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ミュージックビデオ「This is America」が世界で爆速シェア中。日本人も共感できるのはなぜ

河尻亨一編集者(銀河ライター主宰)
「This is America」のワンシーン(YouTubeより)

これがアメリカだ! 公開から10日で1億2000万回以上再生されているミュージックビデオ

この10日間ほど、アメリカを中心に世界中で爆発的に話題になっているミュージックビデオがある。チャイルディッシュ・ガンビーノによる「This is America」だ。5月5日に公開されたこの動画は、YouTube上での再生回数がすでに1億2400万回を超えている(5月16日正午現在)。

ガンビーノが過去にリリースしたほかのビデオの多くも1億ビュー超えということを考えると、その"数自体"はことさらニュースではないのかもしれないが、それにしても目下凄まじいスピードで広がりつつある。

ショッキングなのはバイラルのスピードだけではない。むしろその中身がすごい。「This is America」というタイトルに示唆されているが、ガンビーノは、このミュージックビデオを通じてアメリカ社会に強烈な皮肉のパンチをかましている。彼は俳優兼プロデューサーのドナルド・グローヴァーとしても著名な人だ。

テーマは「銃と暴力」そして「人種差別」。必ずしも「銃反対!」といった政治的主張を声高に掲げる表現にはなっていないのだが、このビデオを見る人はおのずとそういったメッセージを感じるようだ。

それと同時に筆者は、「社会や自分の置かれている状況が大変であっても楽しくやっていこうぜ!」という前向きなメッセージもこのビデオから受け取った。それでアメリカ以外の国々でも広まっているのではないだろうか?

内容はご覧いただくのが良いと思うので、紹介は簡単に。ビデオは以下のようなシーンから始まる。

(コーラス入りの前奏部分)

だだっ広い倉庫に椅子とギター。椅子に腰かけるとそれを弾き始める黒人男性。パンしたカメラは、倉庫の奥のほうで、背中をこちらに向けている上半身裸の黒人男性(ガンビーノ)にフォーカス。振り向いたガンビーノは胸筋をリズミカルに揺すりながら、椅子に腰掛けた男にゆっくり近づく。

その時すでに男はギターを持っておらず、なぜか覆面姿。そして手錠をかけられて座っている。ガンビーノは尻を突き出すおどけたポーズでズボンからピストルを取り出すと、その男めがけて至近距離から発射。そして、ひと言「This is America」。

そこから曲はアップテンポのラップとなり(曲調は何度か変わる)、ガンビーノはダンサーたちと歌い踊りながら、今度は聖歌隊にマシンガンをぶっ放したり、クルマの上で踊るなど様々なパフォーマンスを披露する。カラダの動きにシンクロしたコミカルな"顔芸"にも注目だ。

閉塞感漂う世界の出口はいったいどこに? 優れた表現に備わるジャーナリズム性

ビデオの登場人物や各シーンは実際の銃撃事件や歴史的出来事をモチーフにしているようで、アメリカのSNSユーザーのあいだでは、「このシーンはあの事件にインスパイアされているのでは?」といった元ネタ探しも盛り上がっている。「行き場のない白い倉庫は、アメリカ社会そのものを暗示してるのでは?」といった議論もあるようだ。

リリックはスラングというのか、ラップ独特の言葉も使われておりニュアンスまで日本語にするのが難しいが、一部を挙げると「パーティがしたいだけ。君のためのパーティを。金がほしいだけ。君のための金を」「ばあちゃんが言った。坊や、金を手に入れな! 金を手に入れな! 金を手に入れな!」と連呼するなど、なかなかストレートだ。"これもアメリカ"なのだろう。

このビデオが描くものはアメリカ社会のシビアな側面で、こうやって解説すると読者はシリアスな映像と思われるかもしれないが、ダンスや表現のトーンはあっけらかんとして、ポップで力強くユーモラスでさえある。つまり"突き抜けて"いる。

そこがこのビデオと同じく、警官による暴力や人種差別へのメッセージ性を感じさせる点でも話題になったビヨンセのMV「Formation」(2016年)などとも異なり、「This is America」の不思議な魅力になっている。

つまり、やりきれない社会の理不尽を描きつつ、どこまでも「That's Entertainment」な空気を醸し出している。もしかしたら、この古典的ミュージカル映画も元ネタのひとつかもしれない。実際この動画はミュージカルとして見ることもできる。

社会の暗部も娯楽になる。このビデオが伝えようとしているのは、そういった矛盾も含めての"This is America"なのだと思う。あるユーザーがYouTubeのコメント欄に残した「くっそー、なんて挑発的なビデオなんだ。でも、すっごくいいぜ(Damn this is provocative but very good! )」という短い言葉が、流行の根っこを言い当てているのでは?

こういった映像表現には、銃問題を云々する報道からは伝わってこないリアルが映し出される。視聴者がその問題に対して「何を感じているのか?」が、言語化しきれない表現の中に溶け込んでいる。優れたクリエイティブには高いジャーナリズム性(批評性)が備わっていることを改めて感じさせるミュージックビデオだと思う。

ビデオの最後でガンビーノは、追われながらも白い倉庫から逃げ出そうとダッシュしている。出口は一体どこにあるのか? それはアメリカ人のみならず、世界の多くの人々にとって、そして日本人にも共感できるクライマックス。

ちなみにこのビデオを演出したのは、東京生まれのヒロ・ムライ氏。かつてガンビーノのミュージックビデオ「3005」を手がけたほか、最近ではナイキのキャンペーン「UNLIMITED TOGETHER」で世界3大広告賞のひとつとされる「One Show」の金賞を受賞するなど、その仕事に注目が集まるディレクター。向こうでのキャリアが長い監督だと思うが、アメリカの"深いところ"を描くこのビデオを、日本人が撮っているのがいまという時代である。

編集者(銀河ライター主宰)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルを毎年取材。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。

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