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物流会社の働き方改革はなぜ難しい? 幸せなドライバーを増やすために私たちが知るべきこと

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
写真提供 日東物流

昼夜を問わず様々なモノを運ぶトラックドライバーは、私たちが安心で便利な暮らしを送っていく上で欠かせない存在です。しかし、彼らの仕事は長時間労働になりがちで肉体的にも過酷。そのため新たな担い手が増えず、業界は担い手不足の危機にあります。

そんな物流業界で、10年以上かけてドライバーの労働環境の改善を進め、ドライバーの待遇や経営面でも大きく改善したのが千葉県の日東物流です。その取り組みが評価され、先日はリクナビNEXT主催の「第8回 GOOD ACTIONアワード」を受賞しました。

世間の常識とはずれた業界の常識を打破してきた菅原拓也社長に、そのプロセスと業界が抱える根本的な問題について伺いました。

健康とコンプライアンスの両方にまたがる長時間労働の問題

「第8回 GOOD ACTIONアワード」授賞式での菅原社長 写真提供:リクナビNEXT
「第8回 GOOD ACTIONアワード」授賞式での菅原社長 写真提供:リクナビNEXT

日東物流の2代目社長である菅原さんが同社に入社したのは、2008年のこと。そこから長い改革の日々が始まりました。

菅原さんが目指したのは、大きくは「ドライバーの健康状態の向上」と「コンプライアンスの向上」の2つです。物流業界全体でも自社においても、この2点に大きな課題があると考えたのです。

そして、両方の課題に関わる大きな問題が、長時間労働です。

「物流は24時間動いていますから、深夜に働くドライバーもいますし、一般の会社員とは全く違う働き方なんです。

大型のトラックに乗ると、休憩しようにも駐車できるところが限られていて、食事も満足に取れなかったりします。交通状況や天候、荷主や納品先の都合など外的な要因で仕事の時間が伸びてしまうこともしょっちゅうです。

例えば荷物を降ろす倉庫に到着しても、他のトラックの荷降ろしが終わるまで待機しなければいけない。海外から輸送されるコンテナを運ぶような会社さんだと、船の到着時間によって6時間、7時間と待機することもあります。スケジュールが非常に読みづらいんです」

長時間労働はドライバーの健康問題に直結する上、労働時間や休憩時間を適切に管理できないことはコンプライアンスの問題でもあります。

しかし仕事の性質上、労働時間のコントロールが難しいのは前述の通り。その上、単にドライバーの労働時間を短縮するだけでは彼らの収入を減らすことになってしまうという問題もはらんでいます。

「インターバル規制」では根本的解決にならない

ちょうどこのインタビューの前日、バス運転手に対して最低9時間、努力義務として11時間の「勤務間インターバル」(終業後、次の始業までの休息時間)を与えるという規制ができることが報じられました(後日タクシー運転手についても同様の案が取りまとめられ、今後トラック運転手についても現行の「8時間」という規定の見直しが進められる予定)。

これについて菅原さんは、「インターバル規制では問題は解決しない」と厳しい見方です。

「ドライバーの過重労働問題の根本にあるのは、運賃が低いということなんです。運賃が低ければドライバーさんたちの賃金があげられませんから、長時間労働にならざるをえないんですね。

現場からは『仕事が減って給料が減るくらいだったらインターバルは11時間もいらない、もっと働かせてくれ』という声が出ると思います。

当然、法律で決まったとなれば従わざるをえませんが、11時間というのが努力義務である以上、なかなか守られることはないんじゃないでしょうか」

労働時間を削減し、かつドライバーが生活に困らないだけの給料を渡すには、原資となる運賃を上げる必要があります。それが簡単ではないから、多くの運送会社は「労働時間削減なんて無理だ」と考えているのです。

丁寧な説明で運賃の値上げを実現

業界では「当たり前」「仕方ない」とされていた問題を是正しようという菅原さんに対し、最初は社内での風当たりも強く、当時の社長であった父親との関係もギクシャクし、とてもキツかったと振り返ります。

「労働時間を短縮してもドライバーさんに十分な給料を渡せるようにするには、運賃を上げて利益を確保しなければいけません。それは荷主との関係を重視する業界の常識と真っ向から対立することで、先代や管理職のマインドセットを変えるということがすごく難しかったです」

菅原さんはまず、配送距離が長かったり、荷降ろしの際の待機時間が読めなかったりして労働時間のコントロールが難しい仕事からの撤退を決めました。継続する案件については、ひとつひとつの取引先に対し、自分たちの仕事にかかるコストを丁寧に説明し、「だからこれだけの運賃をいただく必要があります」という交渉をして回りました。

「我々の業界では、トラック1台をこれくらい動かすなら2万5千円とか、取引先との付き合いを元にどんぶり勘定で運賃を決めてきました。しかし本来は、距離やかかる時間、作業内容などによって運賃を変えるべきです。

そこで誰が見ても分かるように、人件費や燃料費、車の減価償却費に修繕費、タイヤやオイル等の消耗品費などもすべて明らかにした上で、最低でもこれくらいの運賃をもらわないとやっていけません、というお話をしました」

「先代はそんなこと言わなかった」「2代目の若造が偉そうに」といった反応にもめげずに説明を続けていくと、理解してくれる顧客もいれば、どうしても折り合わずに取引を終了した顧客もいました。しかし、保有するトラックの台数を減らすなどしてコスト削減もしつつ、十分利益が確保できる運賃を設定したことで、取引先が減っても収支は改善しました。

一時は100台を超えていたトラックは、約80台に減らした。 写真提供:日東物流
一時は100台を超えていたトラックは、約80台に減らした。 写真提供:日東物流

「できることからコツコツと改善をしていって、ある程度効果が見えるようになると、社内の空気も変わりました。正しいことをして利益もちゃんと出るなら、その方が仕事がやりやすいですから。

そうなると皆ポジティブになり、僕が主導しなくても、更に改善していくためにお客さんと交渉しよう、仕事のやり方を変えていこう、と自走できるようになりました。

労働時間の削減の結果、法規制の範囲内に

日東物流は2021年の春に、ドライバーの1ヶ月の最大拘束時間を293時間以内に収めることを宣言しました。

293時間というのは、厚生労働省がトラックドライバーの「拘束時間」(休憩時間や仮眠時間も含む、使用者に拘束される時間)について定めた基準です(※)。

※一般の労働者の場合、週40時間を超える時間外労働については36協定を結んだ上で月45時間までの延長が認められています。しかしトラックドライバーはこの規定の適用対象外で、別途「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」にて時間数などが定められています。

同基準では、労使協定のもと1ヶ月の拘束時間を320時間まで延長することを認めていますが、日東物流では延長のない範囲にまで労働時間の削減に成功しました。現在は270時間以内という社内目標を設け、すでに約8割のドライバーが達成しています。

業界と世間の「当たり前」のズレを是正

他に同社が進めてきた改革には、以下のようなことがあります。

<ドライバーの健康のための取り組み(一部)>

・全ての従業員の健康診断受診の徹底

・診断で所見が出た従業員に対し、ドライバー経験のあるヘルスケア担当職員や管理栄養士による面談、再検査結果の確認などのアフターフォロー

・無呼吸症候群の検査や脳MRI検査、扶養家族も含めたインフルエンザ予防接種の全額負担、その他オプション検査の補助

・「禁煙キャンペーン」による禁煙の後押し、社用車やトラックの完全禁煙化

<コンプライアンス実現の取り組み(一部)>

・社会保険への全員加入

・改善基準告示の遵守

これを見ると、「従業員の健康診断受診とか、社会保険への加入とか、当たり前じゃない?」と思われる方もいるかもしれません。

しかし、健康診断については、費用の負担を避けたい、受診を面倒がる従業員への指導に手が回らないといった理由で徹底していない会社も多いのです。菅原さんは、肉体的に過酷な仕事だからこそ健康を気遣うことは非常に大事だと考え、健康診断の受診促進とその後のフォローに力をいれました。

栄養管理士との面談の様子 写真提供:日東物流
栄養管理士との面談の様子 写真提供:日東物流

社会保険についても、手取り額を増やしたいドライバーと少しでも費用負担を減らしたい会社の思惑が一致し、未加入問題を放置している会社も多いのが実情です。しかし、従業員の退職後の人生のためにも、会社のコンプライアンス上のリスクを減らすためにも、それではいけないというのが菅原さんの考えです。

世間の「当たり前」と業界や会社の「当たり前」がずれているところ、あるいは表向きの建前と社内の実態が乖離しているところの是正に地道に取り組んできたのが、同社の改革の本質と言えるでしょう。

コロナ禍で価格競争がより激しく

適正な運賃をもらうことで適正な労働時間で働いてもらうことは、ドライバーの疲労による事故の減少につながるなど、社会的にも価値のあることです。しかし厳しい経営環境のなかで「運賃を少しでも安く」という取引先も多く、競争は厳しくなっていると菅原さん。

「先日も、『コロナで運ぶ荷物の量が減ってしまったから、料金を20%下げてくれないか』という打診を受けました。20%も下げたら、我々は利益にならないどころか赤字で走ることになり、到底無理です。

でも、どんどん運賃を下げて仕事を取りに行く業者さんもたくさんいます。コロナで仕事がなくなってしまったところも多く、今は物流業者が供給過多の状態ですから」

仕事を選んだりコストを削減したりして利益の出る構造を作った日東物流は、去っていく取引先がいてもなんとかやっていけています。しかし、目先の売上を優先させる会社がある限り、コストをかけてでも労働時間管理やコンプライアンスに真面目に取り組もうという会社は増えにくいでしょう。

一方、簡単なことでなくとも、なんとかドライバーの待遇を良くしたいという心ある経営者もいるでしょう。菅原さんは「会社の置かれた状況によってできることは違う。我々と同じようにはできないかもしれない」としつつ、「労働時間を短縮する、運賃を上げる、利益を出す、ということのためにできるアクションを考え、小さなことでもコツコツと積み上げていくこと。それはどんな会社さんでもできるはずで、続けていけば必ず成果を出せる」とエールを送ります。

物流会社や業界だけの問題ではなく、私たちの問題として

日東物流は長距離輸送は手掛けていません。例えば通常は10時間の距離が、渋滞や荒天といった外的要因で15時間以上かかってしまうようなこともあり、労働時間管理が特に難しいのです。

しかし、それも誰かがやらなければいけない仕事です。菅原さんによれば、長距離輸送における労働時間の問題をなんとかするには「リードタイムの問題を解決しなければいけない」とのこと。例えば個人でネット通販を利用したとき、離島などを除けば翌日には届けてもらえるサービスがどんどん増えています。これを実現するために、トラックドライバーの働き方にしわ寄せが起きているのです。

これは、物流業界だけでは解決しきれない問題で、菅原さんは「取引先、そして一般の消費者の皆さんにも考えてもらいたい」と語ります。

「コンビニに行けば当たり前のように商品が並んでいる、ネットで買い物すれば当たり前のように翌日に届くし、不在にしていれば指定した時間に再配達してもらえるーーこれは実は当たり前のことではなくて、その裏では低賃金、長時間労働のドライバーさんが、命を削りながら働いているんです。

こんな働き方が魅力的なわけはなく、若い方はなかなか入ってきません。そうすると、ドライバーはどんどん不足していき、今の便利な世の中は維持できなくなっていきます。この先10年、15年後には、今は当たり前に感じている経済活動がストップしかねません。

だから、物流業者がドライバーに長時間労働をさせていたりコンプライアンス違反をしているのはその会社だけ、物流業界だけの問題ではなく、そうせざるをえない状況があることを世の中のみんなで考えていく必要があるのだと思うんです」

SDGsの17の開発目標には「すべての人に健康と福祉を」「働きがいも経済成長も」というものがあります。「SDGsに取り組んでいます」と宣言しているメーカーや小売店などには、ぜひトラックドライバーの健康や働きやすさにも配慮してもらいたいところです。

また一般消費者としての私たちも、「送料無料で翌日配送」などのサービスのコスト構造をよく考え、便利なサービスにはそれ相応の対価を支払う、という考え方にシフトしていく必要があるでしょう。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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