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300本の桜をシンガポールで咲かせた日本人女性起業家「見えない日本の技とアイデアを海外に伝えたい」

木村正人在英国際ジャーナリスト
桜の仕掛け人、保坂美智子さん(木村正人撮影)

ミッション・インポッシブル

[シンガポール発]日本の桜が世界でこれほど人気があるとは思いませんでした。東南アジアのハブ、シンガポールで3月中旬に開催された世界最大級のフィンテック(金融とテクノロジーの融合)イベント「マネー20/20」アジアを取材した時のこと。

知り合った現地の中華系IT(情報技術)起業家に「シンガポールで起業している日本人を誰か知らない?」と相談すると、保坂美智子さんを紹介してくれました。早速、保坂さんに連絡してマリーナ湾に面した植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」で落ち合いました。

「SAKURA MATSURI」(3月16日、木村正人撮影)
「SAKURA MATSURI」(3月16日、木村正人撮影)

ちょうどその日は保坂さんが仕掛けた桜イベント「SAKURA MATSURI」メディア・プレビューの当日でした。常春の楽園と呼ばれる巨大な温室「フラワー・ドーム」に桜の日本庭園を造りあげたのです。

「23種300本ぐらいの桜を同時に咲かせたのは世界で初めてです。最初はミッション・インポッシブルと言われていました」。保坂さんと現地法人「GREFICA Landscape Designs」を立ち上げた庭園デザイナーの国分誠司さん(40)はこう言って目を細めました。

国分さんは、国際的な庭園デザイナーのお弟子さんです。

「シンガポールで桜を咲かせて」

「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」のペギー・チョング副局長も筆者に「桜はシンガポールで非常に人気がありますが、みんなが日本まで見に行くことができません。そこで、ここで桜を咲かせることにしました」と話しました。

篠田大使(左)と国分さん(木村正人撮影)
篠田大使(左)と国分さん(木村正人撮影)

篠田研次・在シンガポール日本国大使もオープニングに顔を出して日本をアピール。保坂さんはてきぱき現地メディアの取材に対応していました。

米カリフォルニア大学バークレー校で統計学を学んだ保坂さんはニューヨークのデロイトコンサルティングに入社。マカオで格安航空事業に参画するも突然、営業免許が取り消されました。

地元メディアに対応する保坂さん(木村正人撮影)
地元メディアに対応する保坂さん(木村正人撮影)

2010年、遠距離結婚していた夫が暮らすシンガポールに移住。2年後、日本語を母国語としないクライアントの対日ビジネスを支援する事業を立ち上げます。海外生活25年目の保坂さんは筆者にこう振り返りました。

「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイでイベントをやった際、国分さんが庭を造りに来ました。日本のコンテンツを入れて毎年何かやりたいねという話になり、圧倒的に受け入れられる日本のコンテンツは何かなと考えました。『それは桜しかない』という結論に達しました」

シンガポール現地法人を立ち上げた保坂さん(右)と国分さん(木村正人撮影)
シンガポール現地法人を立ち上げた保坂さん(右)と国分さん(木村正人撮影)

「桜は無理だからと反対されて16年3月に実現するまで3年かけて準備しました。桜の需要があるというのはマカオの格安航空にかかわっていた頃から分かっていました。『桜の時期を教えてくれ』という問い合わせが物凄い勢いであったからです」

「外から日本を支える」

マカオとか中国からの旅行者が桜の時期を自分たちで調べてかなり前から予約するのでフルブッキングの状態になるそうです。シンガポールの旅行代理店でも日本への桜ツアーのパンフレットがたくさん置かれていました。イギリスの新聞も日本への桜ツアーを紹介しているほどの人気です。

「庭園デザイナーは徹底して植物と向き合って、より美しい庭を造ります。庭は造りたてが一番良いのではなくて、育てていくのです。絶対自分にはできないことをやっている人への憧れはあります」

保坂さんはシンガポールで対日ビジネス支援、庭園デザインを含め4つの事業を手掛けています。下の漫画は保坂さんがお兄さんと開発したモバイルアプリケーション「Mooone」で制作したものです。

モバイルアプリで制作した漫画(保坂さん提供)
モバイルアプリで制作した漫画(保坂さん提供)

「言葉を使わずに世界中の人が分かるような辞書をつくるのが最初の狙いでした。絵心がなくても、いろいろな感情の表情を作って簡単に送れます。漫画グラマー(法則)を利用して特許を取りました。パラパラ漫画も簡単につくれます」

「ハリウッド映画は高く売れるのに、日本映画は素晴らしくても安く買われてしまいます。日本人は価値のあるものを外に売るのが苦手だからです。買う方も売る方も適正な価格で取引できる力がないと日本はこの先伸びていきません」

「日本人が海外に出ていくより、外国人が日本に参入していく壁の方が非常に厚い。日本は慮る文化です。一方、外国ではまず自分のことを言って理解してもらう必要があります。慮るところが受け入れられるレベルまで持っていくのを手伝えたらいいなと思っています」

シンガポールの金融街(筆者撮影)
シンガポールの金融街(筆者撮影)

シンガポールは東南アジアだけでなく南アフリカ、インド、オーストラリアまでを結ぶ金融とビジネスのハブになっています。東京よりも安全で、外国人や外国資本に対してオープンな環境です。

「相当数のスタートアップはできますが、物価や維持管理コストが高く、1年以内に閉めるのも多い」と保坂さんは言います。

【シンガポールの法人税17%】

米ワシントンDCのシンクタンク、タックス・ファンデーションによると、法人税の世界平均税率は1980年には38.7%でしたが、現在では23%まで下がっています。欧州連合(EU)域内ではアイルランド12.5%。EUから離脱するイギリスは2020年に17%に引き下げます。低い法人税率はグローバル企業にとって大きな魅力です。

【多民族国家】

シンガポール統計局によると、人口は561万人。このうち国民が344万人、永住者が53万人、非永住者が165万人です。中国系が74%、マレー系13%、インド系9%です。国語はマレー語、公用語は英語、中国語、タミル語です。

シンガポールのベイエリア(木村正人撮影)
シンガポールのベイエリア(木村正人撮影)

【ビジネスのしやすさ世界2位】

世界銀行によるビジネスのしやすさランキングでシンガポールは世界2位(日本は34位)です。

こうした環境が保坂さんをスーパー起業家に成長させたのは間違いありません。

「SAKURA MATSURI」は4月8日に閉幕しました。期間中、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイは「すごいにぎわい」(関係者)だったそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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