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夏休みの子どもに伝えたいタバコと「ニコチン」の脳への作用

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコが止められなくなるのは、依存性の強いニコチンによる作用が大きい。子どもはなぜ大人がタバコを吸うのか、なぜ禁煙できないのか不思議に思っているだろう。実は、ニコチンは若い世代の脳へも重大な悪影響を及ぼすのだ。

妊娠中のニコチン摂取はNG

 今年に入って加熱式タバコの新製品が目白押しだ。多様で複雑なラインナップに小売店は大混乱という。加熱式タバコはタバコ葉を使うため、ニコチンを摂取できるタバコ製品だ。

 欧米で使われている電子タバコのリキッドのほとんどにニコチンが添加されているように、これらタバコ製品に共通しているのはニコチンという薬物となる。つまり、タバコ会社にせよ電子タバコ・メーカーにせよ、ニコチンという依存性の強い薬物によってユーザーをつなぎ止め、禁煙しづらくし、喫煙習慣を止められなくしているというわけだ。

 ところで、運動神経、交感神経、副交感神経の神経伝達物質にアセチルコリン(ACh)という物質がある。アセチルコリンの受容体をコリン作動性受容体といい、大きくニコチン性アセチルコリン受容体(nAchR)と5種類のムスカリン性アセチルコリン受容体に分けられる。

 ニコチンは、肺などの呼吸器や皮膚から簡単に吸収される植物性アルカロイドだ。本来ならアセチルコリンがニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、中枢神経、交感神経、副交感神経を刺激してこれらの神経を興奮させるが、ニコチンが結合するとより強い刺激を与えることになる。

 ニコチンには強い毒性もあり、特に生物の発生時に毒性が強く作用する。妊娠前の女性や妊婦がタバコを吸うと、ニコチンやタバコに含まれる毒性物質が受精卵や胎児に悪影響を及ぼす。その結果、早産や死産、無呼吸新生児のリスクを上げ、乳幼児突然死症候群の原因になることが明らかになっている。また、妊娠時に喫煙していた場合、胎児の脳への影響から小児の学習や記憶などの認知機能の障害を引き起こし、行動障害の原因になることも示唆されている。

タバコは20歳になってからという欺瞞

 喫煙習慣は、未成年時に始まることが圧倒的に多い。「タバコは20歳になってから」というキャッチフレーズが欺瞞的なのは、未成年者に喫煙への興味を潜在的に忍び込ませるからだ。若い世代は禁止される行為に興味を抱きやすいとされるが、もちろん喫煙は20歳以上でも決して推奨される行為ではない。

 ニコチンが脳へ及ぼす影響は、その刺激が慢性的に始まった年齢で異なる。脳の発達は一般的に30歳前後まで終わらないとされるが、思春期の子どもや未成年者などの若い世代の脳は可塑性に富み、大きなポテンシャルを持っている。逆にいえば、発達途上であり脆弱なのが思春期の悩だ。

 こうした時期にニコチンの刺激を受けると、脳の報酬系に過度に作用し、ニコチン依存になりやすかったり依存からなかなか抜け出せなかったり、また衝動的な行動を起こしやすくなったりする(※1)。若い時期にタバコを吸い始めたほうが禁煙しにくいのはそのせいで、ニコチンが脳の機能を低下させるのだ。

 さらに問題なのは、ニコチンで変化した悩では、タバコ以外の楽しみに対する反応が低下し、喜びという感情が鈍化する点だろう(※2)。若くしてタバコを覚えた場合、タバコ以外の楽しみや喜びを感じにくくなり、ますます禁煙しにくくなっていく。

 楽しみや喜びを感じにくくなるのはニコチンに限らず、アルコール、違法薬物、ゲーム、ギャンブル、セックス、ショッピングなどの多くの依存症に共通した症状だ。そのため薬物や行為のほうが、他者や社会との関係より重要になってしまう。優先順位が逆転してしまうのだ。そして、外界と没コミュニケーション状態になり、人間関係が壊れたり周囲とうまくやっていけなくなっていく。

 依存症になった当人は、自分の危うい状態を認知し、内心ではそうした状態から離脱したいと思っている。どうしても欲しかったりしたいわけではないが、依存状態をコントロールできずについつい求めたり行動したりしてしまう。

 他者からそれを否定されると認知的な不協和状態に陥ってしまい、強く反発したり拒絶したりし、ますます人間関係を狭めてしまう。依存症の患者の最後のよりどころは家族だが、核家族化や一人暮らし、ひきこもりといった現象が進んでいる社会では家族の理解や支援を得られない人も多い。

人間関係を疎外する依存症

 夏休み中の子どもはタバコ以外にも様々な誘惑にさらされている。ゲームやスマホに寝食を忘れて没頭し、いつの間にか強い依存状態に陥ることも少なくない。

 ゲーム依存やスマホ依存もニコチン依存と同じように対象への優先順位が逆転してしまう。ゲームを否定されると強く反発し、家族との関係よりもゲームを優先させるようになる。

 夏休みの子どもが依存症にならないため、ニコチン依存からその悪影響を伝えてみてはどうだろうか。

 不幸なことに、タバコは子どものごく日常に存在する。タバコには必ずニコチンが入っている。大人にはなぜタバコを吸う人が多いのか、なぜタバコを止めることが難しいのかは子どもが抱く素朴な疑問の一つだろう。

 タバコを吸えば、前述した妊娠に関連した新生児への悪影響以外に、がん(肺がん、咽頭がん、口唇口腔がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、子宮頸がん、乳がんなど)、脳卒中や大動脈解離などの心血管疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患、2型糖尿病などにかかるリスクが格段に上がる。

 だが、こうしたリスクがあるのにもかかわらず、なぜ大人はタバコを吸うのか、子どもはさらに疑問を抱き、それが興味へとつながっていく危険性がある。

 ニコチンによって、楽しみや喜びを感じにくくなる。ニコチン依存症になってしまうと家族や友人、社会との関係性が壊れてしまうかもしれない。

 ゲームに没頭して依存するあまり、好きな人が嫌いになったり、ゲーム以外に何も興味を持てなくなってしまえばどうなるか。どうしてもタバコを止められないのはどうしてか。その対象に強く依存し、たとえ身体に悪いとわかっていても止められず、自分をコントロールできなくなってしまうからだ。

 こうした依存と依存症について、ぜひ夏休みの子どもに伝えて欲しい。そして、加熱式タバコにもニコチンが入っている。妊娠前の女性や妊婦はもちろん、子どもや思春期の若い世代にとってかなり危険な製品といえるのだ(※3)。

※1-1:Jan Peters, et al., "Lower Ventral Striatal Activation During Reward Anticipation in Adolescent Smokers." The American Journal of Psychiatry, Vol.168, Issue5, 540-549, 2011

※1-2:Robert Whelan, et al., "Adolescent impulsivity phenotypes characterized by distinct brain networks." nature neuroscience, Vol.15, 920-925, 2012

※1-3:Do T. Kathy, Adrianna Galvan, ”Neural Sensitivity to Smoking Stimuli Is Associated With Cigarette Craving in Adolescent Smokers.” Journal of Adolescent Health, Vol.58, Issue2, 186-194, 2016

※2-1:Mark L. Rubinstein, et al., "Smoking-Related Cue-Induced Brain Activation in Adolescent Light Smokers." Journal of Adolescent Health, Vol.48, Issue1, 7-12, 2011

※2-2:David M. Lydon, et al., "Adolescent brain maturation and smoking: What we know and where we’re headed." Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Vol.45, 323-342. 2014

※3:Lucinda J. England, et al., "Developmental toxicity of nicotine: A transdisciplinary synthesis and implications for emerging tobacco products." Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Vol.72, 176-189, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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