フェイクニュース請負産業が急膨張、市長選にも浸透する
フェイクニュース拡散の請負産業が、急膨張している。しかもサービスは小規模化し、市長選のような地方レベルにまで浸透している――。
フェイスブックは、フェイクアカウント削除の最新月次レポートで、そんな動きを指摘している。
フェイクニュースは、ロシアによる米大統領選への介入疑惑に代表されるように、主に国家間、政党間の情報戦として注目を集めてきた。だが、その請負ビジネスは各国でにぎわいを見せ、より小規模な地方選挙などにも深く広がっているという。
英オックスフォード大学の調べでは、民間企業によるフェイクニュース拡散などの情報操作は世界48カ国で行われており、政府から企業への委託料の総額は6,000万ドル(約66億円)にのぼるという。
裏ビジネスのノウハウは国境を越え、しかも日常化してきている。
●「影響工作」のビジネス
フェイスブックが5月6日に発表した「組織的不正行為(CIB)」の4月分の月次レポートの中で、「影響工作(Influence Operation<IO>)」対策の責任者、ベン・ニモ氏はそう指摘している。
ニモ氏が取り上げているのは、ウクライナを舞台にした国内向けのフェイクニュース拡散だ。報告書が名指しするのはウクライナの親ロシア派議員として知られるアンドレイ・デルカッチ氏ら。
フェイスブックは米連邦捜査局(FBI)からの情報をもとに調査し、フェイスブックの477のアカウント、363のページ、35のグループと、インスタグラムの29のアカウントを削除した、という。
デルカッチ氏は2020年米大統領選で、民主党候補だったジョー・バイデン氏をめぐる「ウクライナ疑惑」を広めたとされる人物。米財務省は2020年9月、デルカッチ氏が虚偽情報で米大統領選に介入しようとしたとして、資産凍結などの制裁措置を発表している。
※参照:Facebook、Twitterがメディアの「暴露ニュース」を制限する(10/16/2020 新聞紙学的)
ニモ氏によれば、デルカッチ氏らは、自身や自党に有利になるような「影響工作」、すなわちソーシャルメディアなどを使ったフェイクニュース拡散による情報操作を展開していただけではなかった。
その「影響工作」を、対立政党を含むあらゆる政党や政治家から請け負っていたのだと指摘する。
しかも、親ロシアとして知られるデルカッチ氏だが、国内向けに展開していたフェイクニュースは、いずれも反ロシアの内容だった、という。
つまり、政治的な立場を離れて、いわばフェイクニュースをビジネスとして請け負っていた、ということだ。
ただしニモ氏は、このような国内向けフェイクニュース工作に対して、NGOや調査報道ジャーナリストが、これらを暴く取り組みを続けている、とも述べている。
●市長選でのフェイク工作
フェイスブックの月次報告には、メキシコでのこんなケースも取り上げられている。
プログレソ市はユカタン州の人口4万人足らずの港湾都市。サカリアス氏は現職市長で6月に予定される市長選で再選を目指す。
フェイスブックの発表によれば、削除されたのは新たに登録されたフェイクアカウントで、メディアを偽装したフェイスブックページの運営や投稿に使われていた。
フェイスブックページでは、現職のサカリアス氏を支援し、対立候補を中傷する内容の投稿が行われていた。関連アカウントが使った広告費は過去分と合わせた総額で51万5,000ドル(約5,640万円)だとしている。
ただ、フェイスブックが早期に発見、削除したため、フェイスブックページのフォロワー数は合わせて8,000アカウント足らずだったという。
ユカタン州の地元紙「ポーエスト!」の報道によると、PR会社として名前が挙げられている「ソンブレロ・ブランコ」は、メキシコシティの会社とされるが、PR業界ではその存在が把握されていない、という。
また、メキシコのメディア「シプセ」の報道によれば、「ソンブレロ・ブランコ」のディレクターはフェイスブックの発表を「まったくの虚偽で中傷」だと否定する声明を出している。
同じ月次レポートでは、ペルーの2つの事例も挙げられている。1つは4月にあった議会選挙と大統領選に絡むフェイスブックの80アカウントとインスタグラムの6アカウントの削除。
削除されたフェイクアカウントは野党「フエルサ・ポプラル」の候補者の支援投稿をしており、同党とペルーの広告会社「アルファグラフ」につながっていた、とフェイスブックは認定している。
「フエルサ・ポプラル」の党首はアルベルト・フジモリ元大統領の長女で、6月にある大統領選の決選投票に臨むケイコ・フジモリ氏だ。
さらに、ペルー北部のアンカシュ県で、4月の議会選挙で3人の候補者を支持するとともに、知事与党を批判することに使われたフェイスブックの80アカウント、12のページ、5グループと、インスタグラムの3アカウントを削除している。
この件では、地元のマーケティング会社「マーケティング・ポリティコ・エロヒム」とのつながりを認定している。
●拡大する「市場」
フェイクアカウントを大量に登録し、フェイクニュース拡散などに使う手法は、2016年の米大統領選における、ロシア政府による介入疑惑の中で注目された。
※参照:ソーシャル有名人「ジェナ」はロシアからの“腹話術”(11/04/2017 新聞紙学的)
ロシア側で介入工作に主として関わったのは、“トロール(荒らし)工場”とも呼ばれるサンクトペテルブルクの専門業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」。
同社は「プーチンの料理人」の異名を持つロシアの実業家、エフゲニー・プリゴジン氏の傘下企業。つまり、ロシア政府による情報戦の一翼を担う組織と見られている。
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的)
また、同年の米大統領選では、広告収入目当てでフェイクニュースサイトの運営に参入する業者が、米国内だけでなく、東欧のマケドニアでも広がった。
※参照:偽ニュースを発信しているのは誰だ。その手がかりは?(12/17/2016 新聞紙学的)
この手法が各国に波及し、政府、政党、政治家などのクライアントからのフェイクニュース拡散の「外注」を請け負う企業が、「PR会社」「広告会社」「マーケティング会社」などの看板で、地域単位で増殖しているようだ。
プロパガンダ戦略としてのフェイクニュースの研究を続ける英オックスフォード大学インターネット研究所教授のフィリップ・ハワード氏らのチームは、このような動向を「虚偽情報の産業化」と呼ぶ。
※参照:ロシアに加え中国も急浮上―人権抑圧・言論弾圧、「政治的武器」としてのフェイクニュース工作が世界を席捲する(10/03/2019 新聞紙学的)
※参照:「ボット」が民主主義に忍び込む:オックスフォード大ハワード教授に聞く(10/28/2017 新聞紙学的)
ハワード氏らが2021年1月に発表した報告書によると、フェイクニュースを政治的なプロバガンダの手段として展開している国は、2020年で81カ国。前年の70カ国から10カ国以上増加している。フェイクニュース工作のために使われるネット広告費は1,000万ドル(約11億円)になるという。
さらにハワード氏らによれば、フェイクニュースなどの情報操作が民間企業によって行われた国は2020年が48カ国。前年の25カ国からほぼ倍増している。
そして、政府による情報操作の民間委託の総額は6,000万ドル(約66億円)にのぼるという。
また米バズフィードは2020年1月、「PR会社」に焦点を絞り、2011年から2019年までにフェイスブックやツイッターなどからアカウントを削除された請負企業の一覧表も作成している。
それによると、そのような請負企業が急増したのは2019年だという。一覧表にまとめた27社のうち19社が同年に集中している。
その後も、こういったフェイクニュース請負企業の勢いは衰えない。
2020年に公開されたフェイスブックの「組織的不正行為」の月次レポートを見ると、ロシアの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」のほかに、「PR会社」「広告会社」「マーケティング会社」「通信会社」「メディア会社」の20社がフェイクニュース工作に関与していた、として実名を挙げている。
また2021年に入ってからも、4月までで、前述の3社を含めて7社の社名を挙げる。
それぞれの拠点は、ロシアに加えて、ミャンマー、インド、エジプト、ウクライナ、メキシコなど17カ国に広がっている。
●より小規模な選挙にも拡大
テックメディア「サイバースクープ」によると、フェイスブックのセキュリティポリシーの責任者、ナサニエル・グレイシャー氏は月次レポート発表の会見で、こう述べたという。
フェイクニュース拡散を業務として展開する民間企業として、ロシアの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」以外で広く知られていたのが、イスラエルの政治マーケティング会社「アルキメデス・グループ」だ。
国際問題の米シンクタンク「大西洋評議会」の研究所「デジタル・フォレンジクス・リサーチ・ラボ(DFRラボ)」が2019年5月、フェイスブックによる関連アカウント削除の発表と合わせて、その活動実態をまとめている。
それによると、「アルキメデス・グループ」はアフリカ、中南米、東南アジアなど少なくとも13カ国を対象にフェイクニュースなどによる情報操作を手がけ、280万人のフォロワーを獲得していた、という。
同社は、報道機関やファクトチェック団体を偽装したページから、特定の政治家を支援、あるいは攻撃をする情報を拡散する、という手法をとっていた。
グレイシャー氏の指摘は、そのような国境を越えた大がかりなものだけでなく、ずっと小規模な政治的イベントにおいても、フェイクニュース拡散を受託する民間企業が浸透するようになってきた、ということだ。
その一例が、メキシコの市長選のような事例だろう。
前述の「DFRラボ」の所長兼編集局長のグラハム・ブルッキー氏は、「サイバースクープ」のインタビューで、そう述べている。そして、小規模な工作の方が、より追跡しづらくなる、と。
だが、このような工作を表面化させ、その代償を支払わせることには効果がある、とブルッキー氏。
●需要と供給のネットワークを断ち切る
フェイクニュースのビジネスが、どんどんと日常に浸透していく。
そのような需要と供給のネットワークを断ち切るのも、フェイクニュース対策の重要な側面になりそうだ。
(※2021年5月16日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)