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元人質・高遠菜穂子さんが13年間イラク支援を続ける理由―北イラク現地で密着取材

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
イラク北部アルビルで食糧支援を行う高遠菜穂子さん

イラク戦争開戦から13年経ち、米軍の大部分が撤退した今も、現地ではIS(イスラム国)とイラク政府軍との戦闘やテロが連日のように行われ、情勢はますます混迷の度を深めている。そんなイラクで一人の日本人女性が、今なお人道支援活動を続けている。イラク日本人人質事件(‘04年)の被害者で、エイドワーカーの高遠菜穂子さんだ。この4月で事件から12年。彼女はなぜ、イラクでの活動を続けているのか。イラク情勢は今どうなっているのか。密着取材を行った。

○開戦から13年の今も330万人の国内避難民、その苦境

今年2月、志葉は高遠さんとイラク北部クルド人自治区の都市アルビルで合流した。クルド人自治区の治安は他の地域よりも安定しており、それ故、イラクの他の地域から逃げてきた国内避難民(IDP)が押し寄せている。アルビル郊外の避難民キャンプには、粗末なテントや仮設住宅に、人々が暮らしていた。

「イラクの国内避難民は330万人以上と言われています。国外に出れた、いわゆる難民と違い、国内避難民の状況が日本を含む海外メディアで報じられることは少なく、支援も不足しがちです」と高遠さんは言う。ふと、キャンプの地面を見ると水たまりが凍りついていた。

「南部は暑いイラクですが、北部の高地は冬とても寒くなり氷点下になることもあります。でも、避難民は十分な灯油がなく、寒さで凍えています。毛布 も足りません。ひどい場合、10人に1枚以下という割合です。それでも、不十分ながらも支援が受けられるキャンプに入れた人々はまだまし。避難民のうち、国連などの運営するキャンプに入れるのは2割程度です。ほかは、民家やホテルにぎゅうぎゅう詰めで暮らしたり、建設途中の建物や、ガレージなどに住んでいたりします」(高遠さん)。

避難民キャンプの子ども
避難民キャンプの子ども

ちょうど、取材中にも建設途中のビルを避難場所としていたヤジディ教徒の一家と出会った。聞けば、近所の人々が少し食料などは分けてくれるが、国連等の支援は受けていないのだという。高遠さんは「今日、食料を配布するから取りに来て」と伝え、その一家も無事食料を受け取ることができた。今回、高遠さんは、避難民自身がつくったNGOの協力の下、アルビルとその北東の町シャクラーワで食料配布を行った。

「アルビル、シャクラーワで117家族に、4.7トン分の食料を届けました。豆4種、栄養粉ミルク、食料油6本、紅茶葉の詰め合わせと米25kgのセットを配りました。でも、正直なところ全然足りません。もっと予算があるといいのですが…」

避難民の多くは、避難先で再就職できなかったり、或いは一家の大黒柱である男性が既に殺されてしまったりして、経済的に困窮。日々食べるものにも困る状況だ。イラク情勢が混迷を続ける中で、国連も支援のための資金が不足している。

道路脇の小屋に住んでいた避難民一家と高遠さん。国連等の支援を受けられない人々はあまりに多い
道路脇の小屋に住んでいた避難民一家と高遠さん。国連等の支援を受けられない人々はあまりに多い

「私は国連など大きな組織の行っている支援活動の隙間のところをやっているつもりでした。ところが、隙間はどんどん広くなって、むしろ支援を受けられない人々の方が多くなってしまっています」(高遠さん)

高遠さんは「砂漠に水を撒くようなもの」と言いながらも、イラク支援活動を続ける。こうした支援の資金は全て高遠さん自身が日本で集めたものだ。日本で講演等を行い、カンパを募り、その資金を持って、イラク北部や隣国ヨルダンへ渡り支援物資を人々に送る。そうした活動を米軍イラク占領開始の’03年5月から、もう13年近く続けている。

○ISの脅威、イラク政府軍や有志連合による爆撃

なぜ、イラク戦争開戦から13年も経つのに、避難民は減らないのか。その大きな原因として、やはりIS(いわゆる「イスラム国」)の存在がある。アルビルには、ISによるテロ被害者が病院で治療を受けていた。IS支配下の都市モスルから逃げてきたという人々はISの恐怖を高遠さんに語る。

「モスルでは男性はヒゲをはやすこと、女性は目だけ出した顔を覆い隠す布(二カーブ)を着用する ことを義務付けられ、ISの強いるルールを破ると鞭打ち刑になったり、処刑されたりします。また、小さな子ども達を過激思想で洗脳しようとしたり、15、16歳の男子は、戦闘訓練を行わせようとするので、モスルの人々は子ども達を家から出さないようにしています。食糧危機も深刻です。IS支配下のモスルに対し、イラク当局は物流をストップさせています。トルコから持ち込んだ食料品や物資がモスル市内に流通していますが、価格が高騰しているため、貧しい人々が特に困窮しているのです」(高遠さん)。

一方でISを壊滅させんとするイラク政府や、米国と中心とする有志連合の空爆も脅威だ。特に、モスルは先月下旬から激しい空爆にさらされているという。高遠さんに、イラク人の友人はこう訴える。

「先月20日のモスル大学の空爆のニュースは知ってる?死んだうちの1人は、うちの夫の友人だった」

「今朝早く、モスルの姉と通話ができたんだけど、昨晩は何時間も空爆が続いて、彼女、恐怖におののいてたわ。自宅の窓ガラスのないところに一晩中、3人の子どもを抱きかかえて座ってたみたい。子どもたちも恐怖で泣き叫んでたって…」

「オバマがモスル(奪還)は3年かかるみたいなことをニュースで言ってたのを覚えてるんだけど、あとどのくらい?あとどれだけ殺されたら助かるの?」

◯包囲され、飢餓が深刻―イラク西部ファルージャの状況

ファルージャからクルド人自治区へと逃げてきた避難民一家
ファルージャからクルド人自治区へと逃げてきた避難民一家

イラク西部ファルージャの状況も深刻だ。「ファルージャの飢餓、深刻さを増しています。IS支配下に置かれ、その周りをイラク軍に囲まれ、食料や医療物資が入ってこない。市民は”監獄”から出られず、気づいてももらえないと感じています…」(高遠さん)

高遠さんの下に届いたイラク人の友人からメッセージは悲痛なものだった。

「私の友人のMを覚えていますか?彼は、兄弟のHとまだファルージャに残っています。彼ら一家22人はファルージャに閉じ込められたままになっており、逃げ道もない状態です。

3週間前、彼らは私に電話してきました。Mの生後5日の息子が具合が悪くなったのですが、病院の状況がとてもとてもとても酷い状況なのだと言っていました。Mはどう対処したらよいか私にアドバイスを電話で求めてきたのでした。

Mは、ファルージャの惨状や食料不足についても語りました。米がファルージャでは25,000イラキディナールなのだそうです。イラクの他の地域では1,000イラキディナールです。ファルージャにはパンもなく、何もないのだと。

私は、組織などにコンタクトして支援を求めることはできないのかと聞きましたが、("イスラム国”との)トラブルを避け、安全を確保するためには自宅にこもっているしかないとの答えでした。」

イラク軍の空爆によって病院も破壊されてしまった
イラク軍の空爆によって病院も破壊されてしまった

IS支配下であっても、現地の一般市民、特に子ども達には罪はない。国際連合人道問題調整事務所の報道部門IRINが伝えるところによると、飢餓と絶望から、自殺者まで続出しているのだという。ネット上では、米軍やイラク軍に対し、ファルージャに食料を投下することを求める署名も行われている。

○せめて、イラクの状況に目を向けて欲しい

この記事を読んでいる読者の人々にとって、イラクのことなど、遠い国の他人事にすぎないのかも知れない。だが、現在のイラクの状況は、日本が支持・支援したイラク戦争と直結している。ISというモンスターを産んでしまったのは、他でもない米軍による破壊と殺戮、拷問と虐待だった(関連記事)。その米軍の兵員や物資を、第一次安倍内閣も含む自民党政権は、「人道復興支援」と偽り、航空自衛隊の輸送機で輸送した(関連記事)。イラクでの数々の悲劇と、日本は無関係ではないのだ。

明るい展望は見えないままだが、だからこそ高遠さんは今後もイラク 支援を続ける。「せめて、イラクの状況をもっと日本の人々にも知って欲しい」。そう、高遠さんは言う。イラク戦争から13年、そしてイラク日本人人質事件から12年。日本の安全保障や外交を考えるうえでも、あらためてイラクの今に目をむける必要があるのではないだろうか。

(了)

追記:高遠さんの活動や、カンパ振り込み先などは以下を参照

イラク・ホープ・ダイアリー

http://iraqhope.exblog.jp/

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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