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新艦対空誘導弾(能力向上型)はサイドスラスター装備で”PAC-3化”を目指す

JSF軍事/生き物ライター
防衛省予算(令和6年度概算要求)より「新艦対空誘導弾」 ※能力向上型ではない

 9月8日に防衛省から「令和5年度 事前の事業評価 評価書一覧」が発表され、17種類の新兵器の開発研究の概要が掲載されています。その中の「11、新艦対空誘導弾(能力向上型)」で新たな事実が判明しています。

 先ずこれは開発が完了したばかりで来年の2024年に正式採用予定の「新艦対空誘導弾」が、もう早速「能力向上型」と称して改良型の開発に入るということを示しています。「新艦対空誘導弾」は簡単に説明すると、陸上自衛隊の03式中距離地対空誘導弾(改)に大型ブースターを装着して長距離艦対空ミサイルとしたものです。

 そして「新艦対空誘導弾」から「新艦対空誘導弾(能力向上型)」への改良内容が事前の事業評価に掲載されています。

達成すべき目標:新艦対空誘導弾(能力向上型)

ア 高速目標の経路予測技術の確立

高高度から高速で侵入する目標を撃墜するため、レーダが取得した目標情報からFCS(※1)が予想会合点を正確に算出するための経路予測技術を確立する。

イ 高速目標の追尾技術の確立

高高度から高速で侵入する目標を撃墜するため、誘導弾が目標の軌道変化に追尾/応答するためのシーカー(※2)/サイドスラスタ(※3)技術を確立する。

出典:新艦対空誘導弾(能力向上型):令和5年度事前の事業評価:防衛省

(※1) FCS(Fire Control System):射撃管制装置

(※2) シーカー:目標の捜索等に使用する装置

(※3) サイドスラスタ:誘導弾の機軸と直交する方向にガスを放出し、機体を並進運動や回転運動させる装置

 サイドスラスターを新たに装備するとあります。つまりパトリオット防空システムのPAC-3のような特殊な迎撃ミサイルに進化させることになります。すると目的は弾道ミサイルと極超音速兵器の終末段階での迎撃です。

運用構想図:新艦対空誘導弾(能力向上型)

新艦対空誘導弾(能力向上型):令和5年度事前の事業評価:防衛省
新艦対空誘導弾(能力向上型):令和5年度事前の事業評価:防衛省

◆当該事業を行う必要性

各国で開発が進められている航空機や誘導弾は低RCS化等の多様な能力向上が見込まれている。特に、高高度から高速で侵入する対艦ミサイル等の脅威に対しては、従来の汎用護衛艦の誘導武器システムでは十分な対処が困難になりつつある。

このような脅威に対処するため、新艦対空誘導弾をベースとした能力向上、具体的には、誘導弾が目標の軌道変化に追尾/応答するためのシーカー/サイドスラスタ技術を確立し、日本周辺海域に展開し各種任務に当たる汎用護衛艦の作戦能力の向上を図る。

出典:新艦対空誘導弾(能力向上型):令和5年度事前の事業評価:防衛省

 「高高度から高速で侵入する対艦ミサイル等に対し、高高度で対処」とは具体的に言えば、ロシアの極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」や中国の対艦弾道ミサイル「東風21D」「東風26B」、極超音速滑空ミサイル「東風17」の対艦型などが迎撃目標です。

 令和5年度事前の事業評価の新艦対空誘導弾(能力向上型)の項目には一言も弾道ミサイルや極超音速兵器への対処とは書かれていませんが、「高高度から高速で侵入する対艦ミサイル等」とはこれ等のことを指します。直接名指しはしていませんが名指しをしたのと同然で、弾道ミサイルおよび極超音速兵器の終末防御を行うという意味になります。

 つまり運用構想図の「遠距離で対処」や「低高度に対処」という部分は改修前の「新艦対空誘導弾」で行えた能力を指していて、「高高度に対処」という部分が「新艦対空誘導弾(能力向上型)」で行える新たな能力を指しています。

 高高度では空気の密度が薄く、空力操舵では細かい操作が効き難くなります。そこでサイドスラスター(側面に噴射する)を用いることで機動性を維持し、高高度から降って来る弾道ミサイルおよび極超音速兵器の終末防御を行います。

03式中SAM(改)能力向上もサイドスラスター装備へ?

 前述のように「新艦対空誘導弾」は陸上自衛隊の03式中距離地対空誘導弾(改)に大型ブースターを装着して長距離艦対空ミサイルとしたものです。そして改良型の新艦対空誘導弾(能力向上型)はサイドスラスター装備と明記されました。

 であるならば、03式中距離地対空誘導弾(改)の改良型「03式中距離地対空誘導弾(改)能力向上」もサイドスラスター装備ということになります。おそらく順序は逆で、03式中距離地対空誘導弾(改)能力向上にサイドスラスターを装備する計画があり、次いで新艦対空誘導弾(能力向上型)にも適用するという流れなのでしょう。

03式中SAM改・能力向上「新規研究開発分」は迎撃ミサイルがどのような形状・仕様になるのか現状ではまだ分かっていません。仮にアメリカのパトリオット防空システムの「PAC-2 GEM-T(PAC-2誘導強化型・対戦域弾道ミサイル)」のような改修メニューならば、ミサイルの形状は変わらず中身の仕様が変わります。もしも「PAC-3」のようにサイドスラスターを備えた全く別物のミサイルの場合だと、予定されている開発期間が短過ぎるように思えます。

出典:弾道ミサイルおよび極超音速兵器への迎撃対応改良計画「03式中SAM(改)能力向上」(2023年5月4日)

※SAM:地対空ミサイルや艦対空ミサイルなどを指す。

 以前にサイドスラスター装備化の場合は予定されている開発期間が短過ぎるのではないかと懸念していましたが、この予想は外れており、自衛隊は本気で実装を行うつもりのようです。

03式中SAMシリーズ開発の流れ

  • 03式中SAM ※2003年正式採用
  • 03式中SAM(改) ※2017年正式採用
  • 新艦対空誘導弾 ※2023年開発完了予定
  • 03式中SAM(改)能力向上「早期研究開発分」 ※2026年開発完了予定
  • 03式中SAM(改)能力向上「新規研究開発分」 ※2028年開発完了予定
  • 新艦対空誘導弾(能力向上型) ※2031年開発完了予定
防衛省より令和4年度の事前の事業評価「03式中距離地対空誘導弾(改善型)能力向上」と令和5年度の事前の事業評価「新艦対空誘導弾(能力向上型)」の開発スケジュール比較
防衛省より令和4年度の事前の事業評価「03式中距離地対空誘導弾(改善型)能力向上」と令和5年度の事前の事業評価「新艦対空誘導弾(能力向上型)」の開発スケジュール比較

 03式中SAM(改)能力向上「新規研究開発分」が開発完了する2028年(令和10年)に新艦対空誘導弾(能力向上型)の試験が開始されて2031年(令和13年)に開発完了する予定となっています。

サイドスラスターの形式について

 タイトルで「PAC-3化」と書きましたが、実はサイドスラスターはPAC-3のような大量の小型固体燃料ロケットを装備する形式の他に、アスターのようにシャッターを付けて側面噴射をオンオフさせる型式もあります。03式中SAM(改)系統へのサイドスラスター実装がどちらになるのかはまだ判明していません。

PAC-3のサイドスラスター(VIEW1、実射試験で作動している様子)

  • VIEW1はPAC-3のサイドスラスターが作動している様子。白煙はその痕跡。
  • VIEW2はPAC-3のリサリティ・エンハンサー(ごく少量の炸薬と金属ペレットを組み合わせたもの)が起爆した様子。
アメリカ陸軍よりPAC-3の図解。赤線がサイドスラスター部分
アメリカ陸軍よりPAC-3の図解。赤線がサイドスラスター部分

 PAC-3のサイドスラスター部分はAttitude Control Motor (ACM、姿勢制御モーター) と呼ばれ、180個の小型固体ロケットモーターが装備されています。

アスター30NTのサイドスラスター(アニメーション解説)

 アスターのサイドスラスターは4つの噴射孔があり、シャッターで閉じたり開けたりして噴射を制御します。燃焼室は1つで共通になります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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