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<朝ドラ「エール」と史実>召集令状→即日解除の真相。実際の古関裕而は「事務処理ミス」で兵隊に取られた

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(提供:MeijiShowa/アフロ)

戦時下篇も3週目に入った朝ドラ「エール」。今週は、ついに主人公・裕一のもとに召集令状(赤紙)が届きます。

先週の放送をよく見ると、呼び出し先が陸軍ではなく、「横須賀海軍人事部」となっています。これは、史実にもとづいています。そう、モデルとなった古関裕而も、海軍に取られているのです。ただし、時期は1943年ではなく1945年。しかも、事務処理のミスが原因だったといわれています。

■「私は隣組の人々に自分の作った歌で送られ……」

詳しく見ていきましょう。ときは戦争末期の1945年3月上旬。古関のもとに、赤紙が届きました。3月15日に、横須賀海兵団に入団せよというのです。

古関は驚きました。徴兵検査ではギリギリ合格(だが現役に適さない)の「丙種」でしたし、すでに35歳になっていたからです。しかも、当時は海軍省人事局より「特幹練(特別幹部練習生)の歌」の作曲を依頼されているところでもありました。

古関がさっそく人事局に確認すると、こんな答えが返ってきました。

「これは福島連隊区司令部で、本名の古関勇治を、古関裕而と気付かず発行したもののようですね。しかし一度、出した召集令は取り消すことはできません。今「特練生の歌」の作曲をお願いしている時ですから、作詞ができるまで一週間くらい、入団していらっしゃい。ちょうど体験のためにはいいチャンスで、いい作曲ができるでしょう。海軍の人事はすべてここの管轄ですから、間もなく召集解除します」

出典:古関裕而『鐘よ鳴り響け』

つまり、古関は「事務処理ミス」で召集されてしまったというのです(ドラマでは該当するエピソードがありませんが、古関裕而の「裕而」はペンネームでした)。それならすぐ解除してくれればいいものの、それはできないとのお役所対応。

結局、古関は予定どおり、横須賀海兵団へ入団させられてしまいます。「私は隣組の人々に自分の作った歌で送られ」と自伝に書かれていますが、それは「勝つてくるぞと勇ましく」の「露営の歌」だったのかもしれません。

■「まあいいだろう。二水でも、先生だから仕方がないな」

そんな事情があったため、古関は二等水兵とはいえ、特別待遇を受けました。配属されたのは、事務担当の第100分隊。文化人や学者が多く集まるところでした。古関と時期がかぶらなかったものも含めれば、漫画家の杉浦幸雄、ジャズ・ミュージシャンの多忠修、歌手の霧島昇、画家の中原淳一、田代光、書道家の青山杉雨、評論家の吉田健一など錚々たるメンバーが、ここにかつて所属していました。

ところが、約束と違い、召集はなかなか解除されませんでした。そんなうちに、コロムビアの慰問団が横須賀海兵団にやってきました。古関は軍隊では下っ端なので、お茶やお菓子を運んで、かれらを歓迎しました。ところがーー。

歌手連は「まあ、先生、そんなことはしなくていいです。私たちがやります」と、急須などを引ったくって私を座らせて茶をつぐので私が困っていると、先輩の一等水兵が「まあいいだろう。二水でも、先生だから仕方がないな」と、苦笑して許してくれた。

出典:前掲書

このように、古関の軍隊生活は、その自伝を読む限り、あまり悲惨なものではなかったようです。そして入団から約1ヶ月のある日、「重要要務者として召集解除する」との通知が届けられ、ようやく古関はお役御免となりました。

「事務処理ミス」はいい迷惑でしたが、人間万事塞翁が馬、この軍隊生活にも思わぬ「おまけ」がつきました。入団時に腸チフスの予防注射を受けていたので、金子がこの感染症にかかったとき、つきっきりで看病できたのです。この詳細については、以前の記事をご覧ください。

いずれにせよ、朝ドラでは、裕一はすぐに召集解除され、「……僕だけ特別ってことですか」と負い目も感じるようです。だからこそ、ひとびとを応援するため、さらに熱心に軍歌を作る――、という筋立てなのでしょう。つまり、応召が1945年から1943年に移されたことには、ドラマの展開上、大きな意味があると考えられるわけです。

現実の戦争は、大した意味がないにもかかわらず、それこそ「事務処理ミス」などで人生が左右されてしまうから恐ろしいのですが、それはともかく、今後どのように物語が進んでいくのか、引き続き注目していきたいと思います。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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