WEリーグ・長野で生まれた新たな歴史。好調支える「サブの選手が這い上がるチーム作り」
WEリーグ開幕から1カ月。5節を終えて、上位は混戦模様だ。
リーグを牽引してきた浦和と神戸、東京NBが守ってきた3強の牙城を崩そうと対策しているチームが多く、見応えのある熱戦が続いている。
中でも、新潟(3位)、大宮(4位)、長野(5位)など、新体制で7月から積み上げてきたチームが新しいコンセプトを結果に反映させている。
12月9日と10日に行われた第5節では、開幕から唯一の3連勝と好調だった神戸が、長野に1-1で引き分けた。
今季、廣瀬龍新監督を迎えた長野は、これで4試合負けなしと好調だ。また、この試合はWEリーグに一つの歴史が刻まれた一戦でもあった。
神戸が誇る3試合無失点の堅守を破ったのは、今季、タイから加入したタニガーン・デーンダー。Jリーグの広島や清水でプレーした“タイの英雄”ティーラシン・デーンダーの妹で、自身もタイ代表で84試合出場37得点11アシストの記録を持つ30歳のストライカーだ。この試合でゴールを決め、兄のティーラシンとともに「タイ出身選手として日本のトップリーグ初の得点者」になった。
タニガーン・デーンダーは、同じくタイ代表のナッタワディ・プラムナークとともに、今季、チーム初の外国人選手として迎えられた。173cmの長身で体が強く、廣瀬監督は、スルーパスやシュートスキルの高さを評価。「高さとリーチがあって、いろいろな形で使いたい」と期待を口にし、少しずつチームにフィットさせてきた。
だが、8月のカップ戦ではまだ長野のスタイルにフィットしておらず、リーグ戦は途中出場で時間が限られており、見せ場を作ることができていなかった。
この試合はリーグ戦初先発を掴み取り、その期待に応えた。前線から献身的にプレッシャーをかけ、味方といい距離感でテンポよくボールを動かし、ゴール前では積極的に足を振った。
その姿勢が実ったのは、前半33分。高い位置からプレッシャーをかけた稲村雪乃が相手のミスを見逃さず、奪うと深い位置からマイナス気味にパス。タニガーン・デーンダーが右足で丁寧に合わせた。ゴールネットが揺れたのを見届けると、両手を広げて天を仰ぎ、次の瞬間、掌で顔を覆った。祝福するチームメートが、その上に次々に覆いかぶさる。センターバックの奥川千沙は、試合後に仲間の思いをこう代弁した。
「マイ(タニガーン・デーンダーの愛称)はいつも点を取る気満々で準備をしてくれていますが、これまでは途中交代が続いていました。今日はスタメンで、点を決めてくれた瞬間はすごく気持ちが高まりました」
65分にはお役御免となり、交代でベンチから見守った。その後、70分に神戸が代表FWの田中美南のゴールで1-1に追いつくと、ラスト20分間は互いに2点目を狙って攻め合うオープンな展開に。会場のボルテージが最高潮に達した中で、決定的なチャンスを多く作ったのは神戸だったが、長野もGK梅村真央のファインセーブと粘り強い守備で耐え抜き、ドローに終わった。
【「サブの選手が這い上がる」環境作り】
代表で活躍するトップレベルの選手が多く、好調を維持していた神戸から得た勝ち点1の意味は、長野にとってそれ以上の価値を持つ。
シュート本数は神戸の19本に対して、長野は8本。力の差はあったが、古巣対決となった宮本華乃を筆頭に、その差をハードワークで埋めた。
キャプテンの伊藤めぐみと主軸の川船暁海を欠く厳しい状況のなか、代わってピッチに立った稲村とタニガーン・デーンダーがゴールに絡んだことも喜ばしいニュースだ。
タニガーン・デーンダーは、「シュートを決められたこと、チームに貢献できたことがすごく嬉しいです。兄妹で(最初の)ゴールを決められるなんてあまりないことなので、運も良かったです」と、ゴールの喜びを語った。短期間でチームスタイルを体得した理由について聞くと、「仲間たちのおかげです。みんながよくサポートしてくれますし、普段からしっかりコミュニケーションを取っています」と、チームメートへの感謝を真っ先に口にした。
廣瀬監督は、帝京高校をはじめ、韓国やタイ、カンボジアなどで指導経験があり、30年以上の指導歴を持つ。控え選手のマネジメントには、部員数の多い高校サッカーで指導してきた豊かな経験が凝縮されている。
「サブの選手が這い上がってきてくれるような環境づくり、考え方を常にしています。なでしこジャパンに入っている選手がいるわけではなく、競い合いながらチームのために戦ってくれる選手を育てないと、いい結果は出ないと思っています。そういう環境づくりや方針が、今のいいチーム状況を作っているのではないかと思います」
今季、長野はGK梅村と4バックの奥川、岡本祐花、奥津礼菜、岩下胡桃の最終ラインはある程度固定されているものの、中盤や前線の顔ぶれは試合ごとに変わっている。先発メンバー入りを目指す若手選手たちはハードワークを惜しまず、良い緊張感と飢餓感がチームに漂っている。
「試合に出ていない選手がどういう行動をしているか。また、出ている選手がどうコミュニケーションを取っているか。気になる選手がいたら、近くに行ってコミュニケーションをとっています」
シーズン当初、廣瀬監督はそう話していた。選手のタイプやキャラクターに合わせて、声の掛け方も変えている。指定席がないからこ そ、練習から全力を出し切り、ベンチメンバーは先発メンバーと同じエネルギーで試合に向かうことができるのだろう。
【攻守を底上げした走り込みとビルドアップのパターン練習】
プレシーズンのハードな走り込みによって個々がこなせるタスクの水準が上がったことも、選手層が厚くなった理由だ。今季、ボランチで起用されることが多い三谷沙也加は、「いつもは60分から70分がしんどくなって落ちる時間ですが、そこで踏ん張れて、90分間走り切れるという感覚が生まれました。頑張っただけ、結果がついてくると思えます」と、トレーニングの成果を実感していた。
攻撃面では、ビルドアップのパターンが増えた。強いプレッシャーを受けても簡単に蹴り出さず、パススピードが多少遅くなっても丁寧につなぐことを徹底しているように見える。9月末に取材した際、右サイドバックの奥津はこう話していた。
「GKも含めてビルドアップしていくコンセプトで、サイドバックがより高い位置を取れるようになりました。11人がいい距離感、いいポジショニングで回せるようなパターン練習をしています」
今年7月の新チーム始動から5カ月。明確なコンセプトの下で、長野はさらなる進化を目指す。今週末の12月17日には、皇后杯5回戦で、同じく4試合負けなしの新潟と対戦する。そして、翌週の24日には、昨年リーグ女王の浦和との対戦が控えている。
強豪との2連戦で、長野はこの勢いを維持することができるか。日本で新たな歴史を作ったタニガーン・デーンダーのプレーにも着目したい。