をやっています。

倉重:まさにリカレント教育を体現していますね。

石山:そうですね。しかも、平日は午後6時35分から10時まで授業をやっています。皆さん働いて、疲れて来ていますので、そういうリカレントな成人対象の大学院のようなところで自分が3時間半話しても、皆さん爆睡するだけですよね。少しは話しますが、基本はみんなで議論をしてもらって答えのないことをいろいろ考えていくというスタイルで、どちらかというとファシリテーションのような教員をやっています。

倉重:元々石山さんの場合は電機メーカー人事部でその後に教授になられたというご経歴ですよね。

石山:元々はそうです。教員になってまだ7年目です。最初は、いわゆる日本的な電機メーカーに入りました。そこには18年ぐらいいました。その後2社ぐらい外資系に転職しました。でも、ずっと人事で実務家をやっていました。自分自身が社会人大学院で修士と博士に行きまして、それで結構面白くなりました。今の大学院は母校なのです。社会人のときに博士課程で勉強していたところに、運良くそのまま入れました。自分自身が割と学生だったという感じもあります。

倉重:今の先生の研究者としてのご専門は何ですか?

石山:基本的には人事関係です。いわゆる企業の人事施策をやる人的資源管理や、人材育成や、キャリアをやっています。その中でも特に、最近中心にやっていることは、いわゆる越境学習やパラレルキャリアといわれるものです。簡単に言うと、企業の中からもっと外に行って勉強するというようなことを研究しています。経営学はどちらかというと、組織の中でどうかという研究ですが、わざわざ組織の中から外に行ってどのような人材育成の効果があるかというようなことをやっていますので、ある意味少し珍しい研究をしているという気はします。

倉重:今、越境学習というワードが出てきました。これは、石山さんはいろいろな場面でお話しされていることだと思います。改めて越境学習とは何だということをもう少しお話し頂けませんか。

石山:越境学習は、定義がさまざまです。会社の中から外に行くということとも思われていたり、職場の中から外に行くということとも思われていますが、実はもう少しいろいろな定義があります。結局、越境ということですから、境界を越えて学ぶということだと思います。では、境界は何だということですが、それは単純に組織の境界だけではないと思っています。よく例えて言うのですが、ホームとアウェーの境界だと思っています。いつもそこに慣れ親しんだ人たちがいて、例えば同じような社内用語を話していて、そこにいると安心できるのだけれども少し刺激がない場所のようなところがホームだとすれば、アウェーは、あまり見たことのない、知らないような人たちがいて、そこにいる人たちとは、仮に同じ日本語を話していたとしても簡単に言葉が通じなくて、どちらかというと居心地が悪いのだけれども刺激がある場所。こういう場所をアウェーと考えると、ホームとアウェーの境界を行ったり来たりすることが越境学習だと思っています。

倉重:なるほど。ですから、同じ社内でも、普段の部署と違うところでやるということも越境ということなのですね。

石山:越境ということになります。心理的な問題で、自分がそこはホームだと思えばホームですし、アウェーだと思えばアウェーになります。

倉重:越境学習とは、キャリアをつくっていく上で非常に重要なキーになると思います。これは、どうしてそういう位置付けになるのでしょうか。

石山:このポイントの一つは、行ったり来たりするというところにあると思います。越境学習は人事異動や出向と一緒ですね、とよく言われます。ところが、自分の中では区別していまして、人事異動や出向は、越境ではなくて移行だと思っています。ホームからアウェーに行くのだけれども、そのアウェーにずっと行ってしまっていると、そこがいつしかホームになっていくということです。むしろ常々、あるいは高速に短期間にホームとアウェーを行ったり来たりすることがポイントだと思っています。何かというと、高速に短期間で行ったり来たりしていると、自分の自己というかアイデンティティーのようなものが、少し不安定になったりすると思います。実はそれがいいと思っています。

倉重:あえてそうするということですね。

石山:そうです。例えば、つい最近、サカナクションがニューアルバムを出しましたけれども、サカナクションは北海道のバンドでした。ですが、東京に来ました。最近いろいろアルバムについて話しているのをお聞きすると、東京にすっかりなじんでしまって、東京がホームと言えるかというと、そうとは思えないと。でも、自分たちも今時々北海道に行ったりするかもしれないけれども、東京にいると。そうすると、北海道も完全にホームではなくなってしまったと。北海道でも東京でもない存在は少し不安定になったりしますが、むしろそういう状態のほうが刺激があっていいのではないかと思うのです。1つのところに安定してそこにどっぷり染まり切ってしまうと、揺れのようなものが起きなくて、むしろ自分は本当はどこの人間なのだろうかというように悩んでいるぐらいのほうが、いろいろ刺激があっていいのではないのかなと思ったりします。

倉重:全くホーム感ではない場所というわけですから、最初は変化対応になるのでしょうか。

石山:そうですね。

倉重:用語なども通じるものがありませんし、人間関係もこれから築いていかなくてはいけないというような。

石山:そうですね。

倉重:こういうものを持っていないと、結局それは、社内の慣れている部署でしか活躍できないことになってしまいますね。

石山:具体的には、社内の慣れている部署でしか活躍できないということになってしまうかもしれませんが、要は視野が広がらないので、常に自分の暗黙の前提というものにとらわれてしまうことになると思います。でも、アウェーに行ってしまったりすると、自分が考えていたことはたまたまこの場で考えているところだったけれども、他の場にいるとそうでもないのだということに気が付いたりするわけです。違和感のようなものを受け入れていくということが、変化対応につながるのかなと思います。

倉重:私も労働法を扱う弁護士ですので労働法学会に元から入っていましたが、つい先日石山さんもいらっしゃる日本労務学会に入りました。

石山:倉重さんは勉強熱心ですよね。一番、学会の大会に長くいらして、様々な研究発表やシンポジウムをお聞きになってましたね。。

倉重:質問もしました。同じ働くということを研究している人たちですが、視点は全然違います。例えば、賃金を下げるとか、育休からの復帰のことを語るにしても、全く話している視点が違うと思いました。私が判例などを取り扱っても、全然言い方が違います。

石山:そうですね。全然見る角度が違います。解明したいという前提が、もうそもそも違ってしまっています。そうすると、確かに労働法学会にいると当たり前のことが、日本労務学会に行くと全然当たり前ではないということになります。

倉重:そうです。視野は狭いというか、労働者1人の権利保護のようなものがどうしても労働学会は強いです。また視点も違って面白かったです。

 さて、ちょうど石山先生の本の『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』を読ませていただきました。

石山:ありがとうございます。

倉重:その中で、特にシニアやミドルの社員に向けてというお話をされていました。躍進行動を取る人の5類型、5つの要素。仕事を意味づける。まずやってみる。学びを活かす。自ら人と関わる。年下とうまくやる。これは本にもたくさん書いてあることですけれども、改めて解説いただきたいと思います。

石山:われわれはこれを躍進行動と名付けました。要するに、ミドル・シニアの方々の今の仕事の成果につながっている行動だと位置付けています。この意味は、ただ今の仕事の成果につながっているということだけではありません。われわれが一つ考えていることは、この行動を取り続けると、ずっと成長を継続できるのではないかということです。ですから、躍進と名付けました。

倉重:PEDALですよね。

石山:PEDALです。躍進やPEDAL。PEDALは頭文字を取った語呂合わせですが、自転車のペダルのように自走していくということです。何でPEDALかというと、本当にただ走るとなると結構大変なのですが、自転車のペダルは、最初に踏み込むときは少し重いかもしれませんが、一回踏み込んでしまうとくるくる。

倉重:楽になりますね。

石山:楽になってくると思います。われわれが思ったことは、これは行動なのです。よくビッグ・ファイブといわれる、パーソナリティー(性格)というものも、職務の成果につながるとはいわれています。ビッグ・ファイブのような性格も最近は向上させることができるといわれていますが、性格だとなかなか変わりにくい面もあります。

倉重:すみません、読者の方向けに、ビッグ・ファイブとは何だというところを解説頂けますか。

石山:ビッグ・ファイブとは、いわゆる性格の特徴です。例えば、誠実さや開放性など、職務の成果につながるといわれている5つの性格の特徴があります。これは結構いろいろと研究されています。こういった性格の特徴があると、非常にいろいろな意味で人間関係がよくなったり、コミュニケーションがうまく取れたり、職場で成果が上がるということがかなり立証されています。

労働経済学などの中で注目されている、いわゆる非認知能力に該当するものです。労働経済学では、認知能力と非認知能力というものがいわれています。認知能力とは知的な能力で、今までは例えばテストの点などの学力が職務の成果につながるといわれていましたが、性格のような非認知能力も実は職務の成果につながるということが、今すごく注目されています。ビッグ・ファイブと呼ばれる性格の特徴は、いろいろな意味で、労働市場に入ってからいい成果を上げるということはもう示されています。ただし性格ですので、変わるとはいわれていますが、比較的変わりにくいでしょう。

 でも、今回われわれが特定した躍進行動、PEDALという5つの行動は行動ですので、比較的変わりやすいです。行動はどうやって変わるかというと、その行動が大事だと思って自分で気付いて、その行動をやるようになれば、割と短期間に変わると思われます。

ですので、この躍進行動は、本人が気付きさえすればかなり変えることができるでしょう。あるいは、上司マネジメントの中でこういった行動を促すようなマネジメントをしていけば、変えることもできます。割と企業の中で実際に役立てていただけるのではないかということで、特徴を出してみました。

倉重:私も本を読ませていただいて思ったのですが、そもそもどうしてこういうものを研究されようと思ったのですか。

というのは、シニア・ミドルの方が躍進するためにはということを研究しようと思われたということは、多分くすぶっているというか、なかなか自分の実力、パワーを出し切っていない方々がいらっしゃるということを念頭に置いて研究されたのかなと思ったのですが。その辺りの背景はどうですか。

石山:今そもそも労働力人口の中で45歳以上の比率はもう半分以上になっています。そうすると、ある意味日本の職場の中で2人に1人はミドル・シニアだと考えると、当然ながら普通の存在です。しかも、少子高齢化の影響で、さらにこの比率は増えていきます。

 ところが、今までの捉え方でいうと、例えば学習院大学名誉教授の今野先生は、高齢社員とそれ以外の社員が企業の中で一国二制度だというようなことをおっしゃっています。

 高齢社員は福祉的雇用ということで、企業は本当に経営成果のために雇用しているのではなくて、政府の政策や社会的責任のために雇用しているというようなことが言われています。例えば、本当にそこのところで成果を出すために考えられてきたのかとか。

倉重:高齢者雇用安定法で義務付けられているから、取りあえず65歳まで最低賃金でもいいからというような話が最初は多かったですね。

石山:今まではそういうことが多かったです。では、そこで真正面から向き合おうとしている企業であっても、その人たちには2つの求め方があるといわれています。1つは、若手の役に立つように、例えば技能継承など、若手にアドバイスしてくださいというような考え方もあれば、現場の第一線で活躍してくれという能力の求め方もあります。

どちらかというと、第一線で活躍してくれというよりも、若手のためにアドバイスをしてくれとか技能継承してくれということを、今までは求める企業が多かったです。でも、それは結局何でそのようになっていたかというと、今までは日本型雇用の中でその部分の比率が少なくて、しかも年功賃金でいうと最後上がり切ってしまって、そこで定年が延びてしまったから下げざるを得ないというようなことで、何とか一国二制度ということで、微修正で対応しようと思っていたということだと思います。

 これからはそうではないでしょう。むしろ労働力の中心になっているということが一つあると思います。それだけではなくて、特に年齢が高まっていくと、もうそれ以上成長しないという人間観が少しあるかと思っています。

倉重:やはりそれは、日本型雇用システムの在り方が非常に関係していますよね。

石山:そうですね。

倉重:本の中でもありましたけれども、ポストオフの年齢、役職定年もあります。あるいは、同期の中でも課長、部長になられるのは一握りです。

石山:そうですね。日本型雇用の特徴は遅い選抜といわれています。例えば、15年や20年ぐらいはなかなか昇進に決着をつけないけれども、一回決着がついてしまって同期が経営幹部になったりすると、他の人はもう出世ができません。そうすると、日本型雇用においては、もうそれで動機付けることはできません。逆に言うと、ある意味それ以上の成長は求めないというような、今までであればそういう考え方だったと思います。そもそも例えば人生100年時代ということになって、政府のほうも70歳ぐらいまでは働いてほしいと。そのためには、企業にも今度は、社員がフリーランスになったり、NPOで活躍する支援も求めますということが案として出ています。70歳、80歳まで活躍するとなったときに、45歳ぐらいで成長が止まるのはあり得ないでしょう。

倉重:そうですね。まだ半分ですものね。

石山:そうなのです。これからますます専門性や成長を高めていかなければいけないとすると、45歳ぐらいからずっと継続的に成長し続けるというような個人的な在り方の行動は、どうなのでしょうということを見たかったのです。それまでは、ミドル・シニアの問題は、どちらかというと、役職定年を廃止するのかしないのかとか、定年再雇用をどうするのかとか、役職定年や定年再雇用の賃金をどうするのかという、一律的な人事管理の設計の話が中心でした。もちろんそういうことも大事なのですが、もっと個人ベースの成長を高めるマネジメントや、個人の在り方も大事なのではないかという感じです。

倉重:経団連の会長が言うぐらいですから、恐らくこれからどんどん終身雇用という時代ではなくなってきています。1つの会社にいるだけではなく、1つの仕事をしているだけでもないでしょうと。そういう中で、自分の個のパフォーマンスをどう高めていくのかということは、恐らく共通の課題になっていくと思います。

石山:そうですね。終身という言葉がまたいろいろあります。例えば60歳定年で、60歳定年まで企業にいたとしても、60歳から80歳まではあと20年あります。フリーランス協会さんは、定年後はもう全員がフリーランスの時代なのではないかというようなことも言っています。そうすると、45歳から60歳は、フリーランスとして自分が専門性を高めるために最も重要な助走期間ともいえるわけです。それが55歳で役職定年になって、あとは65歳まで10年つつがなく何とかしようといってそこで成長を止めてしまうと、非常にもったいないです。

倉重:そこで5つの行動特性を理解している・いないでは、随分違うだろうということですね。

石山:そうですね。

(次回へ続く)

【対談協力】石山恒貴(いしやまのぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授・研究科長

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会理事

主な著書:『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年 、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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