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ビールを飲みながら楽しく政治の話をする大学生選挙って何?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
大学生による大学生のための「議会・政治・政党・民主主義」とは 撮影:あぶみあさき

ノルウェーで選挙取材をして何年も経つが、「気になっていたけれど、まだ取材していない選挙」があった。

「大学生選挙」だ。

大学内での独自の選挙、大学生政党のことは前から取材中に耳にしていたのだが、開催期間も通常の選挙とは違うので、取材する機会を逃していた。

オスロ大学キャンパスでは「大学生選挙 投票しよう!」と呼びかけの旗が。コロナの影響で今はネット投票になっている 撮影:あぶみあさき
オスロ大学キャンパスでは「大学生選挙 投票しよう!」と呼びかけの旗が。コロナの影響で今はネット投票になっている 撮影:あぶみあさき

オスロ大学では現在「大学生選挙」が開催中だ。大学生や職員が学長などを選ぶ選挙ではなく、大学生が投票して、大学生たちの代表となる大学生を選ぶ。「政党」もあるので、生徒会とは違う。

オスロ大学の選挙は4月28日から5月5日。大学内にはお酒が飲めるバーがあり、そこでは各「大学生政党」の代表者たちが議論をしていた。

大学バーで開催される大学生政党たちの議論 撮影:あぶみあさき
大学バーで開催される大学生政党たちの議論 撮影:あぶみあさき

観客の大学生たちはビールを飲んだり、スマホをいじったり、時に笑いながら、楽しそうに、真面目に各党の政策の違いに耳を傾けていた。

議論の会場が大学バーなので、司会者も各政党の代表である大学生たちも、ビールを飲みながら政治の話をしている。

この「大学生選挙」の主催者は「大学生議会」だ。

大学生の選挙・議会・政党?

聞き慣れない言葉の連続で、何だと思うだろう。

では、議会の人に直接聞いてみよう。

議会の実行委員であるルーナ・ヤシュベさん(25)は、オスロ大学で宗教社会学を学ぶ大学生だ。

撮影:あぶみあさき
撮影:あぶみあさき

ルーナさん「大学生議会というのは、オスロ大学の『学生民主主義』をまとめる機関です。議会はノルウェー各地の大学に存在する組織。大学生の声が、校長などの大学機関のトップに届くように働きかけるのが議役割です」

この「大学生の声」は「大学生政治」とも言われている。

「大学には予算や戦略を決める執行委員会があり、この執行委員会に対して、大学生たちの代表として大学生議会は提案などをします。執行委員会が何かを重要なことを決定する時には、大学生議会としてフィードバックをします」

大学生議会の影響力を示す実例として、2019年にオスロ大学は気候のための行動戦略を導入した。大学が出す排出量を半分までに減らすために、飛行機での出張を減らすなどの提案をしたのは大学生議会だった。

大学生政治って何?

ルーナさん「大学生政治というのは、国会の政治とは違い、社会主主義者などがいるわけではなく、ノルウェーの税金制度を議論するわけではありません。もちろん大学生の議論を聞くと、右派左派などの違いはなんとなく出てはきますが。大学生政治というのは、むしろ『大学生がどのようにありたいかという願い』『大学はどのように機能するべきか』『学問研究の将来がどうなっていくべきか』ということに近いです。それを決めていくのが大学生議会。大学生のこと、大学生の周囲環境にまつわるものが大学生政治ですね」

大学生政党の政策が、自分の考えとどれほど近いかを知ることができるボートマッチもある。

議会は国会やオスロ市議会に影響を与えることはできるの?

ルーナさん「オスロ市と面会することもあります。オスロ大学の大学生議会だけで動くというよりも、全国各地にある大学生の団体とつながり、みんなで共通の意見をまとめて届けています」

大学生の民主主義って何?

大学生政党は、学生寮の少なさなどのについて、それぞれの政策を議論していた 撮影:あぶみあさき
大学生政党は、学生寮の少なさなどのについて、それぞれの政策を議論していた 撮影:あぶみあさき

「オスロ大学にはいくつかの大学生民主主義の組織がある」と語るルーナさん。

聞き慣れない「大学生民主主義」とは何だろう?

ルーナさん「大学生民主主義、そうね。複雑ですが、とても素晴らしい効果をもっていますよ。大学生から信頼を得て、投票で選ばれた代表者たちの集まりです」

「大学生民主主義というのは全体像のことです。大学生に選挙や選択肢があるということ。あなたにはあなたの声や1票がある。あなたは自分の1票を使って、誰があなたの声を代表する人になるかを決めることができます。それを大学生民主主義というんです」

大学生議会とは?

ルーナさん「大学生議会というのはそのオスロ大学の上層部です。オスロ大学の大学生議会は各8学部からの代表者である8人と、大学生選挙で選ばれた各大学生政党からの27人がいて、この合計35人の大学生・院生によって構成されています。選挙は毎年開催され、代表者の顔触れも毎年変わります」

大学生政党とは?国会の政党とのつながりはあるの?

オスロ大学の政党のロゴが並ぶ。名前でなんとなく「国会のあの政党かな?」と連想しやすい政党もある
オスロ大学の政党のロゴが並ぶ。名前でなんとなく「国会のあの政党かな?」と連想しやすい政党もある

大学選挙には「大学生政党」がある。私にとってはこれがずっと不思議な存在だった。国会に座る大人たちの政党と似たような政党が多く、大学版の青年部かとも思ったのだが、青年部とも違い、それほどの強いつながりはないというのが私の印象だ。

ルーナさん「大学生政党は大学によって異なり、各地に同じ名前の政党もあれば、オスロ大学にしかない大学生政党もあります。大学生政党や大学生議会のメンバーは、19~30歳以上の大学生か院生です」

「選挙には複数の『政党』があります。国会の政治政党や各政党の青年部とはつながりは『薄い』といえるでしょう。類似点はありますが、政党や政党の青年部ほど、政治色は強くありません」。

青年部のイベントには国会に議席を置く「母党」政党の政治家などが訪問することもあり、つながりは強めだ。だが、大学生政党では、政治家よりも学長がイベントを覗きに来ることが多いそうだ。ノルウェーの国会や自治体の議員たちの中には、大学選挙の結果がでると、「自分たちの大学生政党が支持されている」と喜びをSNSで表現することもある。

いつか政治家になりたいと思っている人はあまり多くはないが、時に活動的な政治家に育つ人もいるという。

選挙中の模擬選挙と大学選挙は違うの?

私は今までの記事で、ノルウェーの小学校・中学校・高校では、4年に1度の国政や地方選挙の時期には「模擬選挙」が開催されることを書いてきた。

この模擬選挙と大学選挙は、けっこう違う。

高校の模擬選挙はその年の選挙の争点などがテーマで、実際の出馬する政党の政治を勉強してから投票のまねごとをする。模擬選挙とはいえ、いずれ有権者・すでに若い有権者たちの声の反映でもあるので、未来の選挙結果はどうなるのかを気にして、メディアや首相や政党が「すごく気にする」のが高校の模擬選挙だ(小学校・中学校の模擬選挙は注目度はもっと下がる)。

だが、大学選挙は、この国政・地方選挙の時期に開催されているわけではない。毎年必ず開催され、注目されるのは大学生の生活や大学内で起こることに対しての投票となる。投票率も低めなので、メディアや政治家はそこまで気にしていない(だから私にとっても、ニュースにあまりならないので、大学議会や大学選挙は長い間謎な存在だった)。

とはいえ、自分たちで大学政党の政治の違いをある程度把握してから、投票するという行為までするので、大学版の別の形の選挙行動といえるだろう。

投票率はなぜ低い?

選挙を呼び掛けるポスター
選挙を呼び掛けるポスター

2021年の投票率は10.6%。コロナ禍・ネット投票になってから投票率は下がっており、2019年は15%、2020年は12.9%。それ以前は20%前後が平均だったそうだ。

投票率は高いとは言えない。投票率を上げるために、どのような工夫をしているのだろうか?

ルーナさん「キャンパス内にスタンドを立てて、大学生議会の存在が目に見るように存在感を出すように努力しています。看板を出して立ったり、Tシャツを着て立って大学生選挙があると呼びかけ、SNSを使っています」

あぶみ「投票率はなぜ低いのだと思いますか」

ルーナさん「大学生選挙で投票する意義がわからない人が多いのでしょう。選挙しても何も変わらないと思っている人もいます。でもそれは真実ではなく、より多くの人が投票するほど影響力は大きくなります」

争点は暮らしの金銭的サポート

大学生にとって今重要なテーマは、奨学金などの大学生をサポートする金銭的援助だ。家賃など物価が毎年上がる中、大学生への金銭的援助は同じように上がっておらず、それは不公平だと大学生議会は呼びかけている。

「楽しい選挙」をという志で

議論されていた会場の後ろにはお酒が並んだバーがあり、大学生がボランティアで働いている 撮影:あぶみあさき
議論されていた会場の後ろにはお酒が並んだバーがあり、大学生がボランティアで働いている 撮影:あぶみあさき

ルーナさんは、政治や選挙は「楽しく」ということにこだわりがある。大学生で集まって、ビールを飲みながら政治の話をするのも楽しくていいじゃないと、彼女は笑った。

「ビールを飲みながら政治の話をするのは普通です。大学生議会のミーティングではさすがにお酒を飲みませんが、こういう議論の場所ではいいでしょう」

撮影:あぶみあさき
撮影:あぶみあさき

ビールやコーヒーを飲みながら、気軽に政治のおしゃべりをする。

北欧にいると、政治に対する印象はだいぶ変わる。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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