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なぜ増加?6月からの脳梗塞リスク

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
救急車入口(ペイレスイメージズ/アフロ)

脳梗塞の予兆を見逃すな

「歯医者さんで麻酔をかけたみたいに唇の周りがしびれ始めた」

仕事場のAさんに夫から電話がかかったのは6月の昼休みの時間でした。夫は出張先から一度家に帰り、また社に出る予定で用意したお弁当を食べようとしたら唇の周りの左側と手の先がしびれているということなのです。夫は普段血圧がやや高めですが特に治療はせず病院嫌いなのでかかりつけの医師は特にいません。しばらく様子をみて休んでから仕事場に戻るという夫ですが普段あまり電話などしてこない夫が連絡してきたことがふと不安になったAさんは夫にタクシーで病院に行き血圧を測ってもらったら、と答えました。そのやり取りを横で聞いていた職場の看護師がちょっと待って、と話を遮りました。Aさんの職場は小児科クリニックでAさんは受付をしているのです。話の内容を確認した看護師は、「それはぐずぐずしてたらだめ」と急いで救急車を呼び病院に行くようにと指示しました。

症状が改善しても油断禁物

救急搬送されたAさんの夫は救急車を呼んだとき「おおげさで恥ずかしい」と思っていたそうです。症状は唇の周りのしびれと左手の指先と足の先が軽くしびれた感じだけ。だから大学病院の救急外来でTIA(一過性脳虚血発作)と診断されたときは驚愕したそうです。

点滴を受けて症状は進行せず幸いなことにそこでストップしました。妻のAさんが知らせを受けて病院についたときには症状は改善し、通常通り話もできる状態でした。しかし「症状がよくなったし、家に帰りたい」という夫に病院の脳神経科の医師は絶対ダメ、という返答。TIAは一時的に脳の血管が血栓で詰まるものの短時間のうちに自然に溶けて回復する状態を言います。脳梗塞と同様の症状が現れるものの24時間以内、多くは数分から数10分で回復するため、よくなったから、もういい、と放置することが多くこれが脳梗塞に症状を発展させる要因になるのです。

遠慮すると危険

というのは、TIAの症状は改善しても脳の血管を詰まらせるという根本的な問題が解決したわけではないからです。一度起こすと再び脳の血管が詰まる可能性があるということを意味します。脳梗塞は脳の血管が詰まり完全に閉塞して血流が途絶え脳細胞が壊死することで片麻痺や言語障害が起こります。TIAは脳梗塞の予兆です。TIA を起こすと24時間から48時間以内は非常に脳梗塞発症のリスクが高いのです。つまりTIA を起こした直後がもっとも危険というわけです。症状がよくなったから、といって安心してはいけないということがわかります。家でしびれや言語障害などの症状のTIAをおこしても、症状がよくなったから大丈夫と思い、救急車を呼ぶのは気が引けると遠慮してためらっていると脳梗塞を発症ということもあるわけです。Aさんが大げさかな、と思っても救急車で病院へ向かったのは正解でした。病院が嫌い、救急車に乗りたくない、という心理的な要因がリスクをあげることもあるのです。「救急車を呼ぶのは気が引ける」という遠慮深さは危険です。

6月から8月はなぜ注意か?

6月から8月は気温が上がり汗をかいて脱水になりやすい季節です。熱中症なども起こしやすく水分補給を十分にしないとTIAのリスクも大きくなります。また夏場だから血圧も下がると油断しているだけにちょっと具合が悪くてもTIAを甘く見る傾向がありこれがTIAから脳梗塞というパターンをとりやすいとも言えます。

TIA(一過性脳虚血発作)と脳梗塞はつながっている

近年MRI検査でTIAの30-40%は早期の脳梗塞と同じような変化がみられることがわかりTIAと脳梗塞を一つの連続した症候群としてとらえる概念が提唱されています。つまりTIAは脳梗塞になりかけている危険な状態、というとらえ方です。TIAで症状がなくなっても、それでいい、のではなく、「気をつけよう」という信号が点滅したととらえることが必要というわけです。

ABCD2スコアとは

では、TIAから脳梗塞を起こすリスクが高い人はどういう人なのでしょう。ABCD2スコアと呼ばれる指標があります。まず、A年齢(Age)が60歳以上なら1点、B(Blood pressure)血圧が140/90mmHg以上なら1点、C(Clinical symptoms)症状で片麻痺が起こる場合2点、麻痺はないがろれつが回らない場合1点、D(Duration)症状の持続が1時間以上の時2点、10分から59分の場合1点、D(Diabetes)糖尿病がある場合1点、というもので合計が高いほどTIA のあと脳梗塞を起こしやすく3-4点以上は要注意とされています。つまりふだんから血圧が高かったり糖尿病がある方は気を付けていただきたいと思います。

リスクを下げるため今日からできること

ではどうすれば脳梗塞のリスクを下げられるか。次のポイントを押さえてください。

1.6月から8月は水分補給を怠らない

2.TIAを疑う症状があれば遠慮せず救急車で脳神経科の専門医がいる病院へ

3.TIAの症状の24時間以内は専門医の指示に従う

4.TIAを起こした後は脳梗塞をおこすリスクがあることを認識する

5.ABCD2スコアが高い人はTIA から脳梗塞を起こしやすいことを知っておく

6.朝おきたら、ミネラルウォーターをコップ1杯のむ習慣をつける

遅くまで仕事をして汗をかいた後のビールはおいしいですね。ストレスの多い仕事の後、アルコールで気分をすっきりさせたいのはわかります。でも発汗とアルコールによる利尿作用で脱水を起こしやすいのです。そのままお風呂に入り就寝した翌朝食事もそこそこに職場に向かうような生活はTIAのリスクが高くなります。夏場こそTIAについて気を配ってほしいと思います。

著名人が脳梗塞で倒れる報道が気になるこの頃です。ご家族であてはまる方がいらっしゃるときは症状を軽く見ない、危ない、と感じたら遠慮しすぎることなく急いで脳神経外科へ、ということを覚えておいていただきたいと思います。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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