木村花さん事件に強まるソーシャルメディアへの批判と政治の圧力 業界の異例の緊急声明の背景と具体策は
リアリティ番組「テラスハウス」に出演していた木村花さんが亡くなった事件を受け、インターネットでの誹謗中傷の問題が改めて注目されている。
厳しい世論に対し、国内外の大手ソーシャルプラットフォームで作る団体は緊急声明を出した。その背景と具体的な中身は何か。犠牲者を出さず、表現の自由も保護する方法は。
国内外の大手プラットフォームが異例の緊急声明
声明を出したのは4月に発足した一般社団法人「ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)」。TikTok(ByteDance)、Facebook/Instagram、LINE、Twitterなど、国内外の大手ソーシャルプラットフォームが会員として名を連ねている。
事件から3日後の5月26日に公開された「ソーシャルメディア上の名誉毀損や侮辱等を意図したコンテンツの投稿行為等に対する緊急声明」では、事件を受けて「実効性のある取組を行わなければならない」として、次の6つを挙げている。
- 禁止事項の明示と措置の徹底
- 取組の透明性向上
- 健全なソーシャルメディア利用に向けた啓発
- 啓発コンテンツの掲載
- 捜査機関への協力およびコンテンツプロバイダ責任制限法への対応
- 政府・関係団体との連携
9遺体が見つかった座間事件でも提言
海外の大手プラットフォームは、日本国内の事案への対応には時間がかかる。重要な内容であればあるほど、日本語での議論や声明案を逐一翻訳し、本国と議論する必要があるうえに、日本法人の人員は限られているからだ。
今回、声明発表まで事件から3日間という素早い対応となった背景には、過去の議論の積み重ねと強い危機感がある。
SMAJが発足したのはこの4月だが、母体となったのは2017年7月に発足した「青少年ネット利用環境整備協議会」だ。ソーシャルメディアに起因する事件に関する対策を強化するため、警察庁との協力のもとに作られた。
2017年10月には神奈川県座間市のアパートで若い男女9人の遺体が見つかる事件が発生。犯人はTwitterを通じて自殺願望を持つユーザーに近づいていた。協議会はこの時も緊急提言を出し、自殺に関わる投稿の禁止などの対応を表明している。
世論と呼応して強まる政治の圧力
今回、SMAJが素早く声明を出した理由は、ソーシャルメディア上に溢れる誹謗中傷に対する世論の厳しい反応だけではない。政治の動きもある。高市早苗総務相は声明と同じ26日、記者会見でこう発言している。
「匿名で他人を誹謗中傷する行為は卑怯で許し難い。匿名の者が権利侵害情報を投稿した場合に、発信者の特定を容易にするための方策などについて検討する予定だ。制度改正を含めた対応をスピード感を持ってやっていきたい」
同じ日に自民党もプロジェクトチームを発足させ、座長となった三原じゅん子参院議員は「ネット上は無法地帯になっている。(誹謗中傷は)侮辱罪の可能性もある」と述べている。
この問題に対しては野党も同じく対応を求めている。立憲民主党からも「心ない誹謗中傷で人を傷つけるやり方には何らかのルール化が必要」(安住淳国会対策委員長)と声が上がる。
共同通信は、ネット上の悪意ある投稿の発信者の情報開示について、氏名などに加えて電話番号も開示対象とすることを政府が検討していると報じた。
「民間でやれることは民間で」
では、声明で挙げた6つの対策に具体的にどう取り組んでいくのか。SMAJ代表理事を務める宍戸常寿・東京大教授に話を聞いた。
ーー国内外の大手プラットフォームが集まる団体でこれだけ早く声明が出た背景は。
「それだけ危機感も強いが、これまでの積み重ねも大きい。座間事件の際にも緊急提言を出し、自殺対策の取り組みにそれぞれのプラットフォームが取り組んできた。誹謗中傷についても、これまでも批判が出ていた。その中での事件で、各社からも対応が必要だという声が出た」
ーー政府や国会からも規制を求める声が出ている。
「民間でやれることは民間でやるべきだという前提がある。同時に、それでは不十分だという批判もある。声明で述べたように、捜査機関への協力、プロバイダ責任制限法への対応、政府・関係団体との連携も必要だ」
ーー捜査機関への協力やプロバイダ責任制限法に基づく情報開示などはこれまでも実施してきたが、不十分で遅いという批判が出ていた。どう対応するのか。
「発信者情報の開示については、各社の対応が遅いという批判だけでなく、Twitterなど各社にIPアドレスなどの開示を求め、次にアクセスプロバイダなどに氏名や住所の開示を求めるという『数珠つなぎ』になっている。これをどう簡素化していくか。議論に協力していきたい」
ーー発信者情報の開示は悪意のあるデマや誹謗中傷を防ぐのに効果がある一方、その対象が広がれば正当な批判や、法的に罰せられるほどでもない発言の主まで晒されて、表現の自由を後退させる懸念も出ている。
「開示すべき情報はより早く対応して開示できる仕組みを作りつつ、ユーザーの匿名性が不当に剥がされるようなことはないようにしなければいけない。その具体的な仕組み作りはこれから議論をすることになる」
ーー「殺す」というような脅迫や、特定の人種やマイノリティを差別するような発言と異なり、誹謗中傷はより広い概念だ。「〜〜は嫌い」「〜〜は辞めてほしい」というような発言も問題視されるのか。
「非常に難しい。議論はこれからだが、個人的には発言の内容だけでなく、集中的で継続的な、いわゆる粘着アカウントかどうかなども判断の基準になるのではないかと考えている」
強まる批判に動き出した業界
自殺や犯罪を招くような投稿の問題、いわゆる「フェイクニュース」などデマや不正確な情報の拡散に関する問題、そして人を精神的に追い詰める誹謗中傷の問題。いずれもプラットフォームの対応が遅いという批判は何年も続いてきた。
特に問題視されてきたのが日本で最も利用されているTwitterだ。総務省の調査(2014)によると、匿名利用者の割合は日本が75.1%なのに対し、アメリカ35.7%、韓国31.5%などとなっており、悪意のあるデマや大量の誹謗中傷があると指摘されてきた。
Twitterは情報開示や削除に関する対応状況を「透明性に関するリポート」にまとめて定期的に公表しており、アルゴリズムの活用や担当者の増員で対応してきた。
しかし、「#検察庁法改正案に抗議します」に関連してきゃりーぱみゅぱみゅさんに大量の批判が寄せられたこと、女性や在日外国人に嫌がらせを繰り返すアカウントの存在など、さらなる対応を求める声は大きい。
Instagramにも同様の問題がある。Yahoo!ニュースコメント欄も、対策が進んで過激な誹謗中傷や外国人差別的な発言は減ったとはいえ、誤解に基づく一方的な批判など、ユーザー数が多く影響力が大きいだけに批判も根強い。
「このままでは政界が強い規制案を打ち出した時に、世論もそれを支持する可能性がある」。今回、声明で「政府・関係団体への連携」をいち早く打ち出した背景には、そうしたプラットフォーム側の危機感もある。
誹謗中傷を減らし、ユーザーが安心して利用できる環境を整えつつ、匿名性が不当に剥がされず、表現の自由も尊ぶソーシャルメディア。
表現の自由を理由に誹謗中傷対策がこれ以上遅れれば、世論の支持を受けた政府からの圧力はより強くなる。誹謗中傷対策を理由に表現の自由への過度な制限が加われば、逆の方向で懸念と批判は強まっていく。