「ONE PIECE」は海賊史の専門家が読んでもおもしろい 実はリアルなエピソードの数々
先日、記念すべき100巻が発売された人気漫画『ONE PIECE(集英社)』。17-18世紀のカリブの海賊を参考にしているとされる本作について、海賊史の専門家であり清泉女子大学文化史学科の准教授・桃井治郎さんに伺った。
前編はこちら:「ONE PIECE」はフィクションじゃない? 歴史家が語る「リアル海賊」の世界
桃井治郎
清泉女子大学文学部文化史学科准教授
専門:西洋史、マグレブ地域研究、平和学
著書:『海賊の世界史』(中公新書)、『「バルバリア海賊」の終焉』(中部大学/風媒社)、『アルジェリア人質事件の深層』(新評論)など
■有名な海賊もだいたい2-3年で捕まっていた
ーーそもそも、「海賊」とはなんなのでしょうか?
これは難しい問題です。というのも、襲われた側からすれば明らかに海賊に見えても、海賊から見たら国をかけた戦争の一環という言い分もあるわけです。
ーー『ONE PIECE』でも、海賊と言いつつ実際ルフィたちがやっていることは人助けになっていることが多いですね。
そうですね。特に『ONE PIECE』でモデルにされているカリブ海の海賊の時代は、権力に立ち向かうアウトロー的な要素もありました。
なので『ONE PIECE』は、そういう海賊たちの自由なヒーローらしいところを強調して描かれているように思います。
ーーヒーローのような海賊がいたとのことですが、たとえばどんな海賊がいたのでしょうか?
英雄として最も有名なのは、16世紀のフランシス・ドレイクです。ドレイクはもともと海賊だったんですが、まだイギリス海軍があまり発達していなかった時代ですので、王室に頼まれてイギリス艦隊の副司令官になるんです。
ドレイクは「アルマダの海戦」でスペインに勝ち、国を守ったヒーローになりました。スペインから見たら海賊ですが、イギリスでは銅像なども建てられている英雄です。
ーーおもしろい人物ですね。『ONE PIECE』はおもに17-18世紀のカリブ海をモデルにしているとされていますが、当時のカリブ海はどういうところだったのでしょうか?
これは話すと長いのですが(笑)、まず15世紀末以降、カリブ海はほぼスペインに独占されていたんです。カリブ海や中南米には金銀財宝などもあったのですが、スペイン以外の船は入ることすら許されていませんでした。
これに対して、スペインと仲が悪かったイギリスなどは、それが気に入らなかったんです。
でも、当時のスペインは大国でしたから、正面から戦ったら負けてしまう。なのでスペインの船を襲う海賊を、こっそり応援するようになったんですね。
ーー「政府に許可された海賊」というのは、『ONE PIECE』に登場する王下七武海のモデルにもなっていますね。
ただ、そのうちスペインの国力が衰えてくると「カリブ海を独占するのをもうやめます。その代わり海賊をやめさせてください!」という条約を17世紀にイギリスと結びます。
それで一旦、海賊は禁止になったんですが、今度はイギリスとフランスの仲が悪くなりました。それでイギリスは「スペインの次はフランスの船を襲ってやれ!」とまた海賊の許可を出したんですね。
ただし、これもフランスとの戦争が終わると禁止になりました。ところが、海賊たちからすると利益の大きい海賊という商売をやめたくないんですね。だから彼らは、国が禁止しても無視して海賊行為を続けました。
ーーめちゃくちゃ海賊らしいですね。
こうしてイギリスから離れたカリブ海の海賊たちは「海賊共和国」ともいえる一種のコミュニティを形成します。
『ONE PIECE』が参考にしているのは、おそらくこの「海賊共和国」の時代で、国から離れて自由気ままにやりだした海賊たちをモデルにされていると思います。
ーーかなり楽しそうですね。
そうですね。この時代は「海賊の黄金時代」とも呼ばれていて、有名な黒ひげティーチ、バーソルミュー・ロバーツ、アン・ボニーなどはすべてこの時代の海賊です。
ただ、この「海賊の黄金時代」というのは実はかなり短くて、10年ほどで終わりました。
ーー10年!『ONE PIECE』の連載期間より短いです......。
先ほどの有名な海賊たちも、数年で捕まって海軍に処刑されています。
ただ、身分制が厳しい当時としては珍しく、自由で平等なコミュニティが形成されたりしていて、魅力的な時代だったといえますね。
■海賊にアルコール中毒が多いのは理由があった
ーー海賊どうしの関係についてもお聞きしたいのですが、作中では別の海賊船どうしで戦うことも多いですが、実際にもこういった海賊どうしの戦闘というのはあったのでしょうか?
うーん、海賊同士が戦うメリットってあまりないんじゃないかと思います。お金が儲かるわけでもないし。
なので、戦うとしても個人的な恨みなどに限られるのではないでしょうか。
ーー意外とそこは平和なんですね!海賊どうしで戦うことがなかったとすると、海賊のおもな死因というのはなんだったのでしょうか?
やはり病気ですね。海の上は衛生状態も悪いので。船には川の水などを積み込むのですが、それも1-2週間で腐ってきてしまうんですね。
それで赤痢などの感染病になって亡くなるということは多かったようです。ひどいときには船が壊滅状態になるということもあったと思います。
ーー作中でも、ブルックがかつて入っていたルンバー海賊団が病気で深刻な事態になりましたが、これは実際にもあり得たことなんですね。1-2週間で水が腐るというお話がありましたが、その後はどうやって航海をしていたのでしょうか?
お酒です。水の代わりに傷まないワインや、ラム酒などを飲んでいました。
そのこともあって、海賊ってアルコール中毒が多いんです。
ーー確かに海賊はお酒好きが多いというイメージがありますが、そんな理由が隠れていたとは……!
あとは、「壊血病」とよばれるビタミンCの欠乏による病気も恐れられていました。当時は原因がわからなかったので海の病気とされていて、これで亡くなる海賊は非常に多かったんですね。
※ONE PIECEにも登場する「壊血病」
その後、ビタミンC不足が原因ということがわかり、ライムやレモンなどを船に載せるようになりました。
海に近い港町などでは、いまでもライムやレモンを入れたお酒がよく出されたりしますが、これもおそらくそういった船の習慣から来たものだと思います。
ーー海賊って私達から遠い存在だと思っていたのですが、意外と身近なところに影響が残っていたりするんですね.......!
作中では公開処刑などで命を落とす海賊もいます。こういった処刑が死因となる海賊も実際多かったのでしょうか?
そうですね。17世紀末ぐらいから、イギリス海軍がつかまえた海賊を見せしめのために処刑する、ということは起きていました。
イギリスのキャプテン・キッドなどはその例です。彼は縛り首にされて、たくさんの船が行き来するテムズ川の河口に死体をずっとつるされていたんです。これは、ここを通る船の船員に対して、海賊になったら「お前らもこうなるぞ」と見せつけるためのものでした。
ーー海賊って捕らえられたら基本的に処刑にされるのでしょうか?
基本的に処刑です。
ーーなるほど......。『ONE PIECE』をテーマにということでしたが、実際の海賊のエピソードだけでもドラマがあって、大変おもしろいお話でした!
歴史研究者から見ても、『ONE PIECE』のような歴史上のできごとを描いた漫画というのはとてもいいなと思うんですよ。
研究者というのは史料をもとに論文を書いていくんですが、歴史上の記録というのは必ず空白があるんです。「ここを知りたいのに記録がない」ということがしばしばあります。ただし、研究者はそこを勝手な想像で埋めてはいけないんです。
『ONE PIECE』のようなフィクションの作品は、(そういう歴史の空白の部分を)創造力でおぎなったり、発展させたりしていて、それは僕ら研究者が読んでもおもしろいんです。
ーーたくさんの知識を持っているがゆえの楽しみ方ですね。
それに、『ONE PIECE』を読んで歴史に興味を持つこともありますよね。僕は西洋史の教員をやっていますが、やっぱり漫画などから歴史に興味を持ったという学生は多いです。
漫画を読む方は、歴史を知ることで漫画がよりおもしろく読めますし、歴史好きの方にとっても漫画からいろいろな刺激を受けることができる。
漫画のようなフィクションの作品と実際の歴史というのは、対立するものではなくて、むしろ相乗的な効果があるものだと思います。
ーー原作ファンとしても非常にうれしいお言葉ですし、大変おもしろかったです!本日はありがとうございました!