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バイデン外交:トランプ政権からの4つの変化と3つの継続性

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
4月29日に両院合同会議で初の演説を行ったバイデン米大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 バイデン外交の方向性がようやく定まってきた。バイデン政権の外交安全保障は、国際協調などトランプ前政権のやり方からの決別ばかりに注目が集まっている。ただ、実際にはバイデン外交は前政権からの明確な継続性を同時に有しているといっても過言ではない。

 バイデン外交とトランプ外交で何が異なって、何が同じなのか。

「アメリカは戻ってきた」

 バイデン大統領は「アメリカは戻ってきた(America is Back)」とのフレーズを4月29日の議会演説などで繰り返し使っている。国際協調、民主主義の強調、外交交渉重視などのバイデン政権の姿勢をみて歓迎する各国の外交関係者も少なくない。国際秩序形成への意志や民主主義の強調あたりは、「自由主義的国際主義(international liberal order」の復権とみる見方もあろう。アメリカの外交政策をトランプ以前の段階にまで戻すような動きにみえる。

 バイデン外交には大きな変化が4つある。いずれも「トランプ外交が米国の孤立を招いた」がキーフレーズだ。

トランプ外交からの変化 1 国際秩序形成への意志

 まず、トランプ外交からの変化として最初に挙げられるのが、バイデン政権になり、アメリカの国際秩序形成への意志を再び鮮明にしつつある点だ。国際協調を重視する姿勢を鮮明にし、バイデン政権は地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」へ復帰し、世界保健機関(WHO)からの脱退を撤回した。また、猛威を振るう新型コロナウイルス対応についてもワクチンを共同購入し公平に分配する国際的枠組みであるCOVAXに加盟し、中心的な役割を取りながら進めていくことを決めている。さらにトランプ政権時代、「国を閉ざす」象徴だった米墨国境の壁について、バイデン政権発足とともに建設を取りやめたほか、難民受け入れ増も決めている。「開かれたアメリカ」の復活を目指しているともいえる。

トランプ外交からの変化 2 国際的な同盟関係の回復

 2つ目は、国際的な同盟関係の回復を目指している点である。トランプ政権時、中国への対抗や、安倍前首相との個人的な相性の良さなどもあり、同盟国の中では日本は例外的に重視された存在だった(他は、サウジアラビアやイスラエルあたり)。バイデン政権では世界中の同盟国らと関係を強化し、大国間競争に必要な抑止力を提供する姿勢を明確に示している。特に欧州との関係改善は大きなテーマとなっている。

トランプ外交からの変化 3 民主主義の強調

 3点目は、世界各地の民主主義を支えていこうという方向性である。権威主義的な中国、ロシアを非難する意味でも、民主主義と法に基づく国際秩序の優秀性をPRしようという姿勢といえる。このあたりは「共産主義対資本主義」という冷戦時代をほうふつとさせる。まだ実現するかはわからないが、民主国家の首脳を集めた「世界民主主義サミット」の開催を約束しており、トランプ政権が、サウジアラビア、ロシアなど権威主義的な国々と付き合いを深めていたのとは大きく異なっている。

トランプ外交からの変化 4 外交交渉の重視

 4点目は、外交交渉そのものの重視である。トランプ政権時代のトップダウンではなく、専門家によるチームに交渉を委ねて外交を動かす、事務方のボトムアップ重視に戻った。実務者たちが積み上げてきた交渉が形になるという従来のオバマ政権時のスタイルに戻ったことを意味する。

 実務者同士のプロセスで、外交交渉は緻密になる。4月の日米首脳会談の議論も、3月の日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の延長線だった。共同文書に盛り込まれた「台湾海峡の平和と安定の重要性」「両岸(中台)問題の平和的解決」などの言葉も中国をけん制しながらも過度に刺激しないために何度も検討した知恵が反映されているといえる。

 外交交渉は対立だけでなく、部分的な妥協や協力も行いながら進んでいくのが常である。後述するようにバイデン政権でも中国との対立関係が続く中、イラン核合意復帰や、北朝鮮の非核化の進展などにも中国に交渉に加わらせるように仕向けてくる展開も今後、予想される。

トランプ外交からの継続1 同盟国の重視≒同盟国の責任分担

 ただ、そうはいってもトランプ外交との明確な継続性もかなりある。3つ挙げてみたい。

 バイデン政権が「同盟国の重視」と訴えているのは、アメリカが同盟国を積極果敢に守っていくというアメリカの負担増を主張しているわけでは決してない。むしろ、同盟国との関係を改善させることによって、アメリカの防衛的な責任を各国に負担させようという狙いがみえている。つまり、「安全保障のバードン・シェアリング」である。

 トランプ政権(さらにはその前のオバマ政権でも)では在外の米軍基地の負担支援や同盟国各国の防衛力強化を常に要求してきた。オバマ、トランプ政権のような「もはや世界の警察ではない」という言葉をバイデン政権はこれまでは使ってはいないが、共同防衛や国際秩序維持のために同盟国間で相応の役割を分担させるとすれば、実質的に同じようなものであり、したたかな戦略でもある。

 さらに「世界から引いていくアメリカ」の動きもバイデン政権でも見えている。その象徴と言えるのが、2001年10月から続くアメリカ最長の戦争であるアフガニスタンからの撤退であろう。アフガン撤退はトランプ政権が5月を期限としていたところをバイデン大統領は自分の手柄になるかのようにいったん駐留延長をさせ、結局、9月11日までに撤退規定を再設定した。

トランプ外交からの継続2 中国への圧力政策の堅持

 また、中国への圧力政策の堅持もトランプ政権の政策を受け継いだものだ。バイデン政権の「国家安全保障戦略」の策定に向けた指針の中で、「経済、外交、軍事、先端技術の力を組み合わせ、安定的で開かれた国際システムに対抗しうる唯一の競争相手だ」と中国を最大のライバルである見方を示している。

 ブリンケン国務長官は1月に行われた自らの上院外交委員会の指名承認公聴会「中国に対して強硬姿勢を取った点では、トランプ大統領は正しかった」「トランプが多くの分野で採用した手法には全く同意できないが、原理原則は正しかったし、わが国の外交政策に有益だった」と発言している。

 バイデン政権は「新冷戦」という言葉を使おうとしない。これは中国に対する過度な刺激を避けたいという意図がまずあるのだろう。ただ、米中の直接的な軍事衝突の可能性も局地的には視野に入りつつあり、「熱い戦争」になってしまいかねないほど、中国の軍拡が目立っている。

 「アジア回帰」を掲げていたのにかかわらず、オバマ政権半ばからの外交方針はずっと中東重視の姿勢は変わらなかった。中国の台頭という大きな要因はあるが、トランプ政権、バイデン政権と東アジアのアメリカの関心が強いことは、「ようやくアメリカがアジアに本気になった」という意味で、日本外交にも大きな影響があるのはいうまでもない。

トランプ外交からの継続3 世論の重視

 バイデン政権の外交の大きなスローガンは、「ミドルクラス(中産階級)のための外交」である。つまり「普通の人々」にとってメリットがある外交でなければならないという強いベクトルであり、世論の重視にほかならない。

 もちろんここで「普通の人々」がだれを指すかが大きなポイントとなる。政治的分極化の中、バイデン政権の場合は自らを支持するリベラル層の見方を重視するのは当然の動きであろう。

 ポピュリスト的であるとされたトランプ外交では、福音派を意識したイスラエル寄りの外交や、「小さな政府」層への利益還元としてのパリ協定離脱などに代表されるように、保守層の支持層の意見を強く意識した外交だった。方向性は大きく異なるとしても、強く世論を意識している点では共通する。

 そもそもバイデン政権発足後約4カ月がたってもまだ、政治的分極化は全く変わっておらず、国内の分断が続いている。政治的な基盤が弱いことを反映し少しでも支持者を固めておきたいというのはトランプ政権と同じだ。

 バイデン政権にも明らかにポピュリスト的な要素がある。例えばトランプ前政権が設定した9月末までの2021会計年度に受け入れる難民の上限1万5000人を最初は継続する動きだったが、リベラル派が猛反発し、6万2500人まで引き上げ、2021年10月に始まる次年度には、上限数をさらに2倍の12万5000人に拡大する方針を明らかにしている。

 具体的な外交上の優先事項もかなり支持層を意識したものになっている。ブリンケン国務長官は3月3日に行われた上述の「国家安全保障戦略」の策定に向けた指針の説明の冒頭で、➀国際協調によるパンデミックへの対応、②中産階級を成長させ、雇用の創出をする貿易、③民主主義の刷新、④人道的で効果的な移民制度の構築、⑤同盟国との関係の復活、⑥気候変動対策、⑦技術競争での優位性、⑧中国への対抗、という8つの外交上の優先事項を示している。

 この中には「移民」「気候変動」などやはりリベラル層を強く意識した事項が含まれている。一方で「雇用の創出をする貿易」あたりはトランプ外交との接点もみえている。この接点は、まるでミシガン、ウイスコンシン、ペンシルバニアなどのラストベルト各州の中道層をバイデン、トランプ両者で取り合った部分に昨年の大統領選挙の戦略に重なってもみえる。

 各種世論調査では民主党支持者の方が自由貿易に賛成する傾向が強い(かつて、「自由貿易は共和党の外交の一丁目一番地」だったことを考えると隔世の感がある)。バイデン政権内でも高い関税をかけ合うことに対して否定的にみる見方も広がっているといわれている。軍事利用に転用できる情報技術関連については高関税を維持しても農産物などの貿易は自由化するデカップリングが今後、本格化してくるかもしれない。

 一方で、アメリカ国内に目を向ければ、激しい政治的分極化は当面は続きそうではある。まだ進行形のバイデン外交の今後を大きく規定していくのは、世論、とくに民主党支持者の世論がどう動いていくのかという点も大きいのかもしれない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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