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「ショックで流産」がん闘病中の妻が働かざる得なかった入管の非情ー東京五輪のため外国人排斥

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
勉強会で発言する劉さん(左)とサディクさん(右) 筆者撮影

 日本での永住権を持つ中国人女性と結婚しており、重大な犯罪歴がないにもかかわらず、法務省・出入国在留管理庁(入管)から「強制送還する」と迫られている―パキスタン籍の男性モハマド・サディクさんは、今月14日、議員会館で行われた勉強会で自身の状況について報告。「病気の妻を1人残して帰れない。何かあったら命が危ない」と訴えた。サディクさんの妻、劉蘊傑(リュウ・ウェンジェ)さんも「夫が入管の収容施設に収容された時、心労で流産してしまった」と入管に翻弄されてきた苦悩を語った。

◯日本人や永住権を持つ外国人と結婚してるのに強制送還

 様々な事情から、オーバーステイ(定められた在留期間を過ぎて日本に滞在していること)になってしまったなど、いわゆる不法滞在となったとしても、個別の事情を鑑みて、日本での在留資格を与える―それが在留特別許可だ。とりわけ、日本人或いは日本での永住権を持つ在日外国人の配偶者、祖国に戻れば迫害を受ける危険性がある等の人道上、考慮すべき事情があるといった場合は、在留特別許可は優先的に認められてきた。だが、近年、在留特別許可率が大幅に低下。以前であれば在留特別許可を得られたようなケースでも、強制送還を迫られ、入管の収容施設に収容される在日外国人が増えている。

 上述のサディクさんも、在留特別許可を得られずに追いつめられている一人だ。大学生だった頃、サディクさんは反政府デモに参加。軍による弾圧が激しくなってきた1988年に来日。当初は短期滞在のつもりであったが、迫害を受ける危険性は消えず「戻れば命はない」(サディクさん)として帰国できないままだ。劉さんとは日本で知り合い、結婚の準備を進めていた2007年7月にサディクさんは入管の収容施設に収容されてしまう。それでも劉さんはサディクさんを見捨てず、婚姻届を提出して二人は2007年9月に正式に結婚した。だが、サディクさんは収容施設に収容され続け、仮放免されたのは2009年の1月のことだった。サディクさんは、在留特別許可の請願や同再審情願を繰り返しているものの、現在に至るまで認められおらず、仮放免という不安定なかたちでの日本滞在を余儀なくされている。

勉強会で発言するサディクさん 筆者撮影
勉強会で発言するサディクさん 筆者撮影

◯夫の収容のショックで流産

 悲劇は、2010年4月に起きた。サディクさんは再び入管の収容施設に収容されてしまう。そのショックで、劉さんが流産してしまったのだ。「毎日、毎日、夫のことを考えて不安で仕方なかったんです…」(劉さん)。翌月、サディクさんは仮放免されたものの、二人が受けた心痛は極めて深かった。さらに2014年、劉さんが乳がんを患う。その後、摘出手術や抗がん剤治療を行ったものの、劉さんの体調は不安定なままで、今も再発に怯えている。

勉強会で発言する劉さん 筆者撮影
勉強会で発言する劉さん 筆者撮影

 昨年8月には入管はサディクさんを強制送還すると通告してきた。そのため、サディクさんは在留特別許可を得るため提訴し、現在も係争中だ。「私自身が帰国されたら殺されるかもしれないし、病気の妻を残して国には帰れない。妻は倒れて救急車で搬送されたこともある。もし、その時、自分がいなかったら妻は死んでいたかもしれない」とサディクさんは語る。サディクさんにとって辛いことは、仮放免は就労禁止が条件のため、それまで働いてきた建設会社や自動車部品工場で働けなくなってしまったことだ。そのため、サディクさんの仮放免以降、闘病中の劉さんがスーパーで惣菜を売り働いてきた。「本当は自分が妻を支えないといけないのに」とサディクさんは悔しがる。

◯整合性の無い外国人の受け入れと排除

 永住権を持つ妻との結婚が10年以上継続しており、闘病中の妻を支える必要がある、サディクさん自身が帰国すれば殺されるかもしれないなどの難民性もある、殺人や強盗などの重大な犯罪歴がなく真面目に暮らしてきた―これだけの事情があって、なぜ、在留特別許可を認めないのか。法務省・入管に筆者が問い合わせたが、「個別の事案、係争中の案件にはお答えできない」という返答しかなかった。

 問題は、サディクさんのみならず、近年、在留特別許可が認められづらくなっている傾向が顕著だということだ。「収容・送還問題を考える弁護士の会」の高橋済弁護士によれば、かつて8割程度であった在留特別許可率は、5割程度までに落ち込んでいるという。

在留特別許可率の推移 勉強会を主催した弁護士の資料より
在留特別許可率の推移 勉強会を主催した弁護士の資料より

 なぜ、在留特別許可率が減少しているか。オリンピックに向けた治安維持のため*、法務省・入管は在日外国人への取締り強化を行っており、在留特別許可率も減少していると難民等の当事者達や彼らを支援する弁護士らは観ている。

*「オリンピックのため」難民を苦しめる日本ー過去最悪の長期拘束、7割近くが難民申請者、衰弱し自殺未遂も

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20191029-00148618/

 しかも、法務省は、サディクさんのように帰るに帰れない事情を持つ在日外国人の人々に対し、刑事罰を科すことを検討しているのだ*。

*難民であることが罪に―入管の人権侵害さらに悪化、御用学者らの改悪案が酷すぎる

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20200227-00164534/

 一方で、安倍政権は深刻な人手不足に対応するため、5年間で約35万人もの外国人労働者を受け入れるとしている。それならば、サディクさんのように、既に日本での暮らしも長く、社会に馴染み、日本語も話せる人に在留特別許可を与え、働いてもらえば良いのだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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