地方路線の維持 「やる気」を見せる地元自治体があるならJRもそれに応えよ
かつては、国鉄やJRが「廃線」と言い出したら、地元もそれに従うしかないといったところが多かった。バス転換でも問題はないという地元自治体の考えも大きく、第三セクターで鉄道が残るケースはまだ恵まれているほうだった。
ところが、鉄道が地域の社会資本として見直され、その地域の鉄道目当てに多くの人が各地から集まるようになると、鉄道が存在するということの意味が強くなってきた。
ある路線の利用状況が悪いからといって、「攻めの廃線」といって廃線にし、バス転換すると、バスだとさらに利用者が少なくなり、運転士不足でバスそのものの維持も難しくなるというケースが、夕張であった。
「身の丈に合った」交通機関では、地域が縮小していくと交通機関の規模も小さくしていくしかなく、負の循環に陥ると地域も交通機関も縮小していく。
そんな事例が北海道を中心に多く見られることから、ちゃんと考える自治体はなるべくなら鉄道を残したい、残すことで地域の縮小を少しでも遅らせたいと考えているという仮説も成り立つ。
「利用の少ない線区」へ地元がやる気を示す
輸送密度が2,000人/日を超えているとはいえ、赤字が問題視され、バス転換の話も出ていたJR西日本城端線と氷見線は、第三セクター「あいの風とやま鉄道」に将来移管することになった。それに合わせてJR西日本は、新車両の導入や施設などの再整備に150億円を拠出することになった。
富山県は幸い、鉄軌道を充実させるというのが交通政策として確立しており、その中で地元もこれらの路線を廃止しようと考えず、県や沿線自治体もお金を出すことを示し、さらには鉄道を残そうとするやる気も見せた。
たしかに高校生など、利用者の減少で地方路線は厳しい状況にあるものの、しかし残して公共交通を縮小させず、地域を縮小させないという判断は、妥当なものであったといえる。これ以上輸送密度が低くなり、どんな交通機関でも成り立たないという状況で対処してからは遅いため、このような判断をした富山県と沿線自治体は立派だといえる。
肥薩線を復活させる意欲が地元自治体にはある
2020年7月の豪雨で被災したJR九州肥薩線。正直なところ、JR九州は復活させたくない。もともと利用の少ない路線で、地元の人と観光客くらいしか乗る人がいなかった。全線運転されていた最後の年度である2019年度で輸送密度は全線で385人/日、八代~人吉間で414人/日、人吉~吉松間で106人/日。確かに利用者は少ないことは事実だろう。
しかし熊本県の蒲島郁夫知事は、復旧費用のうち県と沿線市町村の負担となる約12億7,000万円を県が全額負担する方向で検討していると記者会見で述べている。
また「JR肥薩線再生協議会」では、復旧した際に沿線市町村の負担を最大で5,000万円にできることを熊本県は示している。その際には「上下分離方式」を導入するという。
県がリードし、上下分離で復旧をめざす、という方針はどこかで聞いたことはないだろうか。
福島県の只見線だ。
2011年、福島県は東日本大震災と福島第一原発事故で大きな苦難を抱えていた。そんな中、問題がなかった会津地方に、豪雨が7月に襲ってくる。橋りょうや路盤の流出が相次ぎ、不通区間の再開は見込めず、バス転換を考えているほどの状況だった。2016年には「上下分離方式」を採用して鉄道で復旧する方針を決め、地域振興にも役立てるとした。2022年10月に復旧した。
こういった前例があるからこそ、熊本県は肥薩線を復旧させることをめざそうとしている。肥薩線は観光路線としても有用な路線であり、各地から人がやってきて肥薩線に乗ることが地域経済にとっても役に立つという考えを持っているのだろう。
蒲島郁夫知事のもと生まれたキャラクター「くまもん」が人々を動員できる力を持っているように、肥薩線もまた人々を動員できるということを考えて、県での負担を実施する、地域の基軸になるからこそ、線路を復活させるという考えが、熊本県の中にある。
また、JR西日本姫新線の沿線である岡山県真庭市では、JR西日本への影響力を行使するために億単位のお金をかけて同社の株を買うという方針を持っている。
バス運転士の「人手不足」だけではなく、鉄道があるからこそ地域が成り立つという考えが、なんとしても鉄道を残そうという自治体にはある。
地方自治体が、鉄道の維持にやる気を見せている。「攻めの廃線」をやった北海道夕張市、また当時の夕張市長が知事を務める北海道を前例とするのではなく、ここで挙げたような例を多くの自治体が実施すべきではないか。
そしてJR各社は、地元の意欲ややる気、資金負担に応えてほしい。