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ケンブリッジ大学の自己検閲は氷山の一角 欧米の大学に入り込む「孔子学院」

木村正人在英国際ジャーナリスト
秋の党大会を控え、締め付けを図る中国の国家主席、習近平(写真:ロイター/アフロ)

 [ロンドン発]2012年、英保守党のキャメロン政権(当時)はチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世に会うなど、当初は中国の経済問題より人権問題を重視していました。しかし、中国マネーを呼び込んで経済成長につなげたいという思惑から、英中「黄金時代」を演出します。

習近平との「黄金時代」を演出した英首相キャメロン(15年10月、筆者撮影)
習近平との「黄金時代」を演出した英首相キャメロン(15年10月、筆者撮影)

 15年10月、中国の国家主席、習近平がイギリスを公式訪問した際、チベット自治区や気功集団「法輪功」の亡命者が抗議する声は、在イギリス中国大使館に動員された中国人留学生が打ち鳴らす鉦(かね)や太鼓にかき消されてしまいました。

鉦や太鼓を打ち鳴らす中国人留学生(15年10月、筆者撮影)
鉦や太鼓を打ち鳴らす中国人留学生(15年10月、筆者撮影)

 イギリスの大学に留学する外国人学生の中で中国人の数は圧倒的です。15~16年、中国人留学生は9万1215人に達し、2番目に多いマレーシア人留学生の1万7405人を大きく引き離しています。留学生だけではありません。最近では、中国の大学がイギリスに進出してくるケースも出てきます。

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 今年4月、北京大学は900万ドルをかけて、オックスフォードにある19世紀のマナーハウスを購入、来年早々、HSBCビジネススクールの分校を開設して欧州や中国から来る留学生のキャンパスにする計画です。オックスフォード大学とは関係なく、授業料を低く抑えて学生を奪い取る構えです。

大学は中国共産党の支配下に入れ

 中国の国家主席、習近平は16年12月、中国の大学は中国共産党の支配下に入らなければならないと宣言しました。「高等教育は適切な政治的な方向性に従わねばならぬ」「大学の全教員は中国共産党による統治の強固な支持者でなければならない」と。

 中国共産党は検閲と言う「万里の長城」を築いて「自由」と「民主主義」という欧米社会の根幹をなす価値観が中国国内に入り込むのを徹底的に阻止する一方で、中国の核心的利益をなす台湾、チベット自治区、南シナ海・東シナ海の領有権問題で自分たちの主張を世界中に広げようとしています。

 その有力なツールが、欧米の大学だけでなく、公教育の小・中学校にも深く入り込んでいる中国政府系の文化機関「孔子学院」です。表向きはイギリスの「ブリティッシュ・カウンシル」やドイツの「ゲーテ・インスティテュート」と同じです。しかし、その精神は全く異なります。

 全米学識者協会は今年4月、全米の大学に対して孔子学院を閉鎖するよう求める報告書「アメリカの高等教育における孔子学院とソフトパワー」を発表しました。孔子学院の活動は中国政府機関、教育部の国家漢語国際推広領導小組弁公室「漢弁(ハンバン)」の監督下にあります。

世界に広がる1579もの孔子学院・教室

 報告書によると、05年以降、アメリカでは100以上の孔子学院が開設され、現在も103校が中国語や中国文化の普及に努めています。さらに小学校や中学校計501校で孔子教室を開いています。全米の604孔子学院・教室を含め、漢弁は世界で1579もの孔子学院・教室を展開しています。

 ニュージャージー州とニューヨーク州の孔子学院12校を調査した全米学識者協会は報告書でこう指摘しています。

 「漢弁は秘密裏に、孔子学院に影響を及ぼしています。ほとんどの孔子学院で、合意の内容は隠されています。孔子学院が過度に中国に偏った政治的な講義をするかもしれないという懸念を中国の指導者は和らげていません。現に09年、中国共産党のプロパガンダ責任者で中央政治局常務委員の李長春は孔子学院を『中国の海外プロパガンダ組織の重要な一部』と呼んでいます」

 全米学識者協会が指摘した孔子学院の問題は次の4点です。

(1)学問の自由

 漢弁は公式な政策として、表現の制約を含めた中国の法律に従うことを孔子学院に求めています。中国政府に雇われ、報酬をもらい、責任を持つ中国人教師たちはセンシティブな問題を避ける圧力に直面しており、アメリカの教授陣も学者たちも自己検閲の圧力を感じると報告しました。

(2)透明性

 孔子学院のための計画や政策に関してアメリカの大学と漢弁の間で結ばれた契約について公にされていることは滅多にありません。いくつかの大学はもの凄いエネルギーを使って、全米学識者協会の調査を避け、会合をキャンセルし、大学のキャンパスを訪れることも許しませんでした。

(3)啓蒙

 孔子学院は複雑な中国との関係における中心的な接点です。孔子学院は学費を全額納める中国人学生、海外で学ぶアメリカの学生のための奨学金を呼び寄せ、そのほかのリソースにもなります。資金集めのために中国を喜ばせなければならない大学は中国の政策を批判するのがさらに難しくなってきます。

(4)ソフトパワー

 孔子学院は中国を肯定的に紹介したり、毒気のない中国文化の側面に焦点を当てたりする傾向があります。孔子学院は政治的な歴史、人権侵害の問題を避け、台湾やチベット自治区について争いのない中国の領土だと説明しています。そして、ふるいにかけられた中国の知識を持つアメリカの学生を長期にわたって生み出そうとしています。

 全米学識者協会は以下の項目が達成されない限り、孔子学院・教室は閉鎖されるべきだと主張しています。

(1)透明性の確保

(2)孔子学院の予算を大学予算から分離し、孔子学院主催のイベントは大学と区別して告知

(3)大学が雇い、報酬を支払っている教員が中国語の授業を行う

(4)奨学金は民間によるものに限定し、繊細な中国の問題に言及したからと言って不利になるという不安を払しょくする

(5)漢弁に対して中国共産党員が優先されているのか、気功集団「法輪功」のメンバーはまだ除外されているのか、選考は純粋に能力に基づいて行われているのか、書面で回答を求める

(6)アメリカにおける孔子学院はアメリカの法律に基づいて運営される

(7)アメリカの全孔子学院に対して天安門事件やダライ・ラマ14世といった重要な中国の現代史に関する公開講義や授業を実施するよう求める

(8)孔子学院の教員や院長は他のアメリカの大学と同じ「学問の自由」を享受できる

(9)孔子学院の院長ポストをボランティアにする

 さらに連邦議会や州議会に次の4点を求めています。

(1)連邦議会は孔子学院を調査すべきだ

(2)州議会も公立大学の孔子学院について調査すべきだ

(3)連邦議会は国家安全保障への影響も検討すべきだ

(4)連邦議会と州議会は、中国政府が孔子学院を使って中国人留学生を監視し、脅かし、圧力をかけていないか調査すべきだ

 米国大学教授協会とカナダ大学教員協会も13~14年にかけて、孔子学院を誘致した米国とカナダの約100大学に対し、大学の良心と見識を問う声明を発表しています。

 声明は(1)孔子学院の活動は漢弁の監督下にあり、「学問の自由」が無視されている(2)孔子学院が教員の採用や管理、カリキュラムの選定、討論の規制を通じて中国政府の目標を達成するのを容認している――と大学側を非難し、漢弁との再協議で完全な学問の自由が認められないなら、孔子学院との関係を断てと求めています。

 イタリアのファシスト、ムッソリーニはイタリアの国際的なイメージをアップするため、イタリア語の教育機会を利用しました。第二次大戦前の1930年代、アメリカでイタリア語を教えるために使われた教科書は親ファシスト、親ムッソリーニの傾向が顕著だったそうです。

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 しかし、いくら中国が孔子学院を使って欧米でのイメージ向上につなげようと思っても、南シナ海や東シナ海の領有権問題、中国国内の人権問題でゴリ押しを続ける限り、逆効果にしかなっていないようです。米シンクタンク、ピュー研究所の調査を見ると、日本、ベトナム、インドと言った中国の近隣国では中国への警戒感が非常に強くなっています。

 この秋に共産党大会を控えた習近平にとって、中国の国際イメージより、体制を揺るがすリスクを虱潰しにするとともに、軍の強硬姿勢を容認し、支持を固めることの方が最優先なのは言うまでもありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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