菅前総理の世代交代を鎮圧した安倍元総理の前に「大宏池会構想」が立ちふさがるか?
フーテン老人世直し録(610)
神無月某日
自民党総裁選挙の結果を受けて菅内閣は10月4日に総辞職した。その日に第205回臨時国会が召集され、首班指名選挙の結果、第100代総理として岸田文雄新内閣総理大臣が誕生した。
これに先駆けて岸田自民党新総裁は、党役員と内閣の人事に着手したが、これがなかなかに興味深い。安倍―麻生連合が菅―二階連合を制圧した選挙の結果であるから、岸田勝利に貢献した党内最大派閥の細田派と第二派閥の麻生派、さらに岸田支持を鮮明にした竹下派が厚遇され、河野太郎を担いだ菅前総理の側が冷遇されるのは当たり前だ。
しかし人事全体の印象では、最大派閥の細田派の顔は立てながらも、第二派閥の麻生派と第三派閥の岸田派が手を組み、いずれ一体化して権力の中枢を握る「大宏池会構想」がにじみ出ていると思わせる。
つまりこの総裁選で安倍―麻生連合vs菅―二階連合の対決には決着がついた。安倍―麻生連合の共通の敵はいなくなった。そうなれば連合を組む必要もなくなる。そうなると岸田総理にとっての当面の敵は再々登板を目論む安倍元総理ということになる。
安倍元総理がコロナ対策と東京五輪開催の両立という難事業を菅義偉に押し付け、菅政権を短命に終わらせて次に岸田政権を誕生させ、その先に再々登板を狙っていることは明らかだ。
安倍元総理の思惑は、総選挙が終われば細田派の会長に就任し、最大派閥の会長になることで、かつての田中角栄のようなキングメーカーとして日本の政界に君臨することだ。そのため今の細田派から総理候補が出るのは困る。それが今回の総裁選ではっきり見えた。細田派で意欲を示した下村博文を出馬させず、安倍は無派閥の高市早苗を支援した。
安倍が最大派閥の会長になれば、岸田政権は菅政権の二の舞になりかねない。そうさせないためには後ろ盾が必要だ。かねてから麻生太郎が主張してきた「大宏池会構想」に乗り、麻生派と岸田派と谷垣グループが一つになれば自民党最大派閥が岸田を支える。そうすれば政権の延命を図ることができる。
その考えが人事ににじみ出ているのである。何よりも重要なポストは自民党幹事長である。そこに麻生派の甘利明を起用し、さらにその上に麻生太郎が副総裁として自民党を牛耳る。まるで自民党は麻生派の天領になったようなものだ。
次に重要なポストは政権を支える官房長官だ。ここには細田派の松野博一を充てた。最重要ポストを麻生派に与えたのだから政権の要である官房長官を細田派に割り振るのは、一見すれば安倍―麻生連合を重視しているように見える。しかし安倍には不満なはずだ。
そこに萩生田光一を充てれば安倍も文句はないだろう。しかし松野は今回の総裁選で安倍が細田派に支援要請した高市ではなく岸田に投票した。過去にさかのぼれば安倍が2度目の総裁選に勝利した2012年も、松野は安倍ではなく派閥の親分である町村信孝に投票した。安倍とは関係が近くない。
そして安倍が最も不満なのは、自民党の最高意思決定機関である総務会の会長に、当選3回の福田達夫を抜擢したことだと思う。表向きは若手の思い切った起用ということだが、福田達夫は派閥の創業者福田赳夫の孫であり、福田康夫元総理の長男である。今回の総裁選ではこちらも安倍の要請に反して高市ではなく岸田に投票した。
しかも福田は小泉進次郎の兄貴分と言われ、河野太郎を推した進次郎と近い関係にある。今回の総裁選では若手議員90人を束ね「党風一新の会」を結成した。安倍―麻生連合が派閥の数の論理で総裁選を行うことに反対し、自主投票を要求したことから、一時は河野太郎の応援団とも見られた。
総選挙の後に細田派を安倍派に衣替えし、再々登板を狙いたい安倍にとっては当選3回ながら煙たい存在である。なぜなら福田は派閥の創業者の直系で、福田家と安倍家には込み入った事情があるのだ。
福田達夫は過去をさかのぼれば岸田総理とも奇妙な因縁があるかもしれない。祖父の福田赳夫が自民党内に「党風刷新連盟」を作ったのは、池田勇人の「所得倍増計画」に反対するためで、自民党反主流派として派閥解消を訴えた。
その孫がこの総裁選で「党風刷新連盟」を彷彿とさせる組織を作ったのだ。力点が岸田の主要政策である「新所得倍増計画」の反対にあるのか、それとも派閥政治の解消にあるのか、いずれにしても安倍―麻生体制に対する若手の不満を代表した。福田は結局は負けが確実になった河野に投票せず、岸田に投票して安倍の要請には逆らった。
福田赳夫は田中角栄が健在の間は安倍晋三の父親である安倍晋太郎に派閥を継承しなかった。そのため同じ悩みを持つ竹下登と安倍が接近し、金丸信も交えて同志的な結びつきを強めた。竹下は総理に就任すると、安倍晋太郎を次の総理にしようと画策した。しかし安倍が病に倒れたためその夢は果たせなかった。
森喜朗が総理になれたのは角栄の流れをくむ小渕恵三の後継者としてである。しかし国民に不人気な森の後に総理になった小泉純一郎は、角福戦争を思い出させるように徹底して角栄政治の排撃に立ち上がり、その象徴として郵政民営化を実現した。
郵政選挙で自民党を大勝させた小泉の後継に名前が挙がったのは福田康夫と安倍晋三である。2人が総裁選に出馬すれば派閥の分裂は避けられない。この時は年長の福田が不出馬を宣言し、安倍が総理に就任した。しかし安倍は参議院選挙で惨敗し、その責任も取らずにぶざまな退陣劇を演じた。
その安倍が復活するのは、福田派の流れをくむ町村派に逆らい、他派閥の麻生や菅に担がれて総裁選に出馬し、町村が選挙途中で病気になったからだ。町村派の7割は安倍ではなく町村を支持していた。
安倍政権下では「モリカケ桜」と呼ばれる数々のスキャンダルが起きた。「森友問題」で財務省の公文書改ざんが発覚した時、総理の時代に公文書管理法を作った福田康夫は怒り心頭だったに違いない。しかし安倍は8年近い長期政権を実現し、さらにそれでも足りずに最大派閥を自分のものにして3選を狙う。
異例と言うしかない当選3回の福田達夫の総務会長就任は、党内で若手を束ねて改革をやろうとした未熟な政治家に「調教」を施すための本人には厳しい措置だと見れば見えるが、フーテンには安倍の細田派復帰に対する牽制の側面があることを見落としてはならないと思う。
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