地下鉄サリン事件から20年。大量破壊兵器不拡散への取り組み
13人の犠牲者と6000人以上の負傷者を出した地下鉄サリン事件から、20日で20年を迎えます。
ラッシュ時の地下鉄に化学兵器が撒かれる前代未聞のテロは、世界に大きな衝撃を与えました。事件を起こしたオウム真理教への強制捜査の結果、生物兵器研究や自動小銃の製造にも着手していた事が明らかになるなど、国内の監視が強い先進国内でも、組織的に大量破壊兵器が製造可能だと証明された事も重要でした。以前からは考えられないほど簡単に、大量破壊兵器が製造できるようになったのです。
地下鉄サリン事件から6年後には米国同時多発テロ事件が発生し、世界は対テロ戦争に突入していく事になりますが、そこでもキーワードになるのが大量破壊兵器でした。
大量破壊兵器拡散への懸念と予防
アメリカによる対イラク開戦の口実となったのは、イラクによる大量破壊兵器の開発・保有疑惑でした。戦後の調査でイラクによる大量破壊兵器保有の事実は確認されませんでしたが、開戦前にアメリカが主張していたのが移動式の化学兵器製造プラントの存在でした。この移動プラントもイラクから見つかりませんでしたが、小型化・簡易化した化学兵器プラントが世界のどこかで表れる可能性は依然としてあります。
技術の発達により、ある国や集団が化学・生物・放射性物質・核兵器(CBRN)といった大量破壊兵器を製造する可能性は高まりつつあります。前述の移動式プラントの可能性もそのような懸念が背景にあり、世界の安全保障にとって大きな問題となっています。大量破壊兵器開発に転用される恐れのある技術や製品について、国際的な輸出管理の枠組みが作られる事になります。
冷戦中、兵器転用の恐れのある技術・製品の輸出については、旧東側に属する国家に輸出しないといった国別の禁輸措置が取られてきました(COCOM型輸出管理)が、冷戦後はCOCOM型輸出管理を改め、輸出に際しあらゆる国・非国家集団に対して、兵器転用の恐れが無いかを見極めるアプローチ(不拡散型輸出管理)になります。
また、2003年にはアメリカにより、「拡散に対する安全保障構想(PSI)」が唱えられました。2002年にスペイン軍が北朝鮮を出港した船を臨検したところ、イエメンへ輸出されるスカッドミサイルが発見されましたが、国際法的に没収する根拠が無い為に積み荷ごと解放された事件を契機に、大量破壊兵器・ミサイルの拡散を阻止するための国際的な枠組みを作ろうとする動きで、現在は100カ国以上が支持・参加を表明しています。日本でも警察や自衛隊、海上保安庁がPSI対処として、海上での臨検活動の訓練等を行っています。
身近なモノで起こしうる大量破壊兵器テロ
しかし、国際社会が大量破壊兵器の不拡散に様々な努力を払っても、CBRN兵器を用いたテロが下の表のように起きています。
このうち、近年深刻なのが塩素ガスを用いた攻撃です。塩素ガスは水に溶けやすく、刺激臭があるので使用が容易に分かる事などから、近代的な装備を持つ軍隊相手には効果が限られますが、無防備な民間人を巻き込むテロ活動には効果的です。また、ありふれた原材料から簡単に製造出来るため、国際的な貿易規制が効果を及ぼし難いという特徴があります。
内戦中のシリアでは、政府軍は当初サリン等の軍事用に開発された毒ガスを攻撃に用いてましたが、現在は樽に爆薬と塩素ガスを詰めて市街地に落とすテロを行っています。
国際的な貿易規制下にあるシリアの他、大した製造設備を持たないISのようなテロ組織も塩素ガス攻撃を行っています。塩素のようなありふれた物質が大量破壊兵器として使われると、国際的な規制が意味を持たない例と言えます。
運搬手段も規制の対象
このようなありふれた物質を大量破壊兵器として用いるテロに対しては、どのような対策を取ればいいでしょうか。
塩素ガスなどの製造を防ぐのが難しいものの場合、運搬手段や広範囲への拡散手段に制限をかける事で実効性を抑える事が出来ます。シリア内戦の場合ですと、散布手段である航空機の飛行制限区域を国際社会が(軍事力を用いて)設定する事で、その実効性を減じる事が出来ます。また、輸出管理やPSIでは、大量破壊兵器そのものと共に、その運搬手段であるミサイルに関連する技術・装置も監視の対象となっています。
しかしながら、制度への認識不足あるいは利潤のため、規制されている技術・製品が国外に輸出される事件が、少なくない数起きています。一見、大量破壊兵器と無関係に見える製品でも、大量破壊兵器の運搬役に使われるかもしれないという現実。化学兵器による大規模テロを経験した国として、企業にもその可能性を考慮する姿勢が求められのではないでしょうか。