放射能に色を付ける人たち
黒澤明監督はオムニバス形式の映画『夢』のなかの一遍「赤冨士」で、原子力発電所事故で拡散された放射能が人々を襲う様子を描いている。その放射能は、新技術によって赤く色が付けられている。映画では、放射能に色を付ける技術を開発したらしい科学者が登場し、「放射能に色を付けることには成功したが、放射能を防ぐことはできなかった」と懺悔する。そして彼は、迫り来る放射能の恐怖から逃れるように自殺してしまう。
「放射能に色が付いていたら・・・」。この言葉を、2011年3月11日に起きた東京電力福島第一原発事故(福一事故)の後に訪れた福島県で、わたしは何度、聞いたことだろう。福島県でも津波の被害が直接におよばなかった地域は、事故後も事故前の姿そのものを残していた。しかし、放射能被害という深刻な状況を抱えてしまっていたのだ。
福一事故後、福島県内の放射線量の数値は信じられないくらい高くなっていた。福一事故によって放射能物質が拡散されてしまったからである。
その放射能は、色もなければ、臭いもない、被害も短時間では現れない。放射線量の高い場所にいても、それを実感することは難しいのだ。
しかし、確実に福島県内の放射線量は高くなっていた。その被害から逃れようとすれば、福島から出て行くしかない。それには家も仕事も捨てなければならないわけで、簡単なことではない。だから多くの人が、放射能を「見てみぬフリ」をしていた。色も臭いもないから、「無視」することは簡単なのだ。
それでも、放射能に無関心でいられない人たちはいる。そういう人たちは、「たいへんな状況だと口にすると、『不安を煽るな』と白い目でみられます」と語った。そして、「放射能に色が付いていたら」と続けるのだ。
色が付いていれば、見てみぬフリはできない。危機感を共有できる。そこから、前向きな対応策をとることができるからだ。色が付いていないために、本音では放射能の危険を感じながら、多くの人が見てみぬフリを決め込んでいたのだ。
そんななかで、「子どもたちの健康と未来を守るプロジェクト(こどけん)」が『こどけん通信』の第1号を発刊した。「こどけん」は福一事故による放射能被害から子どもたちを守るために活動している、福島県内の主婦を中心としたグループである。
その『こどけん通信』には、「測定の記録」が掲載されている。「こどけん」のメンバーが、県内の放射線量を独自に計測してきた記録である。
2013年に郡山市のある家を訪ねて計測した記録には、「幹線道路から細い脇道に入ると、それまで0.3μSv/h前後を表示していた数値がぐん!と突然上昇し、0.8μSv/hz(毎時マイクロシーベルト)になりました」と記されている。ちなみに、福一事故後に東京都の多くの区が独自に設けた安全基準は、0.25μSv/hだった。これさえも、事故前の通常の数値からすれば、かなり高い基準である。
この時期は、福島県内では除染(放射能物質を取り除くこと)作業がすすめられていた。しかし、その除染作業の効果は誰も本気で信じてはいなかった。実際、わたしも2013年に郡山市に足をはこび、除染作業が終わったとされる小学校の周辺を簡易線量計で測ってみると、いたるところで0.5μSv/h近い数字にでくわした。その近くでは子どもたちが走りまわり、砂遊びをしていた。
こうした状況は、2016年になっても変わってはいない。『こどけん通信』の「測定記録」には、福一事故で避難指示がでていた葛尾村を、避難指示解除がだされる前月、5月に測定した様子が述べられている。葛尾村は除染作業は100%終わったと発表していたが、実際に「放射線量の測定を行うと、0.5~数μSv/hのところが点在しています。これは、事故前の数十倍から数百倍の数値です」という状況でしかなかったのだ。
にもかかわらず政府は、安全だとして避難指示の解除を行ったのだ。もしも、放射能に色が付いていたら、そんな無謀な解除を政府もできなかったにちがいない。
これと同じ状況に、福島県はある。それでも政府や福島県は、安全を叫び、人々に「見てみぬフリ」を強制している。放射能に色がない、臭いがないからできるのだ。そして福島の人たち、特に子どもたちの健康は危険にさらされている。
『こどけん通信』の記録は、いわば放射能に色を付けるような活動である。政府や福島県が隠そうとしている放射能の存在に、色を付けて、わたしたちの前に突きつけている。
福一事故による放射能汚染問題は終わってはいない。『こどけん通信』が付けた放射能の色を感じ、本気で考えてみるべきではないだろうか。