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顔面死球を受けながらプレーを続行したベテラン捕手が代弁する現場の投手たちの思い

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
顔面に死球を受けながら最後までプレーを続けたジェームス・マキャン選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【顔面死球を受けても出場を続けたベテラン捕手】

 数日前のことだが、MLBでガッツ溢れる出来事が起こったのをご存じだろうか。

 オリオールズのベテラン捕手、ジェームス・マキャン選手が現地時間7月29日のブルージェイズ戦に先発出場し、1回裏の2死満塁で迎えた第1打席で相手先発投手ヤリエル・ロドリゲス投手が投げた95mphの速球を顔面に受けるアクシデントが発生した。

 鈍い音を立てながらグラウンドにうずくまるマキャン選手の姿は肝を冷やす場面だったが、鼻から流血しながらベンチに戻ってトレーナーの治療を受け、血に染まったユニフォームを着替えると、何事もなかったようにグラウンドに戻りプレーを続行。地元ファンから大きな拍手で迎えられたのはいうまでもない。

 結局この日のマキャン選手は最後まで出場し、3打数1安打1打点の活躍をみせ、チームの勝利に貢献している。そして試合後は顔を腫らしながら笑顔でメディア対応する姿がSNS上で拡散され、人々の関心を集めることとなった。

【死球を受けたからこそ投手の気持ちを代弁】

 実はマキャン選手だけでなく2日後の同じブルージェイズ戦で、5回裏の攻撃中にジョーダン・ウェストバーグ選手が右手首付近に死球を受けている。その後ウェストバーグ選手もプレーを続行したが、痛みが酷かったのか6回表の守備から交代を余儀なくされてしまった。

 そして翌日に精密検査を受けた結果、死球を受けた箇所が骨折していたことが判明。そのまま10日間の負傷者リスト入りが発表されている。今シーズンはユーティリティ内野手として先発の座を勝ちとり、オーススター戦に初選出された25歳の若きスター候補選手の戦線離脱は、ア・リーグ東地区で熾烈な首位争いを演じるチームにとって大きな痛手となったのは間違いない。

 だが自らも死球を受け、仲間の死球でチームがピンチを招いたことになろうとも、マキャン選手は投手を批判することはなかった。むしろ捕手として投手を支える立場だからなのだろうか、ボルティモアの地元メディアの取材に対し、厳しい環境に置かれている投手を擁護する姿勢を示している。

【暗黙の了解だった滑り止めすらも禁止したMLB】

地元メディアの記事によれば、マキャン選手の発言は以下のようなものだ。

 「今日の試合において多くの投手たちがフォーカスしていることは、少しでも速いボールを投げることだと思う。全力でボールを投げようとすればするほど、その分ボールの行方を制御できなくなる。

 投手たちと話をしながら、彼らの多くがもう少しボールを制御するためにもボールを滑らないようにしたいと願っている。

 スパイダータックに関してはまったく別次元の話で、平均的な球速の投手を平均以上のボールを投げるようにさせるものだ。日焼け止めクリームやロージンなどには、そうした効果はない。だが投手たちが制御不能なボールを投げないようにする手助けにはなると思う」

 マキャン選手が指摘するように、球界内にスパイダータック(ボディビスダーなどがウェイトトレーニングの際に使用する滑り止め剤)を使用する投手が現れると、回転数や球速が上昇する傾向が見られるようになり、打者を中心に問題視する声が噴出するようになった。

 これに対処すべくMLBは2021年シーズン途中でルール変更を実施し、ロージン以外の滑り止め剤の使用を全面禁止とし、投手は試合中に審判からグローブや手のひらを定期的に確認され、滑り止め剤の使用が疑われると、即座に10試合の出場停止処分を受けるようになった。

 この結果MLBでは、スパイダータックだけでなく、それまで球界内で暗黙の了解で滑り止め剤として使用されてきた日焼け止めクリームやシェービングクリームなどもすべて排除されることになってしまったのだ。

 つまり現在の投手たちは投球の高速化が加速度的に進む一方で、以前より過酷な環境で投げ続けているということになる。そうした現場の意見を、マキャン選手は代弁してくれたのだ。

【ここ数年は死球率が高水準を維持】

 実際データを確認しても、ここ数年はリーグ全体で死球率が高水準を維持し続けている。

Baseball Reference」によると、新型コロナウィルスによるパンデミックで短縮シーズンに終わった2020年は、1試合当たりの死球率が0.46と記録的な数値を残しているが(キャンプの短縮で実施されたため投手の準備不足が否めない)、新ルールを採用した2021年以降も0.43、0.42、0.43で推移し、今シーズンも0.43を維持している。

 ちなみに死球率が0.40台に到達したのは2018年が初めてのことで、そこからずっと0.40台を割り込んでおらず、前述のようにここ数年はさらに高水準を維持している状況だ。こうしたデータも、マキャン選手の発言内容を裏づけるものだ。

 すでにMLBは滑りやすい公式球の改善に取り組むことを明らかにしているが、遅々として進まず今も野放し状態になっている感がある。

 果たしてマキャン選手の声は、ロブ・マンフレッド・コミッショナーやMLBに届くのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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