香港国家安全法“アングロサクソン連合”が中国と全面対決 英国は香港市民290万人受け入れ方針
「一国二制度」は2049年まで約束されている
[ロンドン発]中国が香港国家安全法を導入する方針を決定した問題で、英国民(海外)旅券を持つ約35万人の香港市民への英市民権取得に道を開く方針を表明した香港の旧宗主国イギリスは29日、対象を有資格者約290万人に広げる考えを明らかにしました。
英内務省によると、現在、英国民(海外)旅券の保有者はイギリスに6カ月滞在できますが、中国が香港国家安全法の導入決定を撤回しない限り、これを12カ月に延長する方針。ドミニク・ラーブ外相は「英国民(海外)旅券保有者に英市民権取得の道を開く」と表明しています。
香港はアヘン戦争後の南京条約(1842年)で中国からイギリスに割譲されました。1984年の中英共同宣言で1997年7月1日の返還後も50年間、香港の社会・経済・生活様式を変えない「一国二制度」を国際社会に約束しました。
中国共産党支配を恐れる香港市民への不安を和らげるとともに、香港からの頭脳流出を防ぐための移行措置として認められたのが英国民(海外)旅券の制度です。返還前に生まれた香港市民は英国民(海外)旅券を申請する権利を有しています。
2018年末には17万人を下回った英国民(海外)旅券
香港市民は中国香港特別行政区の旅券も申請できます。香港市民のナショナル・アイデンティティーは香港、中国、イギリスにまたがっています。香港返還前には340万人の香港市民が英国民(海外)旅券を取得しました。
返還当時は一番人気のあった英国民(海外)旅券ですが、中国の急成長とともにその数は激減し、2018年末の時点で17万人未満にまで低下しました。英国民(海外)旅券保有者が査証なしで訪問できるのは118カ国・地域。中国香港特別行政区の旅券のそれは166カ国・地域です。
英国民(海外)旅券ではイギリスに永住も就労もできず、次世代に引き継げません。その一方で、中国以外の海外では英国民と同じ保護を受け、イギリス国内に居住していれば英国家公務員や英軍人になることやイギリスの選挙で投票したり立候補したりすることもできます。
イギリス国内では昨年、中国が「一国二制度」を約束した中英共同宣言を反故にするようなら大量の政治亡命が発生する恐れがあるとして英国民(海外)旅券保有者にイギリスの市民権を認めるべきだという英議会あての署名が10万人を超えました。
英国民(海外)旅券保有者もこれに合わせるように2018年末時点の17万人未満から約35万人に倍増しています。
中国との対決姿勢打ち出す“アングロサクソン連合”
ドナルド・トランプ米大統領は29日「中国による香港国家安全法の導入決定は明らかな中英共同宣言違反。香港と中国、世界の人々の悲劇だ。中国は一国二制度を一国一制度に置き換えた。香港への通関・旅行などの優遇措置を撤廃する手続きを始めるよう指示した」と発表しました。
香港と結んでいる犯罪人引き渡しや軍事目的にも利用可能な技術に関する輸出管理を見直すとともに、香港国家安全法導入に関係した中国や香港の高官に対して制裁を科す方針です。
また、中国におもねる世界保健機関(WHO)についてトランプ大統領は「われわれが求める改革を拒否した」として最終的に脱退を宣言しました。
米英豪加のアングロサクソン系4カ国の国務長官、外相は28日の共同宣言で「香港国家安全法は一国二制度の枠組みを弱体化させるだろう。政治犯として香港で起訴される恐れが高まり、香港市民の権利を保護する既存の約束を侵害する」と深い憂慮を示したばかり。
最後の香港総督を務めたクリストファー・パッテン英オックスフォード大学学長が主導する共同声明には100人以上の日本の国会議員を含む36カ国の728議員の署名が集まりました。共同声明は以下の内容です。
「中国による香港国家安全法の導入決定は香港の自治、法の支配、基本的な自由に対する包括的な攻撃である。香港での抗議活動は普通の人々の不満の表れだ。国家安全法は状況をさらに悪化させ、開かれた国際として香港の未来を危うくする」
英国も5Gから華為排除の方針に転換か
2015年、中国・習近平国家主席の訪英で「中英黄金時代」を高らかにうたい上げたイギリスは今年1月、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入を周辺機器に限り認め、アングロサクソン系スパイ同盟「ファイブアイズ」と一線を画していました。
しかし中国による香港国家安全法の導入決定を受け、“アングロサクソン連合”は中国との全面対決の姿勢を鮮明にしています。ラーブ外相も新型コロナウイルス・パンデミックが収束したあと、中国との関係はこれまで通りにはいかないと断言しました。
英政府も今後3年以内にファーウェイを国内の5Gネットワークから段階的に撤廃する計画を立てています。主権と領土保全という核心的利益で中国と真っ向から対立したイギリスはこれで欧州連合(EU)離脱後も中国に頼るわけにはいかなくなりました。
世論調査会社YouGov の調査では、ラーブ外相の英国民(海外)旅券保有者約35万人にイギリスでの居住権を認める提案に賛成は42%、反対は24%でした。これが約290万人の膨れ上がると移民拡大を嫌うイギリスの世論はどう動くか分かりません。
国家安全法導入という力技に出た習近平
香港では中国支配が強まる気配を見せるたび大規模デモが起きてきました。中国は押しては引き、決定的な対立を避けてきました。
2003 年、国家安全条例に反対する「50 万人デモ」
2012 年、国民教育必修化に反対する「反国民教育運動」
2014 年、普通選挙制度実施を求めた「雨傘運動」
2019年、中国本土に容疑者を引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案への反対デモ
習主席は「逃亡犯条例」改正反対を抑え込み、コロナ危機に乗じて一気に香港国家安全法導入という力技に出てきました。「一国二制度」という経済的なメリットを享受してきた香港の景気後退は必至、国際ビジネスセンターとしての優位性は損なわれるでしょう。
アメリカは「政治の空白」を生む大統領選の年。イギリスはEU離脱の先行きが全く見通せません。コロナ危機で欧米諸国は被害を抑えることに失敗しました。そうしたスキをついて香港国家安全法の導入を決定した習主席に白紙撤回するつもりはさらさらないでしょう。
香港では9月に立法会選挙が控えています。今回の香港問題は、欧米諸国による中国への経済制裁の引き金になった天安門事件と同じような”第二の天安門事件”になるのでしょうか。31年前に比べ購買力(国際ドル)で見た中国の名目GDP(国内総生産)は1兆330億ドルから27兆8049億ドルに膨れ上がりました。
再選するかどうかも分からないトランプ大統領率いる“アングロサクソン連合”と慎重なアンゲラ・メルケル独首相中心のEUの足並みがそろうとは思えません。香港問題で中国に押し切られてしまうと、第二次大戦と冷戦を経て築かれた世界秩序が大きく崩れてしまう恐れがあります。
(おわり)