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「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」(2) メディア周辺のことを考えてみよう

小林恭子ジャーナリスト

(昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、「メディアと法」研究会の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録です。)

内部告発をしたら、どうなる?

今回講演の依頼を受けた時、イギリスでは内部告発と告発者の保護についてどんな状況になっているかという質問を受けました。

内部告発に関しては列車事故や銀行のスキャンダルを背景として1998年に成立した公開開示法があります。

日本の内部告発の法律も、イギリスのこの法律を参考にしたというのを見たことがあったのですが、公務員も民間人も対象としています。誰でも内部告発ができるように、そういう法律をつくったのです。国外で起きた不正行為についても告発できます。内部告発を理由として雇用主から不利益を被らない権利を従業員が持つようにして、もし何か不利益を被った場合、雇用裁判所が救済をするようになっております。外部にいる人が告発した場合でも、もみ消しを防ぐため、保護されるという法律になっているようです。ここにメディアが絡んできます。

法律だけ見ると、すばらしいと思われるかもしれませんが、内部告発者のその後に関する記事を読みますと、ほとんどの場合、それまでいた組織をやめているか、あるいはやめさせられている。居心地が悪くなってやめてしまうことも多い。給料がかなり減ってしまったり、あるいは無職になったりしている。実際に雇用裁判所で闘う方もかなりいますが、内部告発をして、前と同じ会社に残り、組織自体もきれいになったという例は、あまり表には出てこない感じがします。

秘密がいっぱいの国

国家機密の話に移りたいと思いますが、その前に一つ、日本の国家機密とイギリスの国家機密を考えるときに、イギリスはどんな国かというのをちょっと想像していただきたいと思います。

今回の日本の特定秘密保護法案は、国家の安全保障に関わるいろいろな機密を対象としていますが、最終的に一番重要な国家機密は何かというと、生死に関わるもの、広く国民に影響を及ぼす機密だろうと思います。そういう意味では、軍事機密はかなり上のほうに来るのではないかと思います。

イギリスは昔からずっと戦争をやっている国で、いまも軍隊があります。自国内では軍隊が街角にいるということはないですけれども、海外に行って戦争をして、殺したり、殺されたりしております。

ふだんテレビでニュースを見ていますと、時折、アフガニスタンで兵士の誰さんが亡くなりましたというのが写真付きで報道されます。非常にリアルです。

若い人が亡くなったという報道を見ると、逆にこの人は、現地ではどれほどの人を「殺害」したのか、この殺害という言葉が正しいかどうかわかりませんが、何人の敵を倒したのかと思うと、やはりかなり複雑な思いがいたします。

核兵器がある国=イギリス

イギリスは核兵器を持っている国でもあります。その核兵器が抑止力になっている世界があるわけです。ですから、絶対にほかの国に漏れてはいけないような情報を持っている国なのです。

第2次世界大戦後は、「ファイブアイズ」体制があり、英語圏の5つの国、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの間で非常に密接に諜報情報の収集をしたり共有をしたりしています。5か国が一つのネットワークになっております。ドイツが入ろうとしても入れないのです。そういう状況があります。

一方、アメリカは世界で一番軍事力のある国ですので、そこに最も重要な、あるいは重要度の高い、世界の国民に影響が及ぶような機密があるわけです。そういう国と密に情報を交換しているのがイギリスだということです。

さらに、階級制が残っている点も、日本と異なります。階級制によって市民が差別されないよう、みんな一生懸命に頑張っているのですけれども、現時点ではやはりエリート層や金持ち同士が情報を共有するようなことになっています。階級制度による差別をなくす法律もありますし、いろいろな意味で努力していますが、どうしてもそういう上の方たちが情報を自分たちの中で共有しているようなことがあります。報道機関としては、これを暴露するといいますか、説明責任を持たせたりすることが報道をする際の非常に強い動因となるわけです。

イギリスは秘密がいっぱいです。「007」はフィクションですけれども、例えば第2次大戦で、イギリスによる暗号破りが勝利に大きく貢献したと説明されています。国民は諜報活動に一定の意義を認めており、憧れや敬意の対象になっています。

公務秘密法で国の保全情報をまもる

秘密保持に関する法律はイギリスでは昔からあり、何度か改正されています。一番新しいのは1989年版の公務秘密法で、政府が持っている秘密の漏えい行為に刑事罰が下るようになっています。

対象となる保全情報というのは、

(1)傍聴とインテリジェンスについての情報

(2)防衛情報

(3)国際関係、外国や国際機関から入手した情報

(4)犯罪についての情報

(5)通信傍受に関する情報

(6)上記についての情報で、他国に内密に伝達されたものです。

日本でもいくつか特定秘密保護法で設定されたものがありまして、これよりは少しは詳しいかもしれませんけれども、それほど大きな違いがあるのかというと、私から見ると、それほど大きな違いがないような気がいたします。

法律には次のような重要な部分があります。

「他人への公務秘密法に反する行為の要求、扇動、ほう助、教唆、またはあらゆる予備行為についても同刑となる」。

これは、メディアのことを意味しているのだと思いますが、これだけ読むと非常に恐ろしいです。今回の日本の秘密保護法にもやはり同様のことが求められているような感じがいたしました。

もともと、この法律が成立した最初は、「職務上知りえた一切の情報」の伝達が禁止されておりました。

89年の改正で、さきほどの(1)から(2)までにおいて、どんな情報かが限定されています。

イギリスは原則的にずっと長い間、秘密、秘密でやってきまして、国内の諜報活動をするMI5とか、国外のMI6については、もちろん「007」の小説をみんな読んでいたりしますけれども、長い間、公式には存在しないことになっていました。

もし違反した場合、処罰はどうなるのか。

「公務員が公務秘密法における(1)から(6)のいずれかに該当する情報を流した場合、最長で2年の禁固刑及び(あるいは)無期限の罰金の可能性」と規定されています。

日本の法案では、単純な比較ですけれども、10年とされています。年数的にはイギリスの方が少ないです。

もう一つは、「国家の安全保障や国益に損害を生じさせるスパイ行為」を働いた場合、このスパイ行為というのは、いわゆる国家の敵と見なされる相手に利を与える機密情報を記録したり渡したりすることですけれども、この場合は、最長で14年の禁固刑の可能性があります。

海外の法律も厳しい

今回の特定秘密保護法案の成立までの過程で、海外の状況について書いている新聞記事がありましたが、その中ではいかにも海外では処罰が軽いのではないかというニュアンスの記事も見ました。

もしかしたら私の読み方がおかしかったのかもしれないのですけれども、例えばアメリカにスパイ法というのがありますが、そのエスピオナージアクト(Espionage Act)では、もし違反した場合には死刑もあり得るのです。ですから、情報を外に流すことに対して、どの国もそれなりに厳しい罰を科すように法律上は設定してあります。

もっと広い意味の、秘密保護法に限らず、政府あるいは地方自治体の持っている情報をどこまで、どういう公開しているかという点に注目しますと、これは、アメリカが一番早かったと思いますが、イギリスは日本よりも遅くて、2000年に情報自由法(05年施行)ができました。これは「フリーダム・オブ・インフォメーション・アクト」というので、直訳は「情報自由法」ですけれども、実際には「情報公開法」と同じ意味です、この法律によって公的部門が保有する情報へのアクセスが保障されました。

前の前のイギリス首相だったトニー・ブレアさんの政権のときに成立したのですが、運用については非常に政府側が渋りまして、施行までに5年もかかりました。この法律を使って市民が公的組織に情報開示を要求することができます。ただ、公的組織が拒否する場合もあります。

開示が公益を害するとみなされた場合は除外情報としますが、20年後には開示されます。当初は30年でしたが、これは2010年に、20年に短縮されました。

日本の特定秘密保護法の場合は30年、あるいは非常に長くすれば60年ということで、年数だけ単純に見ると、イギリスの方が短い。ただ、安全保障関係の情報は20年より長い公開年限が認められますし、どちらがどうということもないのです。

年限が30年から20年に短縮されたことで、よりオープンになった印象を受けますが、現実と理想には大きな隔たりがあります。

議員の「経費」情報開示を拒み続けた

例えば、国会議員の経費に関するスキャンダルが09年に明るみに出ました。

国会議員の経費といっても、この場合は普通の経費ではなくて、地方に住む国会議員がロンドンにある議会に出席するとき、ロンドンの近くに住む場所がないとだめですよね。これを別宅と呼びまして、スキャンダルは別宅にまつわる経費の請求問題でした。

多くの議員が、不当に経費を請求しており、それを「デイリー・テレグラフ」という高級紙が暴露しました。

04年ごろから、フリーのジャーナリストや新聞社の記者が別宅の経費についての情報を議会に問い合わせたのです。情報が十分には出ない状況がありまして、情報公開法が05年から施行されましたので、これを盾に公的な情報なので公開してほしいと言ったのですが、議会側は05年以降もずっとこれを拒否しておりました。

09年に、デイリー・テレグラフが経費情報が入ったディスクを内部告発者から入手して、報道しました。

まもなくして国のほうでも経費情報を出したのです。ところが、それがPDFになっていまして、しかも、ほとんどが真黒だったのです。最後の最後までいろいろな情報を隠していたのですが、そういう非常に恥ずかしい事態となりました。

経費情報公開を求める裁判で、何年も公開を拒んできた議会側を代表したのが議長でしたが、テレグラフの報道後、辞任しました。イギリスの議会史の中で、議長が辞任したというのは、600年以上で初めてだそうです。議会の歴史はもっと前からありますが、前に辞めた人は600年以上前のことだったそうです。

ですから、例えば30年から20年間に短縮されるというところだけみると非常によいようにも見えますが、実際は情報がとりにくい場合があります。(つづく)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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