Yahoo!ニュース

イブラヒモビッチ離脱で「勝者」失う深手、ミランが光をつかむために必要な周囲の「1UP」

中村大晃カルチョ・ライター
2月9日、セリエA第23節インテルとのミラノダービーでのイブラヒモビッチ(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

イタリアがロックダウンしている間も、チームでただひとり、母国スウェーデンでピッチでのトレーニングを続けられていた。それだけに、よりにもよって彼が負傷離脱するとは、ステーファノ・ピオーリ監督をはじめとするスタッフは落胆しているだろう。

ミランのズラタン・イブラヒモビッチが、練習中に右ふくらはぎを負傷した。当初危惧されたアキレス腱断裂は回避。来週中に再検査を受ける予定だ。復帰時期は不明だが、一定期間の離脱となれば、シーズン再開に間に合わせるのは難しい(5月28日、セリエAは6月20日に再開されることになった。6月13日にコッパ・イタリア準決勝セカンドレグ、同17日に決勝が行われる)。

セリエAで6位ナポリを勝ち点3差で追い、コッパ・イタリアでは準決勝でユヴェントスと対戦中(ホームでのファーストレグは1-1のドロー)。ミランは欧州カップ戦出場を目指している。その最中のイブラヒモビッチ離脱が大きな痛手なのは言わずもがなだ。

◆数字で明白な存在感

イブラヒモビッチ復帰は、ミランに光を与えた。リーグ開幕からの17試合で6勝3分け8敗(平均勝ち点1.23、勝率35%)だったチームは、加入後にイブラヒモビッチが出場した8試合で4勝2分け2敗(同1.75、50%)を記録している。

平均得点も0.9→1.4と増え、平均失点は1.4→1.1と減った。『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によると、ボールポゼッションは55%と55.2%でほぼ変わらない。その中で得点力アップに寄与したのが、イブラヒモビッチなのだ。

イブラヒモビッチ自身はリーグ戦で8試合出場の3得点、公式戦10試合出場の4得点。1得点あたりに要した時間は203分(リーグ戦のみでは222分)と、約3試合に1点というペースだ。(データは『Transfermarkt』参照)

ただ、ミランの得点力が上がったのは、イブラヒモビッチのゴールだけによるものではない。彼が若手の力を引き出したからでもある。その筆頭が、アンテ・レビッチだ。

◆マイケル・ジョーダン効果

クロアチア代表としてロシア・ワールドカップで活躍したレビッチは、フランクフルトからの2年レンタルで加入してから、イブラヒモビッチの加入まで出場7試合(先発1試合)の無得点だった。

だが、イブラヒモビッチ加入から3試合目のリーグ戦(第20節ウディネーゼ戦)で2得点を挙げると、その後の5試合で4得点をマーク。1月以降の8試合で6得点(81分おきに1得点)とゴールを量産している。ユーヴェとのコッパ準決勝ファーストレグでもネットを揺らした。

目に見える数字で明確な違いを出したレビッチだけでなく、イブラヒモビッチはハカン・チャルハノールやサム・カスティジェホといった選手たちを生き生きとさせた。その強烈なメンタリティーが周囲に与える影響は、マンチェスター・ユナイテッドで同僚だったジェシー・リンガードが明かしている。

リンガードは、『beIN SPORTS』のインタビューで、話題のドキュメンタリーシリーズ『マイケル・ジョーダン: ラストダンス』について話した。そこでジョーダンのような影響力を持った選手を問われると、イブラヒモビッチの名を挙げたのだ。

「ユナイテッドに来てすぐ、彼がまとうオーラを感じられた。彼にはあの勝者のメンタリティーがあり、僕らに多くのトロフィーを勝ち取ろうという原動力、モチベーションを与えたんだ。そういう影響力を持つ人は多くない」

◆再びシステム変更?

そんなイブラヒモビッチを欠いて、ピオーリ・ミランはどう戦っていくのか。例えば、フォーメーションの変更も有力視される。

2月に入り、ピオーリは4-2-3-1を基本布陣としていたが、これはイブラヒモビッチの特徴を最大限に生かすためだ。イブラヒモビッチがいなくなり、1トップ候補の最右翼はラファエウ・レオン。だが、今季公式戦22試合で2得点の20歳に大きな期待と負担はかけづらい

イブラヒモビッチが加入後唯一、体調不良で欠場したエラス・ヴェローナ戦では、レオンとレビッチが2トップを組んだが、大きな成功を収めたとは言い難い。

『スカイ・スポーツ』は、4-2-3-1の変形となる4-4-1-1も候補に挙げた。両翼のレビッチとカスティジェホの位置を下げ、1トップのレオンをトップ下のチャルハノールが支えるかたちだ。

ただ、『ガゼッタ』や『コッリエレ・デッロ・スポルト』が報じ、『スカイ・スポーツ』も案としたのが、4-3-3への回帰だ。『ガゼッタ』や『コッリエレ』は、チャルハノールをインサイドハーフとし、レビッチ、レオン、カスティジェホを3トップで並べるイメージ。『スカイ』は、チャルハノール、レビッチ、カスティジェホの3トップを候補としている。

◆若手がひと皮むければ…

ミランは残り12試合で上位勢との試合を5つ残している。中でも、29節のスパル戦を挟んで28節から32節まで、ローマ、ラツィオ、ユヴェントス、ナポリと、強豪との連戦だ。例えばイブラヒモビッチの復帰が7月以降なら、この超ハード日程を彼抜きで乗り越えなければならない。

何より懸念されるのが、リンガードが称賛した「勝者のメンタリティー」を失う影響だ。12月までのミランに戻ってしまうのか、イブラヒモビッチのようにはなれずとも、彼に頼らない気質を示せるか。残された選手たちにとって、ひと皮むけることができるかの正念場だ。

もしも彼らが「1UP」できれば、ミランの未来にとって大きな礎となり得る。来季、噂されるラルフ・ラングニック体制が誕生するならば、彼らが新たなミランをけん引できるからだ。10月で39歳になるイブラヒモビッチは、退団濃厚と言われている。

マリオ・スコンチェルティ記者は、『Tuttomercatoweb』でミランを「平均クオリティーが非常に高いがリーダーシップはなく、サッカーの仕方を分かっているがパーソナリティーが弱い」と評した。だからこそ、「そのパーソナリティーを見つけられれば、最高のサッカーをするチームのひとつとなる」と。

「イブラヒモビッチは放っておこう。ミランに必要なのは思い出ではなく、堅実さを与えるテクニカル部門だからだ。(中略)ライプチヒを見たまえ。あれが来年のミランになり得る。それだけの選手たちはいるからだ。わたしは来年のミランを信じている」

イブラヒモビッチがミランに与えた光を、イブラヒモビッチに感化された若手たちは、自分らの手で引き寄せることができるのか。この時期だからこそ、苦境を成長への糧にすることが期待される。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

中村大晃の最近の記事