誰かのために善意のおすそわけ スーパーや店で食品を買って託すイタリア発祥「サスペンデッド・コーヒー」
イタリア・ナポリには、お金に余裕がある人が、自分のエスプレッソ代に加えて、見知らぬ誰かのエスプレッソ代を払う習慣がある。
それが、Caffe sospeso(カフェ・ソスペーゾ)だ。
英語では「Suspended Coffee (サスペンデッド・コーヒー)」、日本語では「保留コーヒー」と呼ばれる。
会ったことのない人の分まで、2杯分のコーヒー代を払い、もう1杯は、それを必要とする人が来るまで留め置かれるから「保留」。
日本では2013年にメディアが紹介
日本最大級のビジネスデータベースサービス、G-Search(ジーサーチ)によれば、日本の主要メディア150紙誌などのうち、日本で初めて「保留コーヒー」という言葉を紹介したのは、2013年5月23日、テレビ東京とテレビ大阪で放送された「ワールドビジネスサテライト」だ。
景気低迷により、当時、イタリアでは自殺者が増加しており、イタリア・ナポリにあるGAMBRINUSというお店では、オーナーのアントニオ・セルジョさんが「Caffe sospeso(カフェ・ソスペーゾ、保留コーヒー)」を復活させた。
日本でも、神奈川県川崎市にあるイタリアンレストランが同様の取り組みを始めたと聞き、2013年当時、広報を担当していたフードバンク(*)のスタッフや、フードバンクかわさきのメンバーと一緒にお店のオーナーさんを訪ね、筆者が2HJの公式サイトで紹介したことがあった(*フードバンクとは、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品を引き取り、食べ物を必要とする人や組織へとつなぐ活動、もしくはその活動をする団体を指す)。
イタリアではスーパーで買い物する時、誰かのために買い物してあげる
そして2020年。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による外出制限が始まり、カフェも休業してしまった。今は「カフェ・サスペーゾ」はできない。だが、フェイスブックのイタリア情報のグループで、「イタリアではスーパーで買い物する時、自分の分と一緒に、お金がなくて食べ物を買えない誰かの分まで買って、お店の人に託している」という情報を知った。書いた方も間接的に知ったようだ。これは本当だろうか。
そこで、日本在住のイタリア人女性、リタさんに、ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)の上で取材した。
パン屋やスーパーで自分の分と誰かの分を買い、お店に預ける
リタ:今、イタリアでは全国で「パーネ・ソスペーゾ」というのがあります。カフェ・ソスペーゾ(保留コーヒー)のイメージで。この記事の写真、見えますか?
リタ:これは「PANE IN ATTESA(パン・イン・アテーザ)」、待っているパン、という意味です。余裕がある人たちは、自分のパンを買うときに、他の人たちのために、もうひとかたまり買う。
ーそれはパン屋さんに置いておくのですか?
リタ:はい、スーパーマーケットでも。イタリアでは、パンは、主食であるだけでなく、シンボル的なものです。友情や、調和、平和のシンボルでもあります。最後の晩餐でキリスト様が言ったのが「このパンは私の体です」ということ。
この記事のタイトルは「カフェ・ソスペーゾから待っているパンまでの距離(ステップ)は短い」。つまり、カフェ・ソスペーゾをやるんだったら、パンでもやりましょう、という意味です。もう既にやっているから、これをやってもできるでしょう、辛くはないでしょう、みたいな意味で。
「パニエレ・ソリダーレ(paniere solidale)」というのもあります。イタリア語で「パンを入れたバスケット」。パンを、平等にみんなで分ける。
ナポリの美容院では「ヘアカット・ソスペーゾ」も
リタさんによれば、他にも、薬がなければ命を落としてしまう可能性のある薬に関し、薬を寄付する人と、薬を必要とする人をつなぐアプリができたり、今は店内で飲食できない飲食店のバウチャーを購入して将来的に使えるようにし、飲食店を経済的に支える仕組みなどが生まれている。
筆者が視聴したテレビ番組世界ふれあい街歩き「助け合いの下町 イタリア ナポリ」(2020年3月31日放映)によれば、イタリア・ナポリの美容院では、「ヘアカット・ソスペーゾ」もあるそうだ。年金生活者は、誰かが払ってくれたヘアカット代により、無料でヘアカットしてもらうことができる。
フランスでも同様の取り組み
フランスでも、2013年11月からカフェやビストロ、ファストフード店で同様の取り組みが始まっているそうだ。
日本全国でもイタリアの「保留コーヒー」に倣って善意の取り組み
日本でも、「保留コーヒー」に倣った取り組みが、これまでにも行われてきている。
最も注目を浴びたのは、冒頭の通り、2013年だ。2013年3月27日に立ち上がったフェイスブックページSuspended Coffees(サスペンデッド・コーヒー)は54万人以上ものフォロワーがいる。
沖縄県浦添市港川のイタリア料理店「セコンドカーサ」は、15歳以下の子どもが無料でピザを食べられる「ピッツア・ソスペーゾ」(ピザのお裾分け)を2020年3月18日から始めている(2020年3月22日付、琉球新報朝刊25面)。
埼玉県桶川市の古民家カフェ「HIBIKI CAFE」もイタリア「保留コーヒー」の仕組みを取り入れる(2020年1月31日付、朝日新聞埼玉版25面)。
東京都台東区と荒川区にまたがる山谷(さんや)地区の「さんやカフェ」は、1杯のコーヒーを買うとき、お金のない人のためにもう1杯を払うようにした(2018年1月27日付、熊本日日新聞夕刊)。
福岡市中央区の屋台「けいじ」は、12歳までの子どもや、経済的に余裕がない人に、650円のラーメンを「保留ラーメン」として無料で提供、これまで提供した保留ラーメンは2019年2月時点で300杯を超えたという(2019年2月25日付)。
北海道帯広市のうどん・そば店は、客が食事代を余分に払うとそのお金で誰かが無料で食事できる「ゴチメシ」を実施した(2016年7月14日付、毎日新聞北海道版26面)。また、福井県敦賀市のこども食堂と弁当店は、弁当代金500円を払うとき、上乗せして払うと、店が預かり、次に来店した子どもは無料で食べることができる取り組みを実施した(2017年8月3日付、福井新聞朝刊31面)。
こんな時こそ誰かのために善意のおすそわけを
前述のリタさんに、なんでイタリアでカフェ・ソスペーゾの習慣があるのかを聞いたところ「イタリアの9割くらいがキリスト教信者だからでは」との答えだった。もしそうならフィリピンもそうなるのでは?とさらに聞いたところ、「フィリピンは、西洋からキリスト教が来たわけだが、イタリアは、ローマ帝国時代が終わってからずっとキリスト教で、キリスト教の中心となったところだからでは」と話してくれた。
日々働いているお店の人へ、欠品や品薄で、お客が心ない言葉をかけるなど、気持ちがすさむ報道も多いが、こんな時こそ、イタリアの「カフェ・ソスペーゾ」の習慣や精神を見習いたい。
参考情報
ビュッフェの残りをなぜ寄付できるか イタリア食品ロス削減の最前線
ほんの少しの親切で誰かの心を温めるーイタリア・ナポリから始まった Suspended Coffees (保留コーヒー)
外食が高くコンビニのないイタリアの食品ロスは日本より少ない?ヨーロッパ最古の大学、ボローニャ大学訪問
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