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「つまらない日常を芝居に持ち込むな」。夏子を衝き動かす野田秀樹の言葉

中西正男芸能記者
仕事への思い、そして、自らへの思いを吐露した夏子

 見るものを射抜く独特の存在感を見せる女優・夏子さん(24)。新型コロナ禍により、あらゆるものが停滞する中、今年7月に上演された野田秀樹さん作・演出の舞台「赤鬼」で1700人以上の応募者の中からヒロインに選ばれるなど、ポテンシャルの高さを見せています。10月10日には短編映画「TOKYO TELEPATH 2020」で初主演を務め、11月14日放送のフジテレビ「世にも奇妙な物語’20秋の特別編」にも出演。あらゆるフィールドで注目を集めていますが、自らを衝き動かす言葉への思いを吐露しました。

忘れられない空気

 「赤鬼」は新型コロナ禍でいろいろなものが止まってしまった中で上演された作品だったんですけど、初日の空気は一生忘れることがないと思っています。

 というのは、舞台に上がった瞬間に異様な緊張感があったんです。

 まず、私たち出演する側からすると、コロナ禍でのけいこ。そして、コロナによって舞台の歩みがまたいつ止まるかも分からないという不安。いろいろなものが重なり合って、いつもとは違う緊張感に包まれていたんです。

 そして、来てくださったお客さんにも緊張感があったと感じています。コロナ禍で外に出ること、人が集まることへのおそれがある中、勇気を持って来てくださっている。

 ただ、劇場に入ったら、舞台と客席の間に透明なシートも張ってあるし、視覚的にもいつもとは違うことを強く認識する。そこでまた不安が湧き上がってくる。

 でも、私たちも、そして恐らくはわざわざ来てくださったお客さんも、舞台に飢えていた感覚は強かったと思いますし、また舞台が再開したんだという昂ぶりもある。

 そういったやる側、見る側の思いが混ざり合うというか、本当に何とも言えない空気が劇場に充満していました。言葉にすると、平坦になってしまうかもしれませんけど「当たり前は、当たり前じゃない」ということを改めて強く気づかされました。

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「つまらない日常を芝居に持ち込むな」

 コロナ禍で誰もが普通ではない生活を送ることになったと思うんですけど、私も、その中でいろいろなことを考えました。

 “不要不急かどうか”という判断によって、物事が分けられる世の中にもなったと思うんです。それで言うと、エンターテインメントはより強く不要不急という位置づけになったのかもしれません。

 ただ、逆に、私は自粛期間中、人間の精神生活を支える上で、エンターテインメントは絶対に必要なものである。それが自分の中で腑に落ちたんです。

 私の場合は本が好きなので、読書をしていた時間が多かったんですけど、そういうものがなかったら、自分がどうなっていたのか。それを痛感しました。やっぱり、必要でしかないと。

 これはまた別の角度からの話になりますけど、コロナ禍で「赤鬼」のけいこをしている中、野田さんから言っていただいた言葉があるんです。今も私の心に突き刺さっています。

 それが「つまらない日常を芝居に持ち込むな」という言葉でした。

 世の中的にも、いつもより張り詰めたものもあるし、不安も大きくなりがち。疲れていたり、イライラがあったり、そういうものが残りやすい状況だとは思うんです。ただ、そういうことを持ち込むなと。

 その言葉のもう一つ奥というか、真意を私は“純粋に楽しむこと”と解釈しました。けいこは毎日同じことにもなりがちだし、新鮮さや楽しさが薄れてもいく。そうなると、結果、良いものにはなっていかないし、毎日、ちゃんと楽しめる状況でけいこに来なさいと。

 世の中がこういう状況というのもありますけど、この言葉は強く心に響いたものでしたし、これから先、この仕事を続ける中で、ずっと胸にとどめてやっていこうと思った言葉でした。

悔しさの連鎖

 こんなお話をさせてもらっていますけど、正直なところ、もともとこの世界に興味があったわけではないんです(笑)。

 19歳の時に事務所に所属することになったんですけど、その少し前に、今は休刊してしまった「SEDA」というファッション誌の専属モデルをさせてもらったんです。

 編集長の方から声をかけていただき、人のご縁に恵まれて、モデルをさせてもらったんですけど、実は、写真に写るのも好きじゃなかったんです(笑)。その上で写真に写るのが仕事のモデルをさせてもらうようになったわけですから、本当に縁の力、人に恵まれるということはすごいものだと思います。

 そのお仕事をきっかけに事務所に入って、俳優業を始めることになったんですけど、最初はつらくてしょうがないというのが素直な思いでした。

 そもそも、写真に写るのも苦手なくらいだったので、最初から自分に“向かないこと”の連続だったんです。オーディションに行っても、周りはこの世界を目指して小さな頃からレッスンをしてきたような人たちがたくさんいる中、自分は何もできない。

 それが続くというのは、本当につらいことではあったんですけど、でも、辞めずに今日までやってきた。その原動力は、悔しいという思いだったなと。

 負けず嫌いというか、悔しいから、それを挽回するためにもまた次やりたい。この繰り返しで今までやってきたような気がします。

 特に、去年初めて舞台の仕事をさせてもらったんですけど、その時はできないことだらけで、すごく悔しかったし、その分、本当の、本当の意味で「この仕事で生きていきたい」と思いました。

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 ただ、役者って、分かりやすい努力をしにくい仕事だと思うんです。もちろんスポーツ選手も本当に大変ですけど、このトレーニングをしたら、このパフォーマンスが上がるだろうというのが繋がりやすいところもある。

 でも、役者は、例えば「映画を100本見ます!」とか、それもトレーニングになるのかもしれないけど、それだけじゃない。いろいろなものをトータルしないといけないし、かといって、トータルしたからうまくいくというものでもない。だから、努力するといっても、何をするのが良いのか。そこの迷いもずっとあったんです。

 ただ、特に舞台を経験してからは、自分の体と演技が繋がっていることが感覚的に分かったと言いますか。

 じゃ、すぐに何かに繋がるかは分からないけど、ダンスをしてみようとか。しっかりと舞台に立てる体を作るためにトレーニングをしてみようとか、キックボクシングを習ってみようかとか。

 そういうことが直接形になるわけではないけれども、でも、全てがトータルで繋がっていく。今はそう思えて、努力の仕方が見えてきた気がしています。

 もともと、24歳でこんなことをしている自分を18歳の時の自分は想像もしてなかったでしょうし(笑)、自分で自分のことを言うのも変なんですけど、可能性というのは計り知れないものなんだなと。自分自身を見て、それを強く感じます。

 だから、この先も「こうなりたい」とか「これをやりたい」ではなく「なんでもやりたい」。その心構えで、進んでいけたらなと思っています。

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(撮影・中西正男)

■夏子(なつこ)

1996年9月3日生まれ。東京都出身。トップコート所属。雑誌「SEDA」専属モデルとして注目され、16年にフジテレビ「世にも奇妙な物語 秋の特別編」で女優デビュー。今年10月10日公開の短編映画「TOKYO TELEPATH 2020」で初主演。11月14日放送のフジテレビ「世にも奇妙な物語’20 秋の特別編」にも出演する。今年7月、ヒロインを務めた東京演劇道場公演「赤鬼」が11月13日から30日まで東京芸術劇場の公式YouTubeチャンネルで無料配信される。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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