弁護士にして最強将棋ソフト「水匠」開発者、杉村達也さん(33)インタビュー
2020年5月3日、4日におこなわれた世界コンピュータ将棋オンライン大会では「水匠」(すいしょう)が優勝しました。
水匠開発者の杉村さんの本業は、千葉県の本八幡朝陽法律事務所に所属する弁護士です。
優勝決定後、杉村さんにお話をうかがいました。
――おめでとうございます。勝因は何ですか?
杉村「勝因はスレッドリッパー(Ryzen Threadripper 3990X)の性能がめちゃくちゃよかったこと・・・って言うと、AMDの回し者みたいになっちゃいますが(笑)」
※「AMD」半導体メーカー。日本AMD株式会社は2003年から06年までWCSCの協賛企業となっていた。現在では藤井聡太七段もAMDを使っているということで、将棋界では話題になった。
(2018年12月1日、叡王戦本戦・羽生善治竜王-菅井竜也七段戦にゲスト解説者として出演し、1:36:15あたりから「気になっていること」というテーマで)
杉村「けっこう評価関数、探索部ともに以前より強くなった・・・。まあ、私の尽力がいくらあるかわからないんですけれども」
――去年の水匠に7割勝つ、と。
杉村「1億ノード対局で」
――レーティングで何点ぐらい強くなったんですか?
杉村「200いかないぐらいです。150ぐらいですね」
――他のソフトと比べて、水匠の特徴みたいなものはありますか?
杉村「やねうら王ライブラリを完全に使わせてもらってて、そこからは、単に地道に『この数値にしたらどうなるのか』っていう検証をずっとやって。皆さんみたいに数理の知識はまったくないので。ランダムでガチャを引いて『あっ、これでいいな』という感じを続けて。検証対局だけはめちゃくちゃやったですけど。あんまり(特徴は)ないですね。単に何度も変更して」
――アピール文書を拝見しました。参加プログラムの独自工夫として「○手後に死ぬ局面」という・・・。
杉村「それは基本的にやねうら王の教師局面っていうのは、もちろん初手からの手数が入力されてるんですけど、それを逆に数値化して、『投了から何手か』という形にして、投了から近い方が『反省』がないだろうということで、学習率を上げるっていう形の方がいい学習ができるかな、ということで、それはやりました。たぶん終盤が強くなってるんじゃないか・・・。少なくとも、数字上、弱くはなってないです」
※「反省」コンピュータ将棋用語で、ソフトが劣勢を認め、評価値が急変すること。
――じゃあそれは、明らかに効果があったということですね。
杉村「うーん、どうですかね。他のこともたくさんやってるので、それによってなのかはは、あんまり自信はないです」
――今回はリモートでの大会になりました。この形式はいかがでした?
杉村「私は千葉に住んでいるので(世界コンピュータ将棋選手権会場として予定されていた神奈川県の)川崎に行くよりは自宅でできる方が、とは思うんですが、ただ、皆さんとの交流という意味では、現地に優るものはないかなと思います。本来、一番いいのは、両方やることですね。1年に2回、いかがでしょうか」
――開発者の皆さんにはいろんなモチベーションがあると思います。杉村さんはどういうモチベーションでコンピュータ将棋に関わっていますか?
杉村「これまでは『こんなに豪華なもの(公開されたライブラリ)を使わせてもらってるんだから、何かしら、少なくともこれだけ検証しましたというところでは貢献しようかな』とは思ってたんで。ただ来年からは勉強して、むしろノーシードから、という風には思っています。このままだと、まったく知識がないまま、本当にランダムでやってランダムで、という感じなので、そうじゃなくてちゃんと『こうなればこうなるはず』という論理というか。あと、プログラミング力もまったくないんで。いやほんとに。これは謙遜じゃなくて、まったくなので」
――プログラミングを始めたのは、どういうきっかけからですか?
杉村「プログラミングは小学生か中学生ぐらいから遊んではいたんですけど。ただそれは本当に遊んでるだけで。今もほぼやってない。皆さんのやってるに比べれば、まったくやってないと思うんですけど。ただ、コンピュータ将棋は、最初始めた時は、いい性能のパソコンがあって、ちょっとキメラとかで遊んだら強くなって楽しくかったから、というので入ったというのはあります」
――今後も続けていくつもりですか?
杉村「次はまずは(フルスクラッチで)自分で作って『きふわらべ』に勝つっていうところから始めます」
――杉村さんは弁護士として「棋譜の権利」に関して、将棋連盟とやり取りがあるところですが、その点に関してはいかがですか?
杉村「いま将棋連盟様も主催者様も(棋譜使用に関する)ガイドライン作成に向けて尽力していただいているのかなと思っています。私の役目というのはほぼ終わったのかな、と。何もやらなくてもガイドラインは作られていたということもあるかもしれませんが、これがあったがゆえにガイドラインを作ろうと思ってくれたというのであれば、依頼者の代理ですが、動いてよかったなと思います」
――コンピュータ将棋の発展がプロ棋界の技術向上に寄与しているという点は間違いなくあると思います。「共存共栄」という言葉がよく使われていますが、そういう点に関してはいかがでしょうか?
杉村「皆さんがBonanzaの時からオープンソース化していって、それでこんなにいろいろ使い勝手がよくなっていて、本当にすごいなと思います。今はソフトの方が人間より強くなったのかもしれないですけど、それでいま『共存共栄』という形になっているのは、とってもいいことだなと思いますし、もっとなっていく気がします。これからはたとえば、ディープラーニング(で開発されたソフト)の意見も聞かないと、この局面は『よし』とはできないな、というのが出てくると思います。そういうアドバイスとかは、開発者と棋士の先生が直接やり取りして、みたいな時代が来るかもしれない、というのは去年のやねうらおさん(の優勝時のコメント)みたいになっちゃいますが」
――ありがとうございました。