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「人材流出」を乗り越えた那覇西、価値ある開幕戦勝利=高校サッカー選手権

平野貴也スポーツライター
第97回全国高校サッカー選手権が開幕。大観衆の前で示した那覇西の勝利の価値とは(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 島に残った者たちの努力が報われた。第97回全国高校サッカー選手権大会の開幕戦が30日に駒沢陸上競技場で行われ、那覇西(沖縄)がPK戦の末に駒澤大高(東京B)を下して2回戦進出を決めた。沖縄県勢の初戦突破は、5年ぶり。沖縄では通常、高校選手権は深夜に録画放送が行われるが、開幕戦となったことで、生中継が組まれていた。平安山良太監督は「沖縄の小、中学で培ってきた者が(チームに)来ている。何とか勝利を、と思った」と勝利監督インタビューに応え、地元の思いを背負って前に進めた喜びを示した。

沖縄の人材流出事情

 何しろ、沖縄県の高校は、入学時から厳しい環境に置かれる。小学生、中学生のうちから能力の高い選手を筆頭に県外へ出る選手が多い。このチームが始動したばかりの2月、九州高校サッカー(U-17)大会で取材した際、平安山監督は「中学生で力のある30~40人が県外に出るので、県トレセンはU-15とU-16で顔ぶれが全部違うし、地区トレセンレベルの子も声をかけられて出て行く」と人材流出が激しい現状を教えてくれた。背景には、沖縄ならではの事情がある。県内にサッカー部を強化する私立校がない上、公立校では教師の異動が約5年サイクルで他県より早い。専門性の高い指導者が長く留まることができないため、長期に渡って安定した強化ができるチームが少ないのだ。だから、選手は県外挑戦の意識が強く、行った先で控えに甘んじるレベルの選手まで、他県から声をかけられて出ていくケースが多い。

 県内に残る選手たちは、上手い選手が大量に抜けた中での切磋琢磨から全国を目指すという難しい状況を強いられる。前述の九州高校サッカー(U-17)大会は、3試合で1引き分け。内容的にもかなり苦しかった。ところが、10カ月後、1万3000人を超える観衆の前で、たくましいプレーを披露。「沖縄に残ったメンバーでも全国で勝てるということを、沖縄の中学生たちに伝えきれたかなと思う」(主将、東舟道尚吾=3年)という価値ある勝利を挙げた。何より、どんな状況でも慌てなかったことが、勝利につながった。立ち上がりの猛攻を受けても、つなぎのパスを奪われても、ゴール前にクロスを入れられても、先制点を奪われても、PKを外しても、彼らは慌てなかった。

苦戦、ミスは承知の「慌てないサッカー」で勝利

 まず、相手の猛攻を受けた立ち上がりをしのいだ。ハーフタイム前にクロスのこぼれ球をたたき込まれて先制点を奪われたが、後半は落ち着いたパス回しでペースを巻き返した。パスミスもあるが、奪い返しの早さでカバーした。そして、選手交代によって最前線にポジションを移したFW宮國永遠(3年)が思い切りの良い仕掛けから豪快なシュートを突き刺して同点。PK戦は、5人ずつが蹴って4-4でサドンデスに突入。プレーヤー全員がキックを行う11人目までもつれ込み、互いに最後はGKがキックに臨み、GK新垣凱斗(2年)がセーブに成功して10-9で勝利をもぎ取った。苦しい展開への耐性、相手のペースに巻き込まれずマイペースを貫けたことが、大きな勝因だった。

 厳しい現実に正面から立ち向かい続けた成果が、プレーに表れていた。県外のチームに押し込まれる時間帯があるのは当たり前、ボールを失うことがあるのも当たり前だった。なかなか成功しない経験を経て、成長してきた。平安山監督は「失敗を恐れるとチャレンジしなくなる。チャレンジするということは、ミスもあるという想定。そこは(守備に早く)切り替えようと徹底している。県外の強いチームは、そういうことを当たり前にやっている。それを沖縄に持ち帰って、自分たちの物にしようとやってきた」と県外とのレベル差を思い知らされるスタートからの道のりを振り返った。選手が多く流出する環境を言い訳にせず、全国レベルに置いて行かれないように、何度も県外に出てチームを強化してきた。

勝利に込められた、県内の中学生へのメッセージ

 その中で、プレッシャーを受ける時間をしのいで、パスをつないで攻める時間に持ち込む粘り強さを身につけてきた。県外のチームに負けないサッカーを作り上げたのは、「沖縄に残った者」の覚悟でもある。PKは外したが、守備の中心として存在感を発揮したDF比嘉来揮(3年)は「内地に行っても出られない選手も多い。自分たちは、沖縄に残っているからには、彼らより上手くなりたいという気持ちは強い」と話した。攻撃の中心となった背番号10の宮城海(3年)は、県外からの誘いを断って沖縄に残った選手だ。兄の航は、3年前に那覇西のメンバーとして全国大会に出場。初戦で敗れたが、兄の姿を見て、同じチームで全国に挑戦しようと考えたという。だからこそ「県外に出た人に負けたくない。沖縄に残った人で、絶対に県外で勝つという思いがみんなにある。勝つことで、毎年(県外に)出ていく選手たちが来年は(県内に)残ってくれたら良い。それが自分たちの役割というか、意識しているところがある。それに、勝つことで(今の)沖縄自体も盛り上がると思う」と、同じ現象が少しでも続くことを願っていた。

 県外への挑戦は、決して悪いことではない。より良い環境、強いチームに行きたい気持ちは、県内に残った彼らも持っていないわけではないのだ。主将の東舟道も、県外挑戦を考えた時期があったという。うるま市から那覇市に家族で引っ越して那覇西での挑戦を選んだことも、良い環境を求めての行動だ。それでも、能力の高い選手が多くいなくなった沖縄に残った選手たちで、勝利を求めてきただけに「今の小、中学生で県外を考えている子がいるなら、今日の試合を見て、沖縄からでも戦えるんだというのを感じ取れたら良いなと思う」と思いを明かした。県外に出なくても可能性はある、県内に残ったメンバーでも可能性はある。そんなメッセージが込められた那覇西のPK戦勝利であり、その姿がたくさんの人に伝わったことに大きな意味がある。組み合わせ抽選会で「西日本の3番手での抽選で(たくさんのカードが残されている中で)箱の中で2枚のカードをつかんで、こっちだと思う方を引いた」という東舟道が、駒澤大高の相手となる20番の札を引かなければ、沖縄での生中継はなかった。

 沖縄でも戦えることを証明する戦いはまだ続くが、2回戦は年明けの1月2日。平安山監督は「良い年越しができます」と笑顔を見せた。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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