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U-16日本代表“日韓W杯世代”が世界切符獲得! 勝利へのムードを生み出した「バースデー劇場」

川端暁彦サッカーライター/編集者
世界切符で勝利の雄叫びをあげるU-16日本代表の選手とスタッフ(写真:佐藤博之)

U-16日本代表、世界大会決定戦を制す

 日韓W杯の行われた2002年以降に生まれた選手たちで構成されるU-16日本代表。20日に開幕したAFC U-16選手権に臨んだ彼らは2勝1分の戦績でグループステージを突破し、30日の準々決勝に臨んでいた。

 AFC(アジアサッカー連盟)の主催するこの大会、上位4チームには来年ペルーで開催されるU-17W杯出場権が与えられることになっており、実質的な“アジア最終予選”でもある。そして4強チームに出場権が与えられるということは、8強戦である準々決勝こそが最大の山場。各国が最もテンションを高め、熱く激しくぶつかり合う大一番となる。

「勝てばW杯、負ければ解散。一番重要な試合ですし、1年間この試合のために準備してきたといっても過言ではない」(森山佳郎監督)

 U-16オマーン代表を向こうに回しての試合は、序盤からやや日本ペースで推移。事前のスカウティングから一つの狙いとしていた相手DF裏のスペースを意識的に狙う形でチャンスを作ると、14分にはこぼれ球をMF成岡輝瑠(清水ユース)が拾って繋ぎ、MF荒木遼太郎(東福岡高)の裏へのワンタッチパスから抜け出したFW西川潤(桐光学園高)がシュート。これはGKに防がれたものの、こぼれが相手DFに当たってゴールイン。日本が先制点を奪い取った。

西川潤のシュートが先制点を生み出し、歓喜の輪ができたが……(写真:佐藤博之)
西川潤のシュートが先制点を生み出し、歓喜の輪ができたが……(写真:佐藤博之)

 だが21分、クロスボールからオマーンFWに高さのミスマッチを作られてのヘディングシュートを叩き込まれ、失点してしまう。これ以降も日本がボールを支配して相手ゴールに迫り決定機の山を築くも、シュートがことごとく相手GKに阻まれる嫌な展開のまま、時間が過ぎていった。

 その流れを断ち切ったのは、81分だった。左サイドを力強く単独突破した西川のクロスにニアサイドで合わせたのは、交代出場のFW唐山翔自(G大阪ユース)。ようやくゴールネットが揺れて、これが決勝点となった。

 その後の時間帯をうまくしのぎ、2-1でオマーンを破った日本はアジアの4強に進出。同時に来年のU-17W杯へ繋がる世界切符を手に入れてみせた。

脚本:森山佳郎? 名演も光る

 苦戦やアクシデントも続いた今大会で世界切符を取り切れた理由は何だろうか。一つ挙げられるのは、「一試合ごとに雰囲気が良くなっている」「一体感が出てきた」という言葉が、大会に入って多くの選手の口から聞かれるようになったことだろう。

「世界大会」という明確な目標が目の前にあることに加え、大会前までは競争を煽ることを重視してきた森山監督のマネジメントも大会仕様に変わっていた。まずは一人ひとりに「チームのために」ということを改めて意識付けし、荷物運びといった雑用も平等に課しながら、それを怠るようなら(たとえ大事な初戦の前でも!)雷を落として厳しく叱責。「チームで戦うんだろ! 一人ひとりに役割があるんだ。ピッチの外と中は繋がっているんだぞ」と強調し、チームを導いた。

 もちろん、広島ユース時代に8度の日本一に輝いている森山監督は単に怒ってばかりいるような指導者でもない。かつて技術委員長時代の前日本代表監督・西野朗氏が「試合への雰囲気作りが抜群にうまい」と驚嘆していたように、この準々決勝に向けてあらためてチームのムードを作って来た。

 象徴的だったのは、試合前々日に起こった「ハプニング」(森山監督)だった。

 ホテルでの一幕だった。選手たちが集められて、総務を務める飯野琢人氏が険しい表情で状況を語る。ホテルの備品である花瓶が壊されており、防犯カメラの映像には逃げ出す日本の選手たちが映っていたと言うのだ。「名乗り出ろ」との声におずおずと手を挙げたのはFW唐山翔自(G大阪ユース)とMF近藤蔵波(C大阪U-18)。飯野総務の怒声が、ホテルに轟いた。

「めちゃくちゃ怖かった」と率直に語ったFW西川潤(桐光学園高)は、「この大事なときに、あいつら何をやっているんだ」と、つまみ出される二人を見ながら嘆くしかなかった。森山監督の言葉を借りると、「試合どころじゃない雰囲気」が場に漂うこととなる。そしてしばらくして、室内に響き渡ったのは……

「ハッピ、バースデー、トゥー、ユー♪」

 ケーキを持って登場したのは、やらかしたはずの唐山と近藤。何と、実はここまで全部が「仕込み」だったのだ。瞬間「どん底まで落ちた雰囲気がグワーッと上がって」(西川)場は大盛り上がりとなった。

 この日はMF三戸舜介(JFAアカデミー福島)の誕生日。それを利用して、決戦前にチームのテンションを上げる手を打とうと考えた森山監督が「自分で脚本を書いた」と入念に準備。「分かってたのに、普通に怖かった」(近藤)という飯野総務の「主演男優賞級」の熱演も光って、選手たちにバレることもなく、「打って付け」と見込まれた関西コンビも役割をまっとうしてみせたわけだ。

決戦前々日に誕生日を迎えた三戸舜介を全員で大祝福(写真提供:@JFA/PR)
決戦前々日に誕生日を迎えた三戸舜介を全員で大祝福(写真提供:@JFA/PR)

「完全に騙された」(西川)だけに、最高のバースデーパーティーとなった。翌日の試合前日のトレーニングは厳しさと熱さがあった一方で、過剰なピリピリ感はない心理的なバランスが取れていて、上々の内容に。勝利への流れを生み出した「森山脚本」が光る流れとなった。

 もちろん、勝利の要因はこれだけではない。入念なスカウティングやコンディショニング、そして何より選手個々の頑張りがあってこそではある。2年前のU-16代表、DF菅原由勢、MF久保建英、FW中村敬斗らを擁したタレント軍団とどうしても比べられてきたが、最後の最後にタレントではなくチーム力で戦うんだ、ベンチとピッチは一つになるんだという姿勢を全員で共有できたことは間違いなく大きな勝因だった。

 決戦前々夜の「バースデーハプニング」は、チームの変化を象徴する一幕だったと言えるかもしれない。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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