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五輪取材中にフィギュア選手の秘密の恋仲をキャッチ 〜先人たちが語る女性の働き方

野口美恵スポーツライター
1972年札幌五輪のペア競技、優勝したウラノフと2位のスミルノワが恋仲だった(写真:山田真市/アフロ)

 スポーツ界で女性がより良い仕事をし、より良い生き方をするためには、何が求められているのかーー。その知恵を先人から学ぼうと、「女性スポーツ勉強会2023〜マネジメント編〜」が6月24日、都内で開かれた。主催はスポーツ界のジェンダー平等などを目指して活動するカルティベータ(代表理事・宮嶋泰子)。女性ならではの逸話が多く発表され、貴重な情報交換の場となった。

永井多恵子さん(c)カルティベータ
永井多恵子さん(c)カルティベータ

札幌五輪で、世界初の女性アナウンサー実況を担当

 基調講演として登壇したのは、元NHKアナウンサーの永井多恵子さん(85)。永井さんは、早稲田大学を卒業後、1960年にNHKに入社。以来、多くの“女性初”の立場で報道にたずさわってきた。

「今でこそアナウンサーは華やかな世界ですが、当時の私は権限の少ない職種という印象を持っていました。一方で、男女の別なく評価される実力主義の場であったことで、何でもやりました」

 1972年の札幌五輪ではフィギュアスケート競技の担当に。世界初となる女性アナウンサーによるスポーツ実況を行った。

「当時の男性アナウンサーは、選手のことを『羽生』などというように呼び捨てにしていたのですが、私はなんだか違和感があり、『羽生選手』などのように『選手』をつけて放送しました。それ以来、テレビの解説では『選手』とつけるのが主流になっていきました」

 女性ならではの気遣いが、視聴者への印象やスポーツ報道のあり方を大きく変えたできごとだった。

「フィギュアスケートの勉強もしましたが、ジャンプの見分けすらできません。技のことは解説者に任せることにして、私はそれ以外のエピソードを選手に取材して、紹介するようにしましたら、こんな驚くことがありました」

 そういって永井さんは続ける。

「ペアで金メダルを獲得したのは、素晴らしい滑りを見せたアレクセイ・ウラノフとイリーナ・ロドニナ(ロシア)でした。そのあと何も知らずに、銀メダルのリュドミラ・スミルノワ(ロシア)が指輪していていたので『もしかして婚約指輪?』と聞くと『そうです』と。実はウラノフとスミルノワは秘密の恋仲だったんです。札幌五輪後2人は結婚し、失恋したロドニナはスミルノワのペア相手と組んで競技を続け、その後、五輪3連覇を果たしました」

 スポーツ報道だからといって、競技のことだけを深掘りするのではない。女性視点でのインタビューが、スクープに繋がったのだ。

 永井さんはその後も女性初となる、経済ニュースキャスター、解説委員などをへて埼玉放送局長に。

「局長時代は初めてマネジメントの立場になりました。まずは200人ほどの社員全員の名前を覚えることから始めました。3年間の在籍中にはとにかく全員とランチをし、コミュニケーションを取り、また地域との交流イベントをたくさん開きました。皆の話を聞いて、選択して、実行する。それが私のマネジメントでした」

浦野珠里さん(c)カルティベータ
浦野珠里さん(c)カルティベータ

川崎フロンターレアカデミー支配人「トイレを綺麗に」

 次に登壇したのは、川崎フロンターレアカデミーの新拠点となる「Ankerフロンタウン生田」支配人の浦野珠里さん(57)。今年3月にオープンしたスポーツ複合施設で、女性の支配人の抜擢が話題になった。

「日本代表の三笘薫選手や田中碧選手らも、川崎フロンターレアカデミーで育っていきました。これからも世界で活躍する選手を育てたいという思いが詰まった拠点です。さらにラクロスやラグビーでの使用や、バスケの公式戦ができる体育館もあり、さまざまなスポーツの拠点となります」

 女性支配人として意識していることを問われると、こう答えた。

「とにかくトイレを綺麗にピカピカにしています。よく、玄関とトイレを見れば人がわかる、などと言われますし、やはりトイレが綺麗かどうかは、気にかけていますね。あとは支配人だからといってデスクに座っていないで、お客さん1人1人ととにかく立ち話することです」

増田明美さん(右)(c)カルティベータ
増田明美さん(右)(c)カルティベータ

増田明美さん、解説では「どこかで笑わせてやろうと思ってる」

 3人目の登壇者は、スポーツジャーナリストの増田明美さん(59)。取材現場で心がけていることを聞かれ、こう答えた。

「私が大切にしているのは、とにかく現場で見ることを大事にしています。一番大事なのは選手が頑張っていることとか、選手が必要だと思っていることとか、現場目線での話ですね。あとは、どこかで笑わせてやろうと思ってますね。サービス精神が行き過ぎて、失敗も多いのですが(笑)」

 そしてこう続ける。

「やっぱり男性記者が聞かないことを、私は聞いてやろう!って思いますよね。ご飯は何が好き?とか。選手が『ネギマ』のキーホルダーをつけていたので理由を聞いたら、『ネバーギブアップが縮まって、ネギマだから』と。そんな話を実況解説のときに紹介しているんです」

杉野裕一さん(c)カルティベータ
杉野裕一さん(c)カルティベータ

「女性は生活者の視点から、仕事とのアイデアを出せる」

 また多数の会社を経営するコンサルタントの杉野裕一さんが登壇。女性の視点を生かしたブランディングや商品開発について語った。

「どんな事業でも、これがなければ絶対に成功しないというキーワードが『共感』です。今はSNSもあり、皆に喜ばれるもの、共感が重要になる。そして女性の方と一緒に仕事をしていると、仕事としての視点ではなく、生活者の視点で共感できるアイデアが生まれ、とても助けられてきました。男性は組織の中で生きてきて『私』になれないけれど、女性が働きながらも育児、家事をこなし生活を守ることで『公私』のオンオフを常に切り替えている。女性の観点が、商品作り、組織づくりなどに生かされています」

 最後に、主催の宮嶋さんはこう締めくくった。

「スポーツは勝利を目指す段階で、体力、技術がある人が勝っていくため、どうしても強さが強調されやすい世界です。しかしスポーツ界で女性が活躍していくためには、新しい要素や得意分野をそれぞれが見出していかないといけません。コミュニケーション能力や、新たな人間関係づくりは女性が得意とするところ。新たなスポーツ社会づくり、コミュニティづくりを、私達も目指していきたいと思います」

 参加者らは、それぞれの発表に「私もそう!」と何度もうなずき、共感しあった様子。これからも女性ならではの視点を活かし、スポーツ界をさらに盛り上げていくことを、改めて確認しあっていた。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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