「車に何らかの異常」池袋暴走事故で元院長が無罪主張、今後の裁判はどうなる?
東池袋で車を暴走させ、横断歩道の母子を死亡させたうえ、男女8人と助手席の妻に重軽傷を負わせたとして起訴された旧通産省工業技術院長の男(89)が、初公判で無罪を主張した。今後の見込みは――。
否認の内容は?
男は、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故だと主張する検察側に対し、「アクセルペダルを踏み続けたことはない」「車に何らかの異常が生じたから暴走した」と述べた。
弁護人も、車両の制御システムに突発的な異常が生じた可能性があるとして、過失運転致死傷罪は成立せず、無罪だと主張した。
事故当初は「ブレーキを踏んだが効かなかった」と供述しており、その後、「パニック状態になってブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性がある」と供述するに至ったとの報道もあったが、結局は振り出しに戻った形だ。
争点と立証は?
この結果、車両の性能が正面から裁判の争点になった。
車両に何も異常がなく、ブレーキとアクセルの踏み間違いこそが事故原因に間違いないという点は、有罪を主張する検察側が証拠により証明しなければならない。
そこで、検察側は、メーカーや専門家による鑑定結果、ドライブレコーダーや現場周辺の防犯カメラ映像の分析結果、車両に搭載されていたイベントデータレコーダー(EDR)の分析結果、後続車両の目撃証言などによって、各システムの作動状況、アクセルペダルとブレーキペダルの操作状況、車速などを明らかにし、車両の性能に問題がなかったということを客観的に立証することになる。
事故から送検まで7ヶ月を要したのも、男が1ヶ月にわたって入院していたことや、重軽傷を負った複数の被害者の回復を待たなければならなかったことに加え、裁判で否認が予想され、車両の性能に関する裏付け捜査に時間を要したからだ。
弁護側の対応は?
一方、弁護側も、独自に専門家に鑑定を依頼して証人尋問を実施するとか、同じ車種で過去に発生した事故に関する調査結果などを証拠として提出することが考えられる。
また、男が事故前から足を悪くして通院していたことや、認知機能が低下していたことを大きく取り上げ、何が真の事故原因だったのか曖昧にさせるというのも一つのやり方だ。
このあたりは、公判前整理手続で示された検察・弁護双方の立証計画の内容が重要となる。
容疑を否認することで男が被害者や遺族の感情を逆なでし、社会から激しいバッシングを受ける結果となることも予想される。
しかし、すでに男はインターネット上などで徹底的に叩かれ、厳罰を求める39万筆もの署名まで行われているわけだから、弁護側としても主張すべきところはキチッと主張しておくという姿勢ではないか。
同種事案は?
もっとも、死傷者が出た交通事故で運転手やその弁護人が車両の異常を事故原因として主張すること自体は珍しいことではない。
東京都港区で車を暴走させ、歩道の男性を死亡させて過失運転致死罪などで起訴された元東京地検特捜部長が、2020年2月の初公判で「天地神明に誓ってアクセルは踏んでおりません」と容疑を否認し、車の不具合が原因だとして無罪主張をしたのも記憶に新しいところだ。
その後、検察側は事故後の車体検査で故障が見つからなかった事実などを立証したうえで、10月2日の公判で禁錮3年を求刑している。
ただ、車両の性能が事故原因とされ、運転手の過失が否定されて無罪となった例もある。
有名なところでは、2013年に北海道で小型バスを中央分離帯に衝突させて横転させ、乗客13人を負傷させたとして起訴された事故の場合、3年超の裁判を経て、2019年3月の判決で緩衝装置を車体に固定する金属部品の故障で事故が起きた可能性があるとされ、運転手は無罪となっている。
今後はどうなる?
過失運転致死傷罪の最高刑は懲役7年だが、今回の事故と同じ時期にJR三ノ宮駅前で神戸市営バスを運転中に歩行者の列に突っ込み、2人を死亡させ、4人に重軽傷を負わせた運転手の場合、求刑は禁錮5年、判決は禁錮3年6ヶ月の実刑だった。
今回の男の場合も、検察側の立証が成功し、結果の重大性や遺族らの処罰感情の峻厳さなどを踏まえたとしても、先ほどと同程度の求刑・判決となるのではなかろうか。
ただ、男が現時点で89歳と高齢であるうえ、健康も害しているようであり、一審、控訴審、上告審までに要する長い時間を考慮すると、いずれかの段階で天寿を全うするかもしれない。
そうなれば、公訴棄却で裁判手続は打ち切りになり、有罪・無罪の結論が確定しないままで終わる。
実刑判決が確定しても、執行できず、服役なしで終わる可能性まで考えられる。被害者や遺族にとっては、無念極まりないことだろう。(了)
【参考】