太田裕美 45周年を迎え、今思うこと これまでとこれからを鮮やかに映し出す新作に感じる“強い意志”
「40周年まではあっという間だったけど、四捨五入したら半世紀になる45周年は年月の長さ、重さを感じる」
デビュー45周年。そのデビュー記念日の11月1日に、メモリアルアルバム『ヒロミ☆デラックス』を発売した太田裕美。ヒャダインこと前山田健一プロデュースの新曲「ステキのキセキ」「たゆたうもの」、代表曲「木綿のハンカチーフ」「さらばシベリア鉄道」は、高嶋ちさ子 ピアノクインテットの演奏でセルフカバー、そして太田自身が作詞・作曲した新曲「桜月夜」、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の劇中曲「恋のうた」、さらにGoh Hotoda氏の手による人気曲のニューミックス(Reiwa Mix)などが収録されている、まさにデラックスな内容だ。太田は9月に、乳がんの治療中であることを発表。治療を続けながら活動を行っている。11月24日には東京国際フォーラム<ホールC>でデビュー45周年記念コンサート『太田裕美コンサート~まごころ大感謝祭<45周年45回転でくーるくる>』の開催も控え、現在の心境、そしてアルバムに込めた思いを聞かせてもらった。
「40周年まではあっという間という感じでした。でも45周年って四捨五入すると50年で、半世紀じゃないですか。やっぱり年月の長さや重さを感じます。私は今までベスト盤の女王と言われるくらい(笑)、ベスト盤を出しているので、そのタイトルにもベストとついているものが多いので、今回はベストの中のベストでデラックス盤という意味です。お気づきかもしれませんが、マツコ☆デラックスさんからインスパイアされました(笑)」。
「耳障りのいい言葉だけが聴こえている作品を作るのではなく、体の中を通ってきた実感で言葉を紡ぐようにしている」
45周年という時間の捉え方と、アルバムタイトルについてそう教えてくれたが、アルバムを聴くと、45年間変わらない透明感のある声に包まれる。そしてその声から放たれる言葉のひとつひとつに、3つの時代を歌い続けてきたからこそ伝わってくる“芯”を感じる。
「耳障りのいい言葉だけが聴こえてくる作品を作るという年齢でもないし、本当に自分の体験を、体の中を通ってきた実感で言葉を紡ぐようにしています。私はいわゆる職業作家ではないので、なるべく素直な言葉、自分の中から出てくることをそのまま詞にして、45周年なので色々な意味で、思いを込めたものを作りたいと思いました。時代が変わったなってすごく思います。「恋のうた」は連続テレビ小説『ひよっこ』の劇中曲ですが、あのドラマの舞台になった昭和の高度成長期は、みんなそんなに贅沢もできず、貧しいんだけど、お互いに助け合いながら、一生懸命生きていました。私はそういういい時代を生きてきたので、今の社会のギスギス感というか、考えられないことが色々起こっているのを見たり聞いたりすると、すごく怖いです。これから世の中がどうなっていくのかなという思いと、次の世代を見守らなくてはいけない、責任ある世代なので、これからの未来が明るいものになるように、大きなことはできないけれど、例えば自分の息子にはきちんと言うべきことは伝えたいし、世の中には音楽を通してきちんと伝えていきたいです」。
<意識次第 どんな時も 生まれ変わるチャンス>(「ステキのキセキ」)、<正直者はバカを見る そんな世の中と あきらめるには 早すぎる あなたはあなたで いればいい>(「桜月夜」)など、新曲には決して“押し付けがましくない”、でも強くて優しいメッセージが込められ、“寄り添って”くれる。
「自分が押し付けられるのがすごく嫌いなタイプで、割と自由にわがままに生きてきたので、自分の言いたいことは言うけど、でも後は、あなたが考えて生きてほしいと思っていて。もちろん若い人でもちゃんと考えている人はいるし、とにかく自分の頭で考えようということは言っていきたいし、自分の考えで自分の思いを実現する、実現できる社会になったらいいなと思います」。
太田裕美ファンを公言しているヒャダインが、2曲提供&プロデュース
太田裕美ファンを公言しているヒャダイン(前山田健一)が、「ステキのキセキ」と「たゆたうもの」をプロデュースしていることも、この作品の大きなトピックスだ
「太田裕美の声を気に入ってくださっている方なので、その声を十二分に活かした曲を作りましょうという感じでできあがりました。「たゆたうもの」は自分の声を多重録音しているので、ヘッドフォンで聴いたら、夢にも出てきそうなくらい太田裕美だらけという感じです(笑)。でも自分の声で構成していくと、これまでとは違うサウンドができあがって、新しい発見もありました。「ステキのキセキ」は、明るいポップチューンをリクエストして、すごくヒャダインさんぽい曲でもあるし、でも太田裕美のことを考えながら作ってくださっているのが伝わってくる曲です」。
「ステキのキセキ/桜月夜」は5月に、シングルとしては35年ぶりとなる7インチアナログ盤で発売され、太田の代表曲のタイトルがちりばめられた作品で、ファンにはたまらない一曲だ。
「ディレクターさんのアイディアで、最初は恥ずかしいから嫌だって言っていました(笑)。でもいざ書き始めると、タイトルがどんどんハマっていくんですよね。初期は特に松本隆さんの歌詞が多く、松本さんの世界のタイトルなので、どんどん物語になっていく感じで、パズルのようにメロディにハメていくと、あっという間にできました。もちろんただタイトルが入っているだけではなく、意味あるストーリーにしなければいけないので、考え込んだりもしましたが、16曲のタイトルを散りばめました。ファンの方への恩返しの意味が大きいです」。
アレンジャー萩田光雄との久々のタッグ、高嶋ちさこピアノクインテットとの共演、アルバム初収録曲あり…こだわりにこだわった作品
「桜月夜」は自身が作詞・曲を書き、編曲は「木綿のハンカチーフ」を始め多くのシングルをアレンジした萩田光雄とのタッグが久々に実現した。
「萩田さんは『4リズムだからアレンジのしようがない、腕の見せどころがないよ』って言っていましたが(笑)、素晴らしいミュージシャンの方々(ピアノ、ハモンド・オルガン/中西康晴、ベース:岡沢章、ドラムス:渡嘉敷祐一、ギター:土方隆行)の演奏を引き出してくれ、素敵なアレンジに仕上げて下さいました。1、2曲目のヒャダインさんの曲は打ち込みのサウンドなので、3曲目のこの曲で生音になって、それぞれの良さを楽しめると思います」。
「木綿のハンカチーフ」「さらばシベリア鉄道」というおなじみの曲を、高嶋ちさ子 ピアノクインテットの美しい弦とピアノの音のひと味違うアレンジで、セルフカバー。改めてメロディの美しさ、声の瑞々しさを強く感じさせてくれる。
「2曲共皆さんに愛されている曲なので、原曲を超えたものを作らないとセルフカバーした意味がない気がしていたので、今まで避けていました。でも今回はピアノクインテットなので雰囲気が全然違うし、新しい『木綿~』であり、新しい『さらば~』ができあがったと思います」。
NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の劇中歌「恋のうた」を、太田裕美名義アルバムでは初収録。<スキ スキ スキ スキ>と連呼するシンプルなラブソングだ。
「コンサートでもよく歌っている曲で、皆さんにかわいい曲と言っていただいていたので、アルバムに入れたかった。宮川彬良さんアレンジのオーケストレーションがとにかく美しくて大好きな曲です。宮川さんからもらったデモが、スキャットの中にスキ、スキを連呼していて、『これ、面白いな』と思って、歌詞が大幅に省かれてシンプルになりました。結局シンプルな方がわかりやすいし、伝わるし、楽だし、いいじゃないですか(笑)」。
「Go Hotodaさんの手による“Reiwa Mix”があることで、“今”の太田裕美を感じてもらえる、トータルアルバムになっていると思う」
ファンから支持が高い「First Quarter-上弦の月-」「僕は君の涙」「金平糖」「道」は、世界的なエンジニアGoh Hotoda氏の手による“Reiwa Mix”として生まれ変わった。
「音の世界観がハッとするくらい新しいものになって、このアルバムを全部聴いた時に、トータル的に今の音になる、今の太田裕美が作ったトータルアルバムという風に感じていただけると思います。『上弦の月』は、25周年の時に書き下ろした曲で、その時まさか45周年を迎えるなんて想像もしていないじゃないですか。その時『太田裕美の軌跡~First Quarter』という素敵なメモリアルBOXセットを作ってもらえて嬉しくて(笑)、最初で最後だと思っていたので、ありがとうの気持ちを込めてこの曲を書きました。でも45周年を迎えた今、まさにこの曲に込めた思いがより深くなっているので、シングルとしても出ていないし、改めてアルバムの中に入れたいと思いました。アルバムの最後の曲「道」もそうです。22年ぶりのオリジナルアルバム『始まりは“まごころ”だった』(2006年)で、色々な方に楽曲提供していただいて、そのアルバムの最後に入っている曲です。これまでの感謝の気持ちを込めた曲を作りたいと思って作った曲だったので、思い入れが強くて。コンサートのラストに歌ったり、会場に流すと、思いがより伝わる曲だと思うので、今回のアルバムでも最後に入れさせてもらいました」。
「ステキのキセキ」「桜月夜」は、太田が「奇しくも今の私の心境そのものの作品となりました」というように、病気が発覚した後の思いを表したような歌詞に読み取れるが、レコーディングしたのは、「ステキのキセキ」は昨年、「桜月夜」は今年初めだったという。
「今ものすごく健康的な生活を送っていて健康優良児。お酒のない生活なんて想像できなかったけど、全然大丈夫(笑)」
「レコーディングしている時もすごく元気だったんですよ。なのに急に病気が発覚して、人間いつどうなるかわからないということを実感しています。今はこの45周年をクリアするのに必死という感じで、先のことは考えられない、今日を一生懸命生きるという感じです。このアルバムのレコーディングも全部終わっていたし、45周年コンサートも決まっていたし、来年春までコンサートもあるので、何かだけ頑張って、あとはできませんという形にはしたくなかった。やるんだったら全部ちゃんとやるか、全くなしにするか、という選択肢でした。だったら全部やった方が、私は精神的に楽なので治療しながら全てのスケジュールをこなすと決めました。今はものすごく健康的な生活を送っていて、お酒も飲めないし(笑)。だから、治療で抗がん剤を打っていますけど、抗がん剤が抜けたらものすごく健康だと思います。どこも悪くないと思えるくらい、今は健康的です。夜は早く寝るし、変なものは食べないし、お酒も飲まないし。本当に健康優良児みたいな感じです。お酒のない生活を送るくらいなら、死んだ方がマシだと思っていたけど、今はお酒を飲まなくても、全然生きていけるもんだなと感じています(笑)。人生の楽しみが減るかなと思ったら、そうでもないです。人間ってやっぱりひとつがダメでも、また違う楽しみを見つけて、それがまた生きる糧ではないけれど、元気の素になるんだなって思います。いい意味で人間って貪欲な生きものなんだなって(笑)」。
歌を歌うことが元気の素であり、お客さんからエネルギーをもらえるコンサートがパワーの源になっている。11月24日に行う45周年記念コンサート『太田裕美コンサート~まごころ大感謝祭<45周年45回転でくーるくる>』について、「このアルバムを聴いて、世界観を楽しみにして来てくれる人を、いい意味で裏切るようなものにしたい」と、笑顔で語ってくれた彼女は、おだやかさの中に、溌剌としたエネルギー漲るオーラを感じさせてくれた。