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日米でさらに差が広がる球数問題! NPB出身先発投手がMLBで成功するのはさらに困難に?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今シーズン大活躍した前田健太投手の平均球数は89.6球に留まっている(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【約2/3のシーズンを消化し完投率0.036%】

 NPBはセ・パ両リーグともに、シーズンのほぼ2/3を消化しようとしている。本欄ではシーズン開幕当初から何度か、投手起用法が着実にMLBの潮流に向かっており、先発完投型の投手が少なくなり、中継ぎ投手陣の起用がより重要になっている状況を指摘してきた。

 その傾向は今も続き、中日の大野雄大投手がここまで7完投を記録しているものの、NPB全体の完投率は0.036%と2000年以降のMLB並みの数値(現在のMLBはさらに低下し0.001~0.002%)で推移している。

 シーズン終盤に向け、すでに疲労が蓄積している中継ぎ投手陣のパフォーマンスを落とさずに、如何に最後まで起用し続けられるかが、勝敗の行方を左右することになりそうだ。

【エース級投手の球数は減っていない】

 だがその一方で、先発投手の球数がある程度制限されているMLBとは違い、NPBでは今もエース級の投手たちがかなりの球数を投げる傾向にある。

 ソフトバンクの千賀滉大投手が9月15日の日本ハム戦で、NPB全体で今シーズン最多の148球を投げたのが最たる例だが、9月28日現在で、先発投手が130球以上投げた試合が15回存在している。

 もちろん現在のMLBでは、エース級投手といえども1試合で130球投げることは滅多に起こらない。先発投手の起用法に関しては、まだ日米で大きな違いがあるといっていい。

【今シーズンの前田投手の平均球数は89.6球】

 MLBはすでに60試合の短縮シーズンを終え、現地時間の29日からポストシーズンに突入している。

 多くの方がご承知のように、今シーズンはダルビッシュ有投手と前田健太投手が目覚ましい投球を披露し、ダルビッシュ投手はナ・リーグのサイヤング賞の有力候補の1人と言われ、前田投手はWHIP(1イニングあたりの被安打+与四球数)でナ・ア両リーグのトップに立つ安定感を誇った。

 2人ともチームのエース格投手としてチームをポストシーズンに導く活躍をしてきたわけだが、実は両投手ともに、今シーズンの平均球数は100球を下回っている。前田投手に至っては90球をも下回り、89.6球に留まっている。

【MLBの主流は100球以内で6回到達が目標】

 そこで別表を見てほしい。ダルビッシュ投手、前田投手に加え、ア・リーグで最多イニング数を記録したランス・リン投手とナ・リーグ2位のカイル・ヘンドリックス投手、さらにNPBから、所属チームに将来のMLB挑戦の意向を伝えているとされる、菅野智之投手、千賀投手、有原航平投手の先発データを比較したものだ(NPB3投手のデータは9月27日現在のもの)。

(筆者作成)
(筆者作成)

 ちなみにヘンドリックス投手を選んだのは、ナ・リーグ1位のヘルマン・マルケス投手がヘンドリックス投手より1試合多く登板しているのに、2人の差は1/3回だったので、ヘンドリックス投手の方が平均的に長いイニングを投げていると判断したことによるものだ。

 如何だろう。MLBで平均球数が100球を超えているのはリン投手しかいないのに対し、NPBは3人とも100球を超えている。にもかかわらず、平均投球回数は菅野投手が7回を超えているだけで、他の2投手はMLBとさほど変わっていない。

 前田投手は表にあるように、ノーヒットノーランがかかった試合で115球を投げているが、それ以外の10試合では一度も100球を超えたことがない。またダルビッシュ投手も、100球を超えたのは12試合中5試合でしかない。

 しかもMLBの5投手は全員中4日もしくは中5日で投げ続けているが(ダルビッシュ投手とヘンドリックス投手が1度だけ中7日で投げているのは、カージナルスでチーム内クラスターが発生し、カブスとのカードが延期されたため)、NPBの3投手は基本的に中6日で投げている。

 NPBの3投手の中では有原投手がMLBに近い数値になっているが、あくまで中6日を基本にしているものだ。MLBに移籍し中4、5日で投げ続け、同様の投球ができるかはやはり未知数な部分が多い。

【ルール、環境の違いから生じている日米差】

 前述のように投手起用法がMLB型になる中で、今もNPBではエース級の先発投手たちが多くの球数を投げているのは、簡単にいってしまえば、ルールを含めた日米の環境に違いに起因している。

 MLBは出場ロースター数がそのままベンチ入りできる人数であるのに対し、NPBは1軍登録人数とベンチ入り人数が異なるため、常に余剰の先発投手を抱えることができる。

 しかもMLBは負傷などの不測の事態が起きないと、ロースターの入れ替えはできないが、NPBは簡単に1軍登録と登録抹消が行えるため、選手の入れ替え自体も重要な戦術の1つになっている。

 仮にNPBがMLBのルールをそのまま採用したとすれば、現在のような投手起用は間違いなくできなくなる。つまりNPBのルール、環境の下では、現在の先発投手の起用法がもっとも理想的なかたちだということなのだ。

【WBCで勝つために現行ルールはマイナス?】

 だがこれを選手目線で考えると、この日米差はかなり影響があるはずだ。

 当然のことながらNPBの環境下で活躍していた投手が、投球間隔が短くなり球数も制限されるようになれば、調整法も投球術もまるで変わってきてしまう。しかも昨今のMLBはポストシーズンでのパフォーマンスを考慮し、さらに球数が減少傾向にある。これからMLBを目指そうと知る先発投手にとっては、ある意味死活問題といえるだろう。

 もちろんダルビッシュ投手のように、MLB移籍1年目から活躍した例もある。だが2012年シーズンのダルビッシュ投手は29試合に登板し、平均球数は109.2球に及んでいる。現在とは状況がかなり違っているのだ。日米差はさらに広がっていると考えた方がいい。

 それだけではない。MLB選手が唯一参加し、真の世界一を競う国際大会は唯一WBCしか存在していない。これは紛れもない事実だ。

 だがWBCはあくまでMLBと選手会が牛耳っている大会であるため、これからも開催時期や開催場所(シーズン開幕前の3月で、決勝ラウンドは米国内)が変更されることは絶対にあり得ないし、先発投手の球数制限も撤廃されることはないだろう。

 それを踏まえれば、世界一の座を奪還したい侍ジャパンとしては、これからも先発投手の起用法に苦労することになるはずだ。

 果たして現状の先発投手起用法は、世界を見据えた上で最善といえるのだろうか。簡単には答えが導き出せない問題のように思う。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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