「ゆず」との融合が生み出した、爽やかな“高橋大輔”と、躍動感あふれるスケートの世界
エネルギーの爆発――。そんな言葉がふさわしい舞台だった。高橋大輔さんが主演を務めるアイスショー『氷艶 hyoen2024-十字星のキセキ-』が6月8日に横浜アリーナで開幕。スケート界にとって初となる、日本のトップアーティストゆずとのコラボレーションだ。楽曲が心を動かす力と、スケートの持つ疾走感が融合し、新たな感動を生んだ。
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2017年にスタートした同アイスショーは、日本文化とスケートを融合させた先進的な舞台を送り届けてきた。4作目となる今回は『氷艶 hyoen2024-十字星のキセキ-』と題し、宮沢賢治の銀河鉄道の夜をモチーフにした、現代ファンタジーだ。スケーターと俳優、ダンサーら38名が出演。スケーターにもセリフや歌があり、逆に俳優や歌手らもスケート靴を履いて氷上に乗る。本番までどんな化学融合が起きるのか分からない舞台である。
『言葉での表現も含めて、僕は表現することが好きなんだな』
高橋さんは、初演に先立ちこう話していた。
「僕が初めてセリフや歌があったのは、『氷艶hyoen2019-月光かりの如く-』の時でした。稽古のスタートの時は、本当に照れてしまって大変でしたが、結果的には、お芝居がとても楽しくなり『言葉での表現も含めて、僕は表現することが好きなんだな』と思いました」
高橋さんが「好き」と感じていたこともあるだろう。今回のショーの冒頭は、スケートの演技ではなく、主人公のカケル(高橋)とトキオ(大野拓朗)のかけあいから始まる。
「僕のセリフがストーリーを展開させていく重要な役割になる」と高橋さんが話していた通り、役者としての演技力が問われる場面だ。冒頭から、高橋さんの新たな一面が見え、このショーを通してどんな進化を遂げていくのか、楽しみになった。
『自分の内面的なことをしっかり感じて、表現していきたい』
舞台は一気にカケルとトキオらの中学生時代へと戻る。楽曲の1曲目は、ゆずの『HAMO』。ゆずの楽曲が心をくすぐり、出演者らの生き生きとした歌声が感動を押し広げ、そしてスケーター達がパワーを加える。新たなエンターテインメントの魅力で、一気に観客を別世界へと引き込んだ。
ストーリーは、夢を誓いあった幼馴染のカケル(高橋)、トキオ(大野)、ユキ(村元哉中)の3人が主人公。ユキは病に倒れ、ユキを支えるために夢を諦めたカケルはバイクで命を落としてしまう。残されたトキオはその後を追おうとするが、気づくと、銀河鉄道の旅に出ていた――という設定。さまざまな葛藤を抱えるトキオを、カケルが「本当の幸いとは何か」を問いかけ、導いていく。
「今回の僕は、導いていく人という立場。『LUXE』や『月光かりの如く』のように、若い青年の気持ちのまま進んでいくのではなくて、内面的なことを伝える役割です。今までとはだいぶ違うキャラクター。そういった意味で、自分の内面的なことをしっかり感じて、表現していきたいと思います」
『相手に対して、見返りを求めない気持ちでいられるように』
高橋さんはこの『氷艶 hyoen2024-十字星のキセキ-』のテーマを「自己犠牲」だという。
「人のために自分は何ができるか、ということを考え、改めて自分を見つめ直す舞台になったらいいなと思っています。舞台では、震災や詐欺など、色々な挫折や壁が訪れます。それでも、色々なことを乗り越えて、希望にむけて進んでいこうよ、というメッセージを伝えられたら、と思っています」
実際に、台本を手にしてから、自己犠牲とは何かについて考えたという高橋さん。
「自己犠牲とは何か、すごく考えました。僕自身は、『自分が納得して、何かをしてあげられる』のが、自己犠牲かなと思います。『人のため』にという感じではなく、『自分がしたくてやった』と思えること。逆に、『あなたのためにしてあげたのに』と押し付けるのは自己犠牲ではないだろう、と。結局は『自分を大切にできないと、人を大切にできないな』とも感じました。そう意識してからは、周りに対しても、見返りを求めずに『これは僕がやりたくてやったこと』という気持ちでいられるようにしています」
そのうえで、「最大の自己犠牲は、やはり両親です。改めてすごいことだなと思っています」と高橋さん。
『ゆずさんの歌詞は、心にスッと入ってきます』村元
夢、挫折、人の死、裏切り、震災、自己犠牲、憎悪、さまざまな場面が展開し、トキオ(大野)の揺れる心を、カケル(高橋)が導いていく。途中、セリフを混じえて、ミュージカルのように、ゆずの楽曲を出演者たちが歌う。もともとある楽曲なのだが、その場面での心理を見事に表現する作品ばかりだ。
村元さんはこう話す。
「ゆずさんの楽曲は全部素敵で、楽曲の歌詞が、面白いくらいにストーリーにバチっと合うのです。ゆずさんの歌詞は、心にスッと入ってきます」
病に倒れたユキ(村元)に愛を誓うシーンでは、高橋さんがソロで『守ってあげたい』を歌いあげ、2人で滑る。アイスダンスを組んできた2人にしかできない自然な滑りに、歌詞のパワーが加わることで、心理表現がより奥深いものに広がっていった。
村元さんは公演前、こう話していた。
「スケーターは普段、体を使って表現することしか出来ません。でも前回の『LUXE』に参加させていただいた時から、こんなコラボレーションがあるのかとインスパイヤーされていました。今回は自分にもセリフや歌があるので緊張していますが、ボイストレーニングも頑張って、新たな自分を見つけたいと思います」
友野の熱唱、島田の妖艶な表現、新たな一面も
そのほかのスケーターたちも、ゆずの楽曲を通して新たな一面をのぞかせた。友野一希はセリフだけでなく、歌でも大活躍。『命果てるまで』の歌唱力には、驚かされた。また島田は、派手なコスチュームで役になりきり、コミカルなものから妖艶なものまで、印象的な演技を次々と披露する。試合では見せることのない表現力の幅が垣間見えた。
ラストシーンでは、ゆずの2人が登場。今回のために描き下ろした新曲『十字星』を熱唱する。さらにサプライズで『虹』も披露。そしてラストは『Beautiful』で、トキオが新たな未来へと羽ばたいていくシーンを歌詞が見事に演出する。
この日、ここでしか生まれない、新しいエンターテインメント
今回の演技では、高橋さんの新たな表現も感じられた。それは従来のフィギュアスケートで多用されてきた曲ではなく、“ゆず”の楽曲だからこそ引き出された、新たなテイストだ。爽やかで、生き生きとして、ちょっと可愛らしい雰囲気の“高橋大輔”。いつもの濃厚で深い表現の世界とは対極の、フレッシュで軽やかな香りが後味として残る。38歳になってなお、新たな表現域へと踏み込める多彩さに驚かされた。
そして高橋だけでなく、全出演者がエネルギーを全開にさせていた。それは『滑走屋』のプロデュースの時から繋がってきたもののようにも感じられる。全出演者が、自分の役に徹するだけでなく、相手と繋がり助け合って、前に進もうとする。「高橋と一緒に、まだ見ぬ新たな感動を創り出したい」という情熱。そのエネルギーの塊に、ゆずの魂を震わせるような歌声がぶつかり、爆発がおこる。この日、ここでしか生まれない融合が、新しいエンターテインメントの誕生を物語っていた。