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「軍事侵攻には注意深い分析と政治判断必要」 -英国でイラク戦争の検証報告書、発表へ

小林恭子ジャーナリスト
チルコット委員会のジョン・チルコット委員長。委員会の立ち上げ時。(写真:ロイター/アフロ)

英国で、6日、イラク戦争を総合的に検証するチルコット委員会の報告書が発表される。調査が始まったのは2009年だ。発表に先立ち、ジョン・チルコット委員長がBBCの取材に応じた。

米英が主導したイラクへの侵攻は2003年3月に開始された。開戦当初から「侵攻は国際法上、違法ではないか」と言われてきた。当時、ブレア英首相は「イラクには大量破壊兵器がある」と繰り返したが、最終的に見つからなかったことで、「嘘つきブレア」と呼ばれた。

英国では179人の戦死者が出た。遺族は戦争のことを忘れていない。

イラクでは独裁者サダム・フセインは取り除かれたが、連日のように首都バグダッドには自爆テロが発生し、治安は悪化している。イラクは「破たん国家」になってしまった、という人もいる。

7年越しの調査はイラク戦争から「教訓を学ぶ」ことが目的だ。

2001年から2009年までの政治判断、戦争に至るまでの背景、軍隊が十分な準備をしていたかどうか、侵攻がどのように進んだか、戦後の計画は十分なものだったかを検証した。もし同じような状況が今後生じた時に、より良い判断ができるようにすることを狙っている。

BBCの取材に対し、チルコット委員長は「将来、あれほどの規模の軍事干渉をする場合、もっと注意深い分析と政治判断が行われるよう望んでいる」と語った。

委員会の調査の間、「もっとも気にかけていたのは戦死した兵士の家族のことだった」。

違法な戦争だったのではないか、息子や娘が無駄に死んだのではないかという思いが遺族の中にあると言われている。

チルコット氏は「家族が心に思っていた疑問に答えが出るように全力を尽くした」という。「報告書の結論に至った証拠文書を中に入れたので、家族は何故委員会がそのような結論を出したのかが分かるようになっている。自分たち自身の結論を出すこともできる」。

「委員会は政治的に中立な立場を取る。政府の一部ではない」、「最初から誰かを批判しようと思っていたわけではない。委員会は裁判所でも裁判官でもないから。しかし、個人や組織を批判するに値する事実があった場合はそうすると最初から言ってきたし、実際に批判している」。

改めて確認しておくと、

―イラク戦争、なぜ起きた?

2001年9月11日、米国で大規模同時テロが発生。ブッシュ米大統領(当時)はテロとの戦いを宣言する。最初に向かったのが9・11テロに責任があるとされたアルカイダの主導者オサマ・ビンラディンを匿っていたアフガニスタンのタリバン政権の討伐だった。その次がイラクだった。

イラクのサダム・フセイン大統領は米国にとって長年懸念の対象となっていた。2002年、ブッシュ大統領がイラクへの侵攻を準備すると、ブレア首相も足並みをそろえるようになる。2003年3月18日、議会を説得し、米英が中心となって開戦に向かっていった。

同月20日に開戦後、5月にブッシュ大統領が大規模戦闘終結宣言を出す。2010年、オバマ大統領が改めて戦闘終結宣言を出し、米軍が撤退を開始する。2011年12月、米軍が完全撤収し、戦争は終わりを告げた。

ーブレア首相が「嘘つき」と言われたのはなぜ?

侵攻前の段階で、イラクには大量破壊兵器があるとその脅威を強調したが、実際に見つからなかった。

―チルコット委員会はどうやって設置されたのか

大規模戦闘終了後も、イラクの治安は悪化するばかり。開戦から現在までに、一説では17万人の民間人が亡くなったという。

こうした中、すでに何度かイラク戦争についての調査は行われていたが、「なぜ侵攻したのか」にかかわる政治判断が十分に追及されていなかった。

そこで、ブレア氏の後を継いだゴードン・ブラウン首相が調査会を立ち上げた。

―なぜ7年もかかったのか?

チルコット委員長によると、扱った資料の量が莫大だったからだという。

ちなみに、報告書は260万語で書かれ、小説「戦争と平和」の4-5倍の分量だという。

―いつ、発表されるのか?

6日の午前11時、委員長が会見で発表し、その後、ウェブサイト上でダウンロードできるようになる。

一部のメディア関係者にはこの数時間前に渡される。委員長の会見終了時までは報道は厳禁となっている。

ー誰が批判される?

最も批判の対象となりそうなのは、新たな国連決議なしのイラク侵攻に踏み切った、ブレア氏だろう。その政治的判断は間違っていたのかどうか。大量破壊兵器の存在については、「あると思っていた」という答弁をこれまでにしているが、はからずも嘘となってしまったことを批判されるだろうか。フセイン政権の交代を主眼としていたブッシュ政権同様に、最初から「侵攻ありき」で理由は後付けだった・・・ということはないのかどうか。また、戦後処理に失敗したことへの責任も問われそうだ。

―最後に一言・・・イラク侵攻から戦争、そして今

個人的に最も恐ろしい点は、独裁者の支配下であったとは言え、まがりなりにも一つの国として成立していたイラクが、侵攻後、破滅状態になってしまったこと。イスラム国(IS)も戦後の混乱から生まれたというのが定説だ。一つの国をめちゃめちゃにしたーあまりにも罪深いことだったように思えてならない。

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(委員会が設置されるまでになった詳しい経緯については以下をご覧ください。)

英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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