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日本型雇用の新しいグランドデザインを探る【鶴 光太郎×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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日本型雇用システムの問題点から新しいグランドデザインを探る

【鶴 光太郎×倉重公太朗】第2回

鶴光太郎教授は、規制改革会議を、ワーキンググループの座長として取りまとめました。2015 年3月に公表した「解決金制度に関する規制改革会議意見」では、労働者側からの申し立てを前提に、解雇の金銭解決について提案。その提案にいたる前は、「解雇の金銭解決」と文字に書いただけで国会が大騒ぎになったそうです。風当たりが強く、まともな議論さえできなかったという状況を、どのように変えたのでしょうか。

<ポイント>

・政治が変えられないなら民から変化する

・「残業代ゼロ法案」という言葉で全てがつぶれる

・正社員の無限定性も変わっていっている

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■日本型雇用の問題点

倉重:先ほど、労使で両方とも綱引きして、中途半端な制度にしても仕方がないという話がありました。今コロナを迎えて、改めて日本型雇用のグランドデザインを示すとしたらどのような提案をされますか。

鶴:5年前に『人材覚醒経済』という本を出したのですが、そこに書いているとおり、「多様で柔軟な働き方」をどこまでも進めていくことだと思います。日本の正社員は働き方が変わります。それは、メンバーシップ型や、無限定正社員をそのままの形で置いておくことは当然駄目だよねという話です。

 もちろん全てをジョブ型に転換することは無理です。でも、企業の中にいる多様な人材が、時間、場所によらない働き方を選択できる。そして、「何のためにこの企業は頑張っているのか」という社会的貢献の意味を一人ひとりが考えていく。「自分はこの企業を通じて、企業の利潤を最大化する」という一番大事なところを外さずに社会に貢献していく。それを、情熱を持って従業員が実行することが、僕は十分可能ではないのかなと思います。

最近は法律や制度が駄目だという話よりは、どのように思い切って、世の中全体として変わっていくのかという基本のほうが大事ではないのかなと思います。

倉重:先に働き方や企業の制度を変えていって、そういう世の中にしていくということですね。

鶴:そうですね。どうしようもない旧来型の労使交渉で、本当に残念な状況をずっと見てきました。そこは政権的な突破をするものがなければ無理だと思うのですが、そこまでの度量はないのですよ。

倉重:政治が変えられないなら民からということですね。

鶴:はい。それは仕方ないのだけれども、では民が変われないかというと、別に日本の雇用システムは法律でがちがちに決められているわけではありません。状況が変化していけば、当然法や判例も当然変わらざるを得ないわけです。

倉重:より社会通念が変わっていくということですね。

鶴:そうです。裁判所もそこは当然世の中の流れを見ています。日本的雇用システムは70年代に強化されました。そこは裁判所の判断と企業の考え方が手に手を取っている形です。「無限定正社員が一番素晴らしい」という考えのミラーですよね。裁判所が何かすごい哲学を持っているわけではありません。

倉重:世の中の流れを反映させているのだと。

鶴:はい。世の中のミラーです。だから、それに大きく逆らうような話はやはり駄目だということです。

倉重:確かに、裁判所は世の中を大変よく見ていますね。

鶴:正社員の無限定性は「処遇の無限定」「勤務地の無限定」「労働時間の無限定正」という三つが入り組んで関わっているものです。正社員の労働時間の無限定に対して、今回上限規制という形でメスが入りました。最近は転勤に対する考え方も変わっていきましたよね。昔は転勤命令が出て、「行けません」と言ったら、クビになっても仕方ないという判例でした。「それはひどいよね」という見方もありますが、「無限定正社員だったら辞令1本でどこへでも行くという約束で、企業に入ったのだよね」ということなのです。

けれども、今は本人の希望を聞くことや、家族などの状況に配慮しています。そこをきちんとしないと、従業員の満足度にも影響があります。僕らもそういう分析を実際にしていますし、企業が勝手に人材をぐるぐる回すことが非常にやりにくくなっています。少し前までは海外に転勤させることで経験を積ませるという慣習が日本企業にありました。

倉重:よく言いますね。

鶴:われわれの分析で明らかにしたのですけれども、確かに転勤で経験を積んでスキルが上がったり、出世したりする効果はありました。でも、転勤をスキルアップや評価の道具にすることを疑問視する流れが今は出てきています。当然海外転勤に関しても相当意識が変わってきていると思います。

倉重:それを提案して本人が希望するのだったら転勤してもらうとか。

鶴:そうなのですよ。それから、ある程度のエリアを決めて、相互に状況が変わったら違うタイプの店を行ったり来たりするなどの工夫をしていますよね。そういう多様性や柔軟性のある選択肢を、どれぐらい企業は従業員に提供しているのでしょうか。そこが今後ものすごく問われる気がします。

■解雇規制を緩めることはできるのか

倉重:あとは、現在の厳しい解雇規制はもう少し緩めてほしいなとも思います。

鶴:そうですね。倉重さんご著書の『雇用改革のファンファーレ』でもお書きになっていました。ここに書いてある話は僕が思っていることとほとんど変わりません。ご承知のように、2013年に規制改革会議に参加したときは、解雇の金銭解決と文字に書いただけで国会が大騒ぎになりました。

倉重:「首切り法案だ」と言って。

鶴:名前を出していいのか分かりませんが、立憲民主党で今活躍されているような参議院の大御所の先生方がいらっしゃいますよね。そういうところから名指しで怒られまして、「こんなことを考えているのか。けしからん」と言って、もうてんやわんやの大騒ぎでした。議論する環境は、10年弱たってきた中で、変わってきているような気がします。厚労省の研究会で本格的に解雇の金銭解決のスキームを議論したときに、私も委員として参加したのです。以前は政府が議論することすらタブーだったのですが、議論するところまでは行きました。

 結局、労働時間の話と同じなのですよ。「残業代ゼロ法案」という言葉で全てがつぶれるということがありました。解雇の金銭解決の話は「金さえ出せば首切り自由」。これがやはりものすごくインパクトが大きくて、どうやって言わせないようにするのかを規制改革会議にいた時にすごく考えました。それを言われたら全て終わりなのですよ。前に進めません。

プロレスに例えると「金さえ出せば首切り自由」ということだと、リングの上にすら上がりません。場外乱闘でお互いに椅子を投げ合ったりする話です。どうしたら、労使と有識者がリングの上で組み合って議論をするか。場外乱闘ではないきちんとしたプロレスはどうしたらできるのかということを考えました。その時に一緒にワーキンググループをしていただいた先生方とも議論をして、「労働者からの申し立てに限るというのでなければ駄目だ」という結論を出しました。

倉重:労働者側からの申立という議論が何故出てきたのかと思っていましたが、世論への炎上対策だったのですね。

鶴:そうです。法学者や裁判所などもそうなのですが、理論的に考えている人たちにとって、片側からの申し立てを認めないことはやはり変なのです。

倉重:それは私もすごく変だなと思いました。

鶴:変でしょう。その感覚が弁護士としてもまともだし、労働法をきちんと理解をしている人にとってはそうなのです。僕もそれが自然な形とは毛頭思っていません。それはもう政治的なかけひきで、議論に乗ってもらうにはそれしかありませんでした。

倉重:なるほど。そういう訳があったのですか。

鶴:もちろんすごく反発がありました。規制改革で出そうとした時も、「雲の上」のほうから反発があったのです。

倉重:言ってくれるなと。

鶴:企業側と結び付いている近い人たちの考え方だったのかもしれません。しかし、規制改革会議で、企業側を代表している人たちは、僕の考え方をすごくよく理解してくれました。労働側で、泣き寝入りしている人たちは中小でもたくさんいるわけです。

倉重:本当にそうですよね。解雇されて泣き寝入りする人にとっては、裁判するより金銭解決制度でさっさとお金を貰った方がよほど労働者保護になってます。

鶴:これはもちろん労働側にとってもメリットがあるし、労働者からの申し立てだったら、「金さえ出せば首切り自由」というだけで反対していた人たちが反対できなくなるのですよ。

倉重:一歩進みますね。

鶴:彼らはワーディングが、語彙がないのですよ。先ほど言った「残業代ゼロ法案」や、「金さえ出せば首切り自由」という強烈なワードさえクリアしてしまえば、反対のしようがないのですよ。労働者が嫌だったら金銭解決しなくてもいいのであれば、これまでと同じですよね。

倉重:事実上の弱体化につながるなどと言うのでしょうけれどもね。

鶴:もちろん使用者側からは、「何で?」という話はあります。どちらがいいのかは、使用者側も考えるところはあるわけです。

結局、労働側は場外乱闘ができなくなったのです。だから、厚労省の研究会で議論を始めることを飲まざるを得ませんでした。相当嫌だったと思うのだけれども、「これは一体何なのだ」と言って、机や椅子を全部倒して席を立つことができなくなったのです。各論のところで「これはこうですよね、ああですよね」と議論をするしかできなくなりました。逆にそこは厚労省の研究会でも結構議論したのです。

倉重:でも、結果的にはしぼんでしまったのですか?

鶴:そうです。最後は企業側が労働者の申し立てで一本やられてしまうことに乗れなかったのですよ。そこに乗る勇気がありませんでした。最後に彼らが「いや、いいではないか」「それで行きましょうよ」と言ったら、その部分だけはまとまって、「では細かい制度設計の話をしましょう」というところまで行ったと思います。

労働側も、企業側が使用者申立制度を残すことにこだわっているのを見た瞬間に、「金さえ出せば首切り自由という可能性もまだ少し残っているな」と感じたわけです。そこで揺り戻しのようなものがあったら大変だと思われたのではないでしょうか。僕はすごく気持ちが分かります。これまで労働者の申し立てということで、一応議論に乗ったつもりでした。もしそれなら議論するけれども、そうでないのであれば絶対に同じリングの上には立たないという気持ちだったと思います。

それは気持ちとしてはよく分かりますよね。でも、最後にリングに上がった前提が崩れつつあるのではないかと感じたのでしょうね。そうすると、やはり最後は態度が硬化して「では、うちも乗れませんよね」といった感じでした。僕の目から見ると随分議論に乗ってもらったなという感謝の思いはありました。けれども、結局は最後に企業側のほうが煮え切らなかったなというか、「これで押し切られては困る」と感じがあって、僕もそこに対するモヤモヤがありました。

倉重:先生は解雇に関する解決金の相場観が、8カ月分などという統計も出されていましたよね。

鶴:はい。あまり金額が大きくなり過ぎても大変ですし、実際にいろいろな調査などを見るとこれぐらいだろうと、相当具体的なところまで議論しました。メルクマールのようなところも出したつもりだったし、相当議論は尽くしたと思います。

倉重:8ヶ月分であればそれなりに払っているという実務感覚ですし、本当に金を払えば首切り自由のような話ではないと思うのですよね。

鶴:「労働者の申し立て」というところでまとまったら制度化できた可能性がありましたが、結局そこでぐらぐらするのだったら、僕から言わせると永遠に駄目です。ずっと「金さえ出せば首切り自由」ということを言い続けますよ。結局そこに帰ってきてしまったなということです。

倉重:なるほど。そこを変えるのはなかなか至難の業で、政権の胆力も要るということですね。

鶴:はい。でも、具体的な話になってから、ほとんど政権のサポートはなかったなと思っています。議論をすることは約束したけれども、それを積極的にまとめてぐいぐい押していくという感じはなかったですね。

倉重:取りあえずやりましょうかという感じですか。

鶴:安倍政権の終わりごろだったので、政権として得になる話は一つもなかったのだと思います。

(つづく)

対談協力:鶴 光太郎(つる・こうたろう)

慶應義塾大学大学院商学研究科教授

1960年東京生まれ。84 年東京大学理学部数学科卒業。

オックスフォード大学 D.Phil. (経済学博士)。

経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員を経て、2012 年より現職。

日経スマートワーク経営研究会座長、

経済産業研究所プログラムディレクターを兼務。

内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキンググループ座長)(2013~16 年)などを歴任。

主な著書に、『人材覚醒経済』、日本経済新聞出版社、2016(第60回日経・経済図書文化賞、第40回労働関係図書優秀賞、平成29年度慶應義塾大学義塾賞受賞)、『雇用システムの再構築に向けて―日本の働き方をいかに変えるか』、編著、日本評論社、2019などがある。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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