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サッカーの方が得意? 競技歴の浅いパラテコンドー日本代表が目指す世界

平野貴也スポーツライター
パラテコンドー男子61キロ級を制した田中光哉(右)は、サッカー経験者【筆者撮影】

 夏に向けて出場権争いが激しくなっているのは、オリンピックだけではない。1月26日、都内の日本財団パラアリーナでは、バドミントンとともに東京2020大会からパラリンピックの正式競技となる2競技の1つ、パラテコンドーの日本代表選手選考会「サンマリエカップ」が開催され、3選手が内定条件を満たす優勝を飾った。

 東京2020大会では、上肢障害の程度によって分けられるスポーツクラスのうちK44、K43(K41からK44まで4クラスが存在し、障がいの程度の軽い順に数字が大きい)を合同級とし、体重別に男女各3階級の試合を行う。日本は、2019年末までのランキングポイントでは出場権を得られなかったが、開催国枠で3選手(3階級各1人)が出場可能。世界ランクの高い選手がいる階級を優先し、なおかつ女子を1階級以上含むという条件の下、派遣階級となった3階級が選考対象だった。

 男子61キロ級は、三つ巴戦を制した田中光哉(27歳、ブリストル・マイヤーズスクイブ株式会社)が優勝。男子75キロ級は、工藤俊介(26歳、株式会社ダイテックス)が終盤の逆転で一騎打ちに勝利。女子58キロ超級は、候補が1人のため、太田渉子(30歳、ソフトバンク株式会社)が内定選手となった。優勝選手は全日本テコンドー協会理事会の承認を経て正式に内定し、JPC(日本パラリンピック委員会)によって日本代表に決定する。

パラリンピック2020東京大会では、キョルギのスポーツクラスK44、K43の合同級で、男女体重別各3階級の試合が行われる。日本は、開催国枠で3選手が出場する【筆者作成】
パラリンピック2020東京大会では、キョルギのスポーツクラスK44、K43の合同級で、男女体重別各3階級の試合が行われる。日本は、開催国枠で3選手が出場する【筆者作成】

「選手が誰もいない状況」からスタート

 テコンドーと言えば、協会と選手が強化方針などをめぐって紛糾し、体制が刷新された出来事が記憶に新しいが、日本ではマイナーな部類に属する競技だ。中でも、障がい者を対象としたパラテコンドーとなると、選手が少ない。木下まどかパラテコンドー委員長が「東京大会が決まってから、選手が誰もいない状況で、パラテコンドー委員会ができたのも2016年頃。私も選手としてテコンドーに携わっていましたが、パラテコンドーという競技があることも知らないくらいでした」と話したように、誰もが手探りのスタートだった。

男子61キロ級の田中「サッカーの方が得意」

 今大会の優勝者は、いずれもまだ2、3年しか競技経験を積んでいない。男子61キロ級の田中は、Jリーグのアビスパ福岡でシンボル的な選手として知られるFW城後寿を輩出した福岡県のクラブチーム、南FCトータスや久留米高校の部活などでサッカーの経験が長く「サッカーの方が得意です」と笑った。

 女子58キロ超級の太田は、スキー経験者で3度冬季パラリンピックに出場した経験の持ち主。06年トリノ大会は、バイアスロン(ロング)で銅、10年バンクーバー大会ではクロスカントリースキー(クラシカルスプリント)で銀。14年ソチ大会では日本選手団の旗手も務めた。14年に引退したが、翌15年から選手発掘事業を通じてパラテコンドーを始めた。

 男子75キロ級の工藤は、17年に競技を開始。前述の2人とは異なり、後天性の障がい(社会人になってから職場での事故で左上腕を切断)で、手術入院中に知ったのが、まだ選手が少なく募集をしていたパラテコンドーだった。

東京五輪を目指す健常者の日本王者も驚く成長度

パラテコンドー男子75キロ級で内定選手となった工藤俊介(左)は、健常者の男子68キロ級全日本選手権王者(19年)で東京五輪出場を目指す本間政丞(右)と同門で切磋琢磨【筆者撮影】
パラテコンドー男子75キロ級で内定選手となった工藤俊介(左)は、健常者の男子68キロ級全日本選手権王者(19年)で東京五輪出場を目指す本間政丞(右)と同門で切磋琢磨【筆者撮影】

 競技歴の浅い選手が、東京2020パラリンピックという大舞台に立つことになる。「意外と簡単に出られるんだな」と思う読者がいるかもしれないが、試合を見れば、そうは思わなくなる。頭部への蹴りは禁止、胴への突きもポイントにならないなどルールに違いはあるが、競技レベルは、健常者のテコンドー選手も認めるところだ。

 男子75キロ級の工藤は、健常者の男子68キロ級全日本選手権王者(19年)である本間政丞(ダイテックス)と同じ会社で働き、ともに練習する間柄。工藤は、本間について「太陽のような、周りを照らすような明るい人。僕も負けずに引っ張り合える存在になりたい」と話したが、実際に刺激し合うことで成長できている部分はあるようだ。

 防具をつけて試合直前の打ち込みに付き合った本間は「自分も2月に五輪の最終選考会があるので、2人で練習をしたこともありました。『多分、ずっと1点差で負けていて、最後に逆転ですよ』と話してはいましたが、本当に(接戦の中で終盤に逆転し)最後に引かなかった。刺激を受けました。普段から、1人の競技者として尊敬しています。壁にぶち当たっても、すごく素直で真面目で、黙々とやれる選手。見ていて、自分も初心にかえることができます。ほかの階級の選手も上手くなっていましたし、みんな、それだけ死に物狂いで練習しているということだと思います。負けていられないなと感じました」と、競技歴の短さを感じさせないパラテコンドー選手の姿に強い刺激を受けていた。

選手がスポーツを通じて浸透や理解を促す「共生社会」

パラリンピック2020東京大会パラテコンドー日本代表の内定条件を満たした(左から)女子58キロ超級の太田渉子、男子75キロ級の工藤俊介、男子61キロ級の田中光哉【筆者撮影】
パラリンピック2020東京大会パラテコンドー日本代表の内定条件を満たした(左から)女子58キロ超級の太田渉子、男子75キロ級の工藤俊介、男子61キロ級の田中光哉【筆者撮影】

 パラテコンドーは、東京大会での初採用により、競技歴の浅い選手でも大舞台のメダルや出場を狙える状況になった。アスリートにとっては、大きなモチベーションであり、チャンスだ。男子75キロ級の工藤は「参加選手が少なく、始まって間もない競技は、タイミングが合えば、始めてすぐにメダルを取れるチャンスがあり、それは大きな魅力」と認めた。そして、彼らにはより大きな意味でのチャンスもある。

 男子61キロ級の田中は、名桜大卒業後、東京都障害者スポーツ協会に就職した際、選手発掘事業を担当した。自身が選手としてパラリンピックに出場することはまったく想像していなかったというが「障がい者スポーツのサポートをしていたので、今度のパラリンピックで障がい者スポーツ全体が広まればいいなと思います。選手として出られるので、勝って結果を出して広められるのは嬉しい」と障がい者スポーツの発展を願っていた。自分のプレーや競技を通じて、ほかの障がい者も暮らしやすい社会づくりに貢献したいという思いだ。

 女子58キロ超級の太田も「パラスポーツを通じて、障がいへの理解(浸透)や一緒に共生社会を作っていきたいと強く思っているので、パラリンピックで終わりではなくて、企業や自治体で取り組んでいただいていることを継続していただければと思います。教育や仕事の面でも、別々にせずに一緒にできることはたくさんあると思うので、私たちももっと発信しないといけないですけど、一緒に考えていければ良いと思います」とパラリンピック後の未来に目を向けていた。

メダル獲得を目指し、韓国、米国へ遠征も

 競技歴は浅くても、競技を通じて、たくさんの人に障がいについて多くのことを知ってもらうきっかけを生み出したい気持ちは、皆が持っている。もちろん、選手の立場でできることは、何をおいても、全力で勝利を目指すことだ。女子58キロ超級の太田は「これまでの国内大会では、こんなに多くの観客、メディアがいらっしゃることはなく、たくさんの観客の中で試合をできたことは、東京パラリンピックに向けた良いイメージになったと思います」と話した。勝って、多くの人にパラテコンドーを知ってもらうことが、パラアスリートが目指す社会の実現を後押しする一歩となる。日本代表に内定する3選手を中心に、3月にはテコンドーの本場である韓国への強化遠征が予定されており、5、6月にも米国遠征が検討されている。

田中と工藤は金メダル狙いを明言、太田は海外重量級を攻略へ

男子61キロ級の代表となる田中は、学生時代に剣道や水泳を経験しているスポーツ万能選手だ【筆者撮影】
男子61キロ級の代表となる田中は、学生時代に剣道や水泳を経験しているスポーツ万能選手だ【筆者撮影】

 最後に、あらためて、日本代表に内定する3選手を紹介する。男子61キロ級の田中光哉は、2019年3月末の大会を機に、世界で戦うことを念頭に75キロ級から階級を変更。減量によってパワーは失ったが、スピードは増した。また、176センチと同階級においては比較的大柄な身長のため、リーチを生かした前蹴りが得意だ。今大会では、世界ランク5位の阿渡健太(日揮ホールディングス株式会社)、この競技の第一人者として活躍してきた伊藤力(株式会社セールスフォース・ドットコム)に連勝して、巴戦を制した。「目標は、金メダル獲得。初めての新競技なので、新しい競技の面白さも伝えていけるように、勝利、結果を求めて頑張りたい」と意気込んだ。

男子75キロ級の工藤は、学生時代に剣道とテニスを経験。剣道は痛いから嫌だと辞めたはずが、格闘技の世界へ……【筆者撮影】
男子75キロ級の工藤は、学生時代に剣道とテニスを経験。剣道は痛いから嫌だと辞めたはずが、格闘技の世界へ……【筆者撮影】

 男子75キロ級の工藤俊介は、19年2月にトルコで行われた世界パラテコンドー選手権の銅メダリストだ。本人は「外国人選手に押し負けないように蹴りを強化したい」と話したが、木下パラテコンドー委員長は「負けず劣らずのパワーを持っている」と評価。今大会では、技を受けた相手も驚く、キレのある二段蹴りを鮮やかに決めて勢いに乗り、終盤も疲労を感じさせないパワフルな攻撃を展開し、逆転劇につなげた。目標については「今まで支えて下さった両親、会社や道場の仲間に感謝の気持ちを伝えるためにも、金メダルで恩返ししたい」と話した。

女子58キロ超級の太田は、3度出場した冬季大会に加え、初の夏季パラリンピックに競技を変えて出場する【筆者撮影】
女子58キロ超級の太田は、3度出場した冬季大会に加え、初の夏季パラリンピックに競技を変えて出場する【筆者撮影】

 女子58キロ超級の太田渉子は、体重無制限のクラスのため、海外の大型選手と対戦することになる。当然、パワーでの不利は否めない。カットと呼ばれる前蹴りを得意としており、相手をけん制しながら距離を潰し、スピードを生かせる近距離戦に活路を見出す。今大会では、エキシビションマッチではあったが、健常者を相手に2分3ラウンドの試合を行い、13-12で制してみせた。他競技で3度大舞台を経験しているキャリアも武器になる。今後二の抱負については「パラリンピックの目標は、たくさんの方に見に来ていただけると思うので、ベストなパフォーマンスができるように、そして、気持ちの面でもナンバーワンを目指して、しっかり練習していきたい」と落ち着いて話した。

 東京2020大会を通じて、日本の社会やスポーツ界を、障がいをより理解した世界に変える。その流れを強めるために、新競技で戦う3人が日の丸を背負い、大舞台に挑む。

パラテコンドー サンマリエ カップ(YouTube:TOKYOパラスポーツチャンネル)

東京2020パラリンピック競技紹介:テコンドー(YouTube:Tokyo 2020)

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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