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なぜラツィオは鎌田大地との契約延長を望んだ? セリエA残留で「3倍の損失」回避へ

中村大晃カルチョ・ライター
4月19日、セリエAジェノア戦での鎌田大地(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

サッカーの世界では、何が起きるか決して分からない。使い古された言い回しだ。しかし、3カ月前の鎌田大地の状況を思い起こせば、改めてそう感じる人は多いのではないか。

3月に鎌田の状況が一変したのは周知のとおりだ。マウリツィオ・サッリ前監督の下では、出場機会がなくなっていた。だが、彼の辞任でイゴール・トゥードル監督が就任してからは、セリエAの全試合で先発出場。存在感がなくなっていた鎌田は、一気にチームにとって不可欠な主役となった。

当然、1年契約の満了で退団確実と言われていた去就も騒がしくなる。鎌田が延長オプションを行使し、ラツィオに残るかどうかが取りざたされるようになった。「選手が年俸アップや1年延長を要求」、「税優遇の廃止がネックに」など、様々な報道が日本のファンにも届けられている。

そして5月29日、一部のイタリアメディアは鎌田の残留が確実になったと報じた。今週の代理人とクラブ首脳陣の交渉で大筋合意に達したという。ラツィオ専門サイト『La Lazio Siamo Noi』は、証明つきのメールもすでに送信されたと伝えている。

なぜ、ラツィオは契約延長を望んだのか。クラブ視点で、鎌田残留が必要だったのはなぜなのか。

■指揮官との関係

最大の理由はやはり、トゥードルの存在だろう。鎌田に中心的な役割を託し、事あるごとに賛辞を寄せてきたのは言うまでもない。鎌田の状況好転にトゥードルの存在が大きかったのと同様に、信頼をつかむための好結果を残す上で、トゥードルにとっても鎌田の存在は大きかった。

そのトゥードルとラツィオの契約は2024-25シーズンいっぱいだ。来季は指揮官にとっても勝負の一年となる。その大事なシーズンに、鎌田がいるチームで臨みたいと考えるのは当然だろう。特に、これまで絶対的な司令塔だったルイス・アルベルトが退団に向かっているだけになおさらだ。

ルイス・アルベルトは5月12日のエンポリ戦でメンバー外となった。練習態度などが原因と言われている。ラツィオでのラストゲームになるかもしれない最終節でも、トゥードルはルイス・アルベルトに出場機会を与えなかった。

『La Gazzetta dello Sport』紙は、チーム内の規律を重視するトゥードルの姿勢が表れていると報じた。鎌田を好む理由にもつながるだろう。出場機会がないときも、鎌田が黙々とプロフェッショナルに取り組んできたのは知られている。

一方で、すべての選手が鎌田のようにトゥードルと良好な関係にあるわけではない。マルセイユ時代からの衝突がささやかれてきたマテオ・ゲンドゥジは、移籍の可能性もうわさになっている。シーズン半ばの就任とあり、指揮官としてもチームを掌握しきっているとは言えないだろう。だからこそ、鎌田の重要性はさらに増す。

フルシーズンに臨むうえで、トゥードルが自分の望む選手をそろえたがるのは当然だ。ただ、クラウディオ・ロティート会長は、チーム編成の主導権を譲らない人物。サッリとも衝突があった。直近ではトゥードルとの間でも緊張があるとうわさされている。

ロティート会長の方針から、夏の移籍市場でラツィオがすべてトゥードルの希望をかなえるとは考えにくい。ただ、トゥードルサッカーにおける鎌田の重要性は、クラブも承知のことだろう。それだけの選手がいなくなれば、代わりを見つけるのも容易ではない。だからこそ、ラツィオとしても鎌田に残ってほしかったはずだ。

4月6日、セリエAローマ戦でのトゥードル監督
4月6日、セリエAローマ戦でのトゥードル監督写真:ロイター/アフロ

■財政的な側面

そもそも、鎌田がいなくなれば、クラブは2つの理由で懐を痛めることになる。

ひとつは、税優遇の問題だ。

『Corriere dello Sport』紙は、鎌田が1年で去るなら、ラツィオは今季の年俸の優遇分である約200万ユーロ(約3億3400万円、1ユーロ=167円換算)を補てんしなければならないと報じた。税優遇はイタリアに2年在住することが条件だったからだ。

もうひとつは単純。代役獲得が必要になれば、投じる資金が増すからである。

トゥードルが基本布陣とする3-4-2-1において、ダブルボランチの一角として極めて重要な役割を担ってきた鎌田が不在となれば、相応の代役が必要となるのは前述のとおり。だが、システムとスタイルが大きく変わったラツィオは、ほかのポジションでも補強が必要だ。

すでにフェリペ・アンデルソンの退団が決まり、ルイス・アルベルトも放出となれば、2列目の補強は必須だ(サレルニターナからルム・チャウナの獲得が確実との報道も)。チーロ・インモービレの衰えが指摘され、タティ・カステジャノスの得点力が懸念されるストライカーの獲得もうわさされる。

来季はUEFAチャンピオンズリーグの収入がなくなるなか、様々な強化ポイントにどれだけの資金を費やせるのか。不透明な状況だけに、鎌田の代役獲得の必要は生じさせたくなかっただろう。

■「3倍の損失」回避がどれだけの利益になるか?

トゥードルにとってのキーマンの補強、今季の税優遇分負担、鎌田の代役獲得への資金投入。鎌田を引きとめれば、この3つの必要がなくなる。

『Corriere dello Sport』は、鎌田を失っていれば、ラツィオにとって「3倍の損失」になっていたと報道。鎌田残留について、「不確実性が強い雰囲気の中で確実な点を固めるのは良いこと」だと伝えた。

ただ、鎌田がどういう条件でラツィオに残るかはまだ分かっていない。

『Corriere dello Sport』は年俸アップなしで1年延長と報じた。『La Lazio Siamo Noi』は、延長オプション行使で税優遇の恩恵継続としつつ、詳細な全貌には触れていない。『calciomercato.com』では、延長オプション行使ではなく1年の新契約締結という報道もあった。一方で、当初の条件どおりにオプション行使で複数年の延長という現地記者の投稿も出回っている。

これらの点が明確にならない限り、ラツィオにとっての利点も定まらない。年俸額の財政的影響は言うまでもないだろう。延長期間は2025年夏の去就問題や売却可能性に影響。1年延長なら再び0円移籍のリスクが残る。

これらによって、ラツィオが「3倍の損失」を回避したことがどれだけの利益になるかは変わる。そしてそれは、来季の鎌田のパフォーマンスにも左右されることだ。しかしもちろん、来季がどうなるかは誰にも分からない。サッカーの世界では、何が起きるか決して分からないのだ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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