沖縄・奄美地方で梅雨入り、忍び寄る梅雨の気配 沖縄戦は梅雨入りで始まり梅雨明けで終わった
今週は前線による雨
優勢な太平洋高気圧に覆われ、夏を思わせる暑い日が多かったゴールデンウィークが終わり、今週は全国的に前線による雨や曇で始まりました(図1)。九州から関東にかけては、激しい雨や局地的に非常に激しい雨が降るおそれがありますので、注意が必要です。
この前線は、今後南下して沖縄本島付近で停滞する見込みで、週間天気予報では、沖縄地方は雨や曇が多い日が続く予報です(図2)。
今週には、このタイミングで沖縄地方は梅雨入りになるかもしれません。
沖縄地方の梅雨入りの平年は、5月9日ですので、今週梅雨入りしたとしても、特別に早いわけではありません。
5月7日15時追記:5月7日に鹿児島地方気象台から「奄美地方が梅雨入りしたとみられる」と発表がありました。多くの年は、奄美地方より沖縄地方の方が先に梅雨入りします。
5月8日12時追記:5月8日に沖縄気象台は、沖縄地方の梅雨入りを発表しました。これで、今年は、沖縄・奄美地方が梅雨入りです。
沖縄地方の梅雨
日本の降水現象の三本柱をあげると、梅雨期の雨、台風の雨、冬の季節風の雪ということになります。したがって、この3本柱の影響が少ない、瀬戸内海沿岸、中部地方の内陸部、北海道では他の地方に比べて年間降水量が少なくなっています。
同じ梅雨の雨といっても、降り方には差があります。梅雨はシトシトと雨が降り続くイメージがあるのですが、それは、関東を中心とした梅雨の雨のイメージです。
沖縄の梅雨は、スコールのように降るときは、いきなりザーッと降り、降り止むと青空が広がることが多いという特徴があります。
沖縄地方の梅雨入りの平年値(昭和55年から平成22年までの30年平均)は5月9日ですが、昭和26年以降で最も早かったのは4月20日(1980年)で、10年に一回位は4月に梅雨入りです(表)。
梅雨明けの平年値は6月23日で、昭和26年以降で最も早かったのは平成27年(2015年)の6月8日です。最も遅かった梅雨入りの6月4日(1963年)との差は4日です。
平成27年(2015年)の沖縄地方の梅雨
平成27年(2015年)の沖縄地方は、5月上旬から中旬にかけて、天気は数日の周期で変わり、移動性高気圧に覆われる日が多かったため、梅雨入りは5月20日と平年よりかなり遅くなっています(図3)。
また、6月中旬以降は、太平洋高気圧に覆われたため、梅雨明けはかなり早い6月8日で、過去最早の記録でした。沖縄の梅雨期間は19日しかなく、その間の降水量は73%と少なかったのですが、梅雨明け後の7月10日に台風9号が、7月25日に台風12号が接近して大雨を降らせています。大きな被害がでましたが、水不足は回避されています。
沖縄の梅雨明けに伴って北上した梅雨前線が停滞した九州では、10日から12日にかけて、多いところで日降水量が300mmを超える大雨となっています。
沖縄の梅雨が明けると、本州・四国・九州では梅雨末期の豪雨に警戒が必要となりますが、平成27年(2015年)もそうでした。
沖縄戦と梅雨
太平洋戦争の最大の激戦である沖縄戦では、連合軍は4月1日に沖縄本島中部に上陸し、沖縄守備隊が守る那覇や首里などの南部を避け、北上して4月19日までに北部を制圧しています。
日本軍の反攻は5月4日に行われましたが、この作戦は失敗します。この年の沖縄は、梅雨入りが遅れており、圧倒的な連合軍の航空部隊が活躍できない梅雨期間を待てなかったのかもしれません。
連合軍は日本軍の反攻失敗で予備隊を使い果たしたとして、航空部隊が活躍できない梅雨に入っても十分勝てると踏んだのでしょうか、日本軍が守る首里に総攻撃をかけます。この頃から沖縄は梅雨に入り、ぬかるみの中、両軍の激戦が続きます。
南へ南へと追い詰められた日本軍の組織的な戦闘は6月25日に終わっていますが、このころ、沖縄が梅雨明けしました。
沖縄戦の激戦は、梅雨入りとともに始まり、梅雨明けで終わったのです。
平和公園が作られている摩文仁で陸軍司令官らが自決した6月23日が「沖縄慰霊の日」となっていますが、この日が梅雨明けの平年日です。
梅雨の気配がしてきました。まもなく沖縄地方では梅雨に入り、そのほかの地方も順次梅雨に入ります。そして、梅雨前線が北上して沖縄の梅雨が明けると、東日本から西日本では梅雨末期の豪雨が発生しやすくなります。
しばらくは大雨から自分の身を守るため、気象情報に注意が必要な期間が続きます。
図1、図2、図3の出典:気象庁ホームページ。
表の出典:気象庁のホームページをもとに著者作成。