浅田真央が宙を飛ぶ。タップにコンテンポラリー、そしてオーケストラ「見たことのない景色を」
浅田真央さんが座長として率いるアイスショー『Everlasting33』が6月2日、立川ステージガーデンで開幕した。120分ノンストップのショーは、33歳を迎えた真央さんの進化、そしてアイスショーの遥かな可能性を示す舞台だ。その初日の様子をレポートする。
一流同士が魂をぶつけ合う緊張感
まず会場に入った瞬間に、オペラやバレエを思わせる『劇場』の空間に息を呑む。天井にシャンデリアが輝き、舞台には重厚感あるバラ色の垂れ幕。そしてせり出したリンクを囲むオーケストラピッチからは、チューニング音が響いてくる。真央さんが『世界初の劇場型』とこだわってきた空間が、まさに実現していた。
さらに『公演時間およそ120分』の掲示を見て驚く。3月の練習開始のころ真央さんは「100分くらい」と話していた。演じたい曲や演出が、日々増えていったのだろう、と想像がついた。
ほぼ定刻通りの午後2時2分、シアターオーケストラトーキョーの指揮者・井田勝大さんが登場。オープニング曲『Dance of Curse』が鳴り響くと、ゴージャスな衣装に身を包んだ11名のスケーターが現れた。ファンからのリクエストで決めたという一曲で、「私でも難しい振り付けを、みんなが自力で試行錯誤して仕上げてきた」という。
オーケストラの音色は、これでもかというくらいに強弱と濃淡を繰り返す。それに呼応して、スケーターが複雑なフォーメーションを変化させていく。コンパクトなリンクの中で、動きは小さくならず、むしろ舞台ギリギリを攻める。
「オーケストラの方にとってもスケーターにとっても、初めてとなる全曲生演奏でのショー。初日に起きる爆発が楽しみ」
そう真央さんが語っていた、まさに初日の一曲目。一流同士が魂をぶつけ合い、観客席にまで緊張感が伝わってきた。
対極となるのが2演目めの『アルビノーニのアダージョ』。今度は魂の融合といった雰囲気で、真央さん、田村岳斗さん、柴田嶺さんの3人が、オーケストラの音色と一体化していく。氷を削る音や、トウでステップを刻む音が、楽団の音色と混ざりあい、新たな音楽を創造した。
冒頭から真央さんの演技が続き、夢心地。あちこちから、ため息が漏れ聞こえてくる。実は今回、『劇場感』の演出のためバナーや応援グッズは禁止となっており、声援も自粛。それでも思わず「真央ちゃんコール」をしたくなるような、圧倒的な作品だった。
踊り手のテンションに合わせて演技を引き出す演奏
ここからは、真央さんも選曲・振り付けに関わったというバレエ曲のメドレーとなる。
「それぞれのスケーターに『この曲はこういう愛を表現して欲しい』というのを伝えています。それぞれが自分の経験からにじみでる愛を演じてくれています」
そう真央さんが語っていた、各メンバーによるソロナンバーだ。スパイラルや、スピン、ステップ、それぞれの特性を見極めたエレメンツが、舞台の端ギリギリを攻めるように配置されている。なにより圧巻だったのは、見せ場になるとオーケストラがゆったりと間を取り、スケーターが存分に得意技を繰り出せるよう呼吸をあわせていたこと。熊川哲也の率いるKバレエの演奏を担当しているプロだからこそ。踊り手のテンションに合わせて演技を引き出す演奏に、鳥肌が立った。
命綱は無し、体当たりのエアリアル
その熱量が冷めやらぬなか、間奏の間に、セットチェンジ。昨夏に“インプットの旅”に出た真央さんが、シルク・ドゥ・ソレイユを見て、本場の空中パフォーマンス(エアリアル)に影響を受けたという話を思い出す。ドキドキしながら待つと、『タイスの瞑想曲』の調べにのり、真央さんと柴田さんが宙から登場した。
スケート靴を履いたままのエアリアル。当然だが、足先を使えないぶん、危険度は高い。しかも命綱もつけず、まさに体当たりの演技だ。
空中演技のあと、氷上でスケートの演技。そして柴田さんは足だけを布に絡めた状態で、両手で真央さんを抱き上げ、ふたたび宙へ。この短期間で身につけたとは思えない、高度な技の数々に、期待と不安、驚きと祈り、さまざまな感情が胸中を巡る。最後に2人が宙へと登っていく姿には「キャー」「オオー」と感嘆が漏れた。
タップ、そしてコンテンポラリー、スケート靴を脱いでも魅せる
後半は、名ミュージカル、名映画のメドレーが続く。その中で、真央さんが新たな才能を披露したのがタップダンス。スケート靴からタップシューズに履き替え、第一人者であるHideboHさんとともに圧巻のタップを披露した。舞台上だけでなく、観客通路を行ったり来たり。観客とハイタッチも混じえて、“劇場型”を生かした演出で魅せた。
タップとのコラボレーションは、後半の田村岳斗さんも秀逸だった。無音の中でHideboHさんがタップ音を響かせるシーンでは、指揮者の井田さんがオーケストラピッチから顔をのぞかせて楽しんでいる姿も。タップの音と、田村さんの小刻みなステップ、そしてオーケストラの3者が一体となり、大歓声がおきた。
また真央さんは、振付師Seishiroさんとのコンテンポラリーダンスにも挑んだ。舞台中央に置かれた舞踏台の上で、全身をダイナミックに、かつしなやかに開放していく。Seishiroさんと繰り広げる躍動感で、観客を異空間へといざなった。
中盤のクライマックスとなるのは、真央さんが亡き母・匡子さんへの永遠の愛を伝える『Kiss the Rain』。今回の生演奏のなかでも、このピアノはもっとも繊細に、あえてボリュームを落として演奏される。だからこそ、エッジが氷を削る音や、ジャンプのランディングの圧力、そして呼吸1つ1つが際立つ。優しさと、哀しさと、そして希望。真央さんの心が、演技と音色の両面で表現された。
「最後のソロは、私のすべての思いが詰まったプログラム」
そしてスケーターとしての進化を感じさせたのは、真央さんと柴田さんによるタンゴメドレーである。マイア・シブタニ&アレックス・シブタニによる振り付けで、アイスダンサーならではといえる距離感、ユニゾンの一体感を詰め込んだ作品だ。
もともと「嶺くんとはスケーティングのカーブが不思議なくらい合う」と話していた真央さん。深いエッジに乗って、複雑なカーブを描き出す。ローテーショナルリフトやスライディングムーブメントで観客を沸かせた。
「動き方や組み方など、アイスダンスは初めてのジャンルなので、かなり大変でした。でも自分たちにしか出せない一体感や、これまでいろいろな経験を積んできたからこそ出せる大人のパフォーマンスができたら良いなと思います」
スタートから約2時間。暗闇のなかで『ボレロ』の序奏が静かに鳴り響く。オーケストラ達がここ一番の溜めを作り、その音色が、これが『締めとなる真央さんのソロだ』と予感させる。
演技は、シンプルなサークルを描くコンパルソリーで始まる。フィギュアスケートを習い始めた頃の、最初の課題。だんだんと演技は複雑に、そして力強く進化していき、最後は力強いウィンドミルで締める。
「最後のソロは、スケートへの愛や、スケートそのものを永遠に受け継いでいく気持ちとか、私の人生とか。今までのすべての思いが詰まっているプログラム」。
そう話していた真央さんの言葉が、脳裏に蘇った。
『ブラボー』がこだまする、劇場の空間
エンディングでは、スケーターひとり一人が、観客に薔薇を渡していくシーンも。幕が降りると、オペラさながらに『ブラボー』の声援がこだました。
1つハプニングもあった。エンディング後の舞台挨拶で、真央さんが衣装のすそを踏んで、ころりと転倒。真央さんも驚いたのか、しばらく悶えたあと起き上がって、右手で頭をコツンと叩いた。
『ボレロ』の時点で、すでに足に限界が来ているなか、精神力で演じているのは見て取れた。幕が降りて気が抜けたのだろう。珍しい転倒に、言葉通り全身全霊を出し尽くしていたことが伝わってきた。
準備を始めた段階から、真央さんが繰り返していたのは「初めて見る景色をお客様に届けたい」というもの。スケートの無限の可能性を追求し、永遠の魅力を伝える――。真央さんからの愛を、しっかりと受け止めた120分だった。