千葉・小1女児行方不明の現場近くにあった川岸の崩れ砂
松戸市の小1女児が遺体で発見された水難事案。ご本人もご家族もたいへんお気の毒です。本事案はまだ事故なのか事件なのか不明なので、亡くなった原因について憶測をもって語ることはここでは控えます。
行方不明のさなか筆者は女児の靴や靴下が置き去りになっていた現場の周辺を踏査しました。その結果、生活圏内に「ある危険」が潜んでいることがわかりました。それは、崩れ砂です。
※動画1を挿入しました (10月7日9:00)
崩れ砂とは
小学校に入るか、入らないかくらいの年齢のお子さんが単独行動で水難に遭った河川の現場を調査すると、かなりの確率で存在するのが崩れ砂です。
崩れ砂は単に川岸に砂が堆積しているというのではなく、崩れるぎりぎりの限界にある砂のことを指します。ここで崩れ砂を大きく2つに分けて図1に従いタイプごとに説明します。
タイプA:どちらかというと少し粒が大きな砂の堆積物からなる川岸です。川の流れによって堆積物が削られるため、川の中央部に行くほど水深が深くなります。雨などによる川の水位変動があり川岸の水際では勾配がきつくなっています。水中ではある一定の角度で傾斜します。分度器の角度でおよそ30度ほどです。これ以上傾斜すると砂が崩れ落ちるぎりぎりの角度、つまり安息角でなんとか安定しています。そのため、その斜面に人が乗れば、安定が崩れて人とともにいっきに砂が深い方に崩れ落ちていきます。
タイプB:比較的粒が細かな砂の堆積物からなる川岸です。泥にも似たような性質を示すので、草が生えます。草は群生したりします。この群生の下の砂には草の根が細かく張っています。根が張ることによって砂が崩れにくくなります。川の水位変動が大きいとその分だけ砂の堆積物が削られ、ほぼ垂直の崖ができます。砂は崩れにくいとはいっても川岸の水際に人が立てば、その体重に耐えられなくなり、砂は塊となって川に崩れ落ちていきます。
何が水難事故を誘発するのか
タイプAもタイプBもこれまで調査してきた幼い子供などの落水現場に見られた崩れ砂です。いずれも水に入る気はなくても、水際に近づくだけで落水する恐れがあります。
タイプAの崩れ砂に足を踏み入れると、小学校低学年の子供なら砂の崩れとともに瞬く間に沈水します。何とか川岸の方に身体の向きを変えることができたとしても、足元の砂がアリジゴクのように崩れるため、自力で岸に這い上がることがとても難しくなります。もがくほどかなりの砂が水中で舞い上がるので、服や体中の穴という穴に砂が入り込みます。過去の事故現場の具体例を図2に示します。
タイプBの崩れ砂では、一見するとしっかりした足元があるように見えるのですが、水際に寄り過ぎると足元の砂が塊となって崩落します。そしてそのまま身体が落水します。崩落しても川底から川岸までの高さがなければ、すぐに岸に上がることができます。ところが高さに差があると自力で上がることが難しくなります。ほぼ垂直の砂の壁ですから足をかける場所がないこと、手を川岸に乗せて腕の力で這い上がろうとすると、新たに砂が崩れてしまうことが理由です。手足の指先に這い上がろうとした時の傷ができるし、爪の間に現場の砂が深く入り込みます。タイプBの具体例を図3に示します。
江戸川の現場はどうなっているのか
川岸のタイプ
江戸川の現場では、女児の靴や靴下が置き去りになっていた場所のすぐ近くに川に降りることができる場所がありました。動画1をご覧ください。ここには典型的なタイプBの崩れ砂がありました。
動画1 女児の靴や靴下が置き去りになっていた場所のすぐ近くの水際の様子(筆者撮影 0分35秒)
動画では水面と川岸の高低差がよくイメージできないかと思います。イメージとしては図1の下の図が当てはまります。水面から川岸の水際の高さまでおよそ80 cm、壁はほぼ垂直に切り立っていました。かなり目の細かな砂からなり白く乾いている面では砂粒がよくわかりました。湿っている面では砂が泥のようにも見えました。
水際まで女児の捜索のために人が立ち入ったのでしょうか。所々砂の崩落の跡も見て取れました。筆者もぎりぎりまで川に近づきましたが、足元では砂が塊となって崩れそうでした。
動画の前半、川に降りていく時の様子を見ての通り、特に背の低い子供の目線では岸の先が急に落ち込んでいることはわかりにくいかもしれません。大人の目線では比較的容易に落ち込んでいることがわかります。
江戸川の水位
女児が行方不明になった日の川の景色はどうだったのでしょうか。国土交通省水文水質観測所情報(流山観測所)からデータを得て、女児の行方不明になった9月23日と24日の江戸川の水位と動画1を撮影した9月30日15時の水位を図4のように比較してみました。
その結果、動画1の川の水位は女児が行方不明となった23日の、15時頃の水位とほぼ同じだったことがわかります。そうすると当日の水面と川岸の高低差は80 cmほどだったと推測できます。
23日夕方からの水位は、15時の時点より10 cmくらい上がっています。その後の大雨により江戸川は増水し、24日23時頃には動画1撮影時に比較して200 cmほど上がっています。つまり、動画1に写っている川岸が完全に水没し、さらに120 cmほどの深さになるくらい水位が上がっていたことになります。
川へのアクセス
女児の靴や靴下が置き去りになっていた場所は広いサッカーコートでした。そのサッカーコートの端の風景が図5です。川に降りることができる場所はどうなっているかというと、写真では右中央に写っています。ここは草が生い茂っている川岸の中で唯一人が歩いて川に降りられるようになっている場所なのです。
川原の草は、川原が洪水時に流されないように根を張って地盤を守っています。そして水難事故防止にとっても重要な役割を持ちます。草をぼうぼう生やすことにより、人が不用意に川に近づけないようにしているのです。現場では子供の背丈ほどに草を伸ばすことにより、子供は川にほぼ近づけなくなっています。
川原のサッカーコートは広大です。ほぼ全ての水際で草が生い茂り人の川への侵入を防いでいます。しかしながら一般論としてこの方式は、一箇所でも「穴」を作ってしまうと水難事故防止の効果がほぼなくなります。特に付近の堤防からこの「穴」まで人が障害物なく近づけてしまうと、そこにだけ人が集中します。
水難事故の発生する確率は、現場にいる人の密度と現場の危険度の掛け算で決まります。今回の事案との因果関係は不明ですが、この広い川原の中でただここだけが水難事故の起こりやすい場所だと言えます。人々の生活圏内にこういった危険が普通に存在するのです。
まとめ
今年に入って、子供が単独で行動し、結果として川で溺死する(とみられる)事案が本件を含めて4件発生しています。筆者らの長年の事故調査の経験からこのような事案がここまで続く年は初めてです。背景にて何が起こっているのか、筆者には皆目見当がつきません。
わが国では、海まで流されるような比較的河口に近い河川で幼い子供の単独水難が発生しやすい傾向があります。水難学会では、今年度日本財団の助成を受けて、過去に発生した河口付近の子供の単独水難事案(事故として確定しているものを含む)の調査を行っています。成果がまとまり次第、順次報告する予定にしています。
※本稿に利用したデータの一部は、日本財団令和4年度助成事業「わが国唯一の水難事故調査 子供の水面転落事故を中心に」を実施することによって得られたものです。
※公開時、女児に関する表記が「野田市の小1女児が遺体で発見された水難事案」となっていましたが、正確には「松戸市の小1女児が遺体で発見された水難事案」です。